細工は流々、後は仕上げを御覧じろ
話し出したら、そりゃもう止まらなかった。
町長としては色々不安も心配も懸念もあったことだろう。
それを、腹を割って話しても大丈夫そうな領主が直接聞きに来たというのだから、いくらでも話すネタは出てくるってもんである。
……こんな状態になってもらうために、さっきの挨拶からの会話があったわけだ。
やっぱ人間、何を話すかじゃなくて誰が話すか、誰と話すかだな~と改めて思う。
ニアの若さでそのことをわかっているのは、複雑なもんがあるんだが……。
多分シルヴァリオの王宮で、言った人間に合わせて態度の変わる使用人だとか見てきたんだろうなと思うと胸が痛い。
もっとも、それを察する賢さもあれば、そこから飛び出す強さもあったから、今のニアがあるわけだが。
その手助けをしてくれたローラとトムには感謝しかないな。
……ローラが気味悪そうな顔しそうなのは気のせいだろうか。
などと感慨に耽っている余裕があるのは、もちろんニアがしっかりとヒアリングをしてくれるため俺の出る幕がないからなんだが。
「ああ、やはりあなた様のお心は今もお変わりがなく……この世に聖女という存在がいるとしたら、きっとあなた様のことなのでしょう」
とか町長は最早信仰対象レベルでニアのことを見てるし。
……いや、まてよ。
町長の言葉が、俺の勘に引っかかった。
聖女。もう長いこと現れてないから伝説上の存在でしかないんだが、神に祝福された清らかな女性のことをそう呼ぶ。
神に祝福された。
その言葉で、先日の結婚式、聖別されたワインを口にした時のことを思い出した。
奇跡が使えるだとか魔法が使えるだとか関係なく、ただ神に祝福された存在が聖女だとすれば……。いやいやまさかそんな。いやしかし。
ちらりとニアの顔を見るも、真面目に町長の話を聞いているだけで動揺は見られない。
彼女のことだから、自分が聖女だとかそんなことは欠片も思わないんだろう。
だが、俺としてはどうしても気に掛かる。贔屓目があることはわかっているが。
これはちょっと、色々落ち着いたら調べ直してみる方がいいかも知れんなぁ……。
なんせ伝説上の存在だから、俺はまるで興味が無くてろくすっぽ知らなかったりするし。
もっとも、調べられる資料なんて王都くらいにしかないんだろうが……。
「お二人のおかげで、心のつかえがすっかり取れました。どうぞよしなにお願いいたします。そして、この町の人間を代表して、マクガイン様に心からの忠誠を誓います」
なんて頭の隅で考えてた間に、町長は言いたいことを言い終えたらしい。
深々と頭を下げてくるその姿からは、言葉通りの忠誠心を感じる。
ニアの聖女うんぬんはともかく、この町ですべきことの大半はこれで終わったと言っていい。
「その忠誠、ありがたく受け取ろう。町の皆にも話をしたいのだが」
「はい、そういうことでしたら……町の主立ったものを集めての酒宴を準備しておりますので、是非その場でお話いただければと」
俺の言葉に、町長は好々爺の笑みで応じてくる。
ニアに対する信仰心じみたものではないが、俺の方もちゃんと信頼は獲得できているようだ。
そして、この町ではこの町長の影響力が強く、彼が大丈夫と言ったら住民達も信じるらしいので、彼が酒宴の場で語ってくれたら住民達の人心掌握もかなり進むことだろう。
……そのついでに、もう一つの狙いも上手くいってくれたらいいんだが。
「お二人には客間を用意してございますので、酒宴までの間はそちらでしばしごゆるりと……」
「ありがとう、お言葉に甘えるとしよう」
日も暮れかかっていたので、今日はこの町に一泊、明日ディアマンカットへ出発予定。
そのため、町長は俺達が泊まる部屋を用意してくれていた。
というのも、この町には貴族である俺達が宿泊出来るような宿がないからで、ちょっと気を遣うが警備の都合上仕方のないこと。
そして、警備と部屋数の都合上、俺とニアは同じ部屋である。
それだけ聞けば心拍数が跳ね上がりそうなところだが、さっき言ったように警備上の都合もある。
つまりローラやトム、護衛の騎士も同室同然な状況なので、そういう雰囲気は欠片もない。
まあ、うん。今はそういう浮かれたこと考えてる場合じゃないしな。
しばし休憩した後、町の集会所みたいなところで酒宴となった。
もちろん事前にローラとトムが中心となって調べてくれたが、何かしようと隠れてるような輩は見つからず、問題なく酒宴は行われた。
「皆、今日は忙しい中よく集まってくれた。これからはこの『黒狼』が目を光らせているから、安心して暮らしてくれ! では、乾杯!」
と俺が乾杯の音頭を取れば、皆一様に盛り上がりながらジョッキやグラスを掲げる。
恐怖の対象だった『黒狼』の名も、一度味方として認識されれば頼もしさへと変わるらしく、それぞれほっとした顔や喜びの顔を見せていた。
……柄じゃないかも知れないが、直接この町へ来てよかったと思う。
じゃなきゃ、住民の顔を直接見れなかったからな。
そんな感じで、ストンハント訪問は無事終了。成果も十二分と言っていいだろう。
翌日はディアマンカットへと出発、警戒はしていたが襲撃だとかは特になく、三日ほどで無事到着することが出来た。
ここでもニアの交渉というかカリスマというかが炸裂、町長は俺達への忠誠を誓ってくれた。
ついでに同じく医薬品を届け、また、ストンハントで頼まれたハーブなども渡したらかなり喜ばれた。
これからの時期、保存食作りに欠かせないらしく、そりゃないとまずいよなと。
つくづく、対応が遅れてたらまずいことになっていたと痛感するやら安堵するやら。
で、同じように酒宴で歓待され、ディアマンカットでも一泊することに。
一通りやるべきことが終わった俺達は、案内された部屋でほっと一息吐いて。
それから、表情を改めた。
「いよいよ、明日からが本番ですね」
俺がニアにそう告げれば、彼女も真剣な面持ちで頷く。
二人の町長に会い、急場しのぎの品を渡して、現状把握をして。
といった表向きの目的は十分に果たせたわけだが、本命はそれじゃない。
「ストンハントと同じで、さっきの宴でも途中で抜け出した男が居ました。こっそり後を尾行したら、会場の外でよろしくない風体の人間と何やら話をしましたね」
「恐らくその者が野盗連中の内通者なのでしょう。町長には、事が終わり次第捕らえるよう密かに伝えてあります」
トムが報告すれば、ニアがその後を受けて補足する。
これが、二つの町で暢気に酒宴なぞやっていた理由。
その酒宴で町長は俺達が何故やってきたのかを住民達に説明しただけでなく、その後どう動くかも軽く話していた。
ストンハントからディアマンカット、そこでも一泊してからストンゲイズに戻る、と。
この情報を野盗連中が得たら、どうなるか。
「ディアマンカットに向かう道中では何もなかった、ということは指示を仰いだが返答が間に合わなかったんだろうな。やはり野盗の上に指示を出してる人間がいるのは間違いなさそうです」
もしも野盗がこの辺りを根城にしてるだけの本物であれば、すぐに連絡がいって俺達を襲ったことだろう。身代金を期待出来る領主夫妻が、大した護衛も付けずに貴重な薬品やら持って移動してるわけだから。
わざわざ、旅団が駐屯しているストンゲイズに近い街道で襲う意味もあまりないし。
ということで俺は結論づけたわけだが、ニアも同じのようだ。
「黒幕が彼だとすれば、恐らく近くには来ていないでしょう。王都に伝書鳩で連絡すれば、ここからだと往復四日ほど。直接やり取りをしているか、ある程度裁量権を持った人間が徒歩で数日程度の場所にいるか……どちらかでしょう」
「であれば、後者の方がいいんですがねぇ。連中のついでにその人間を捕まえることも出来たらベストなんですが」
その手の人間は逃げ足も速いと相場が決まっているから、難しいかもだろうけども。
それに、そいつから第二王子に繋がる物的証拠がないと、向こうを直接追及することも出来ないが、多分聞いてる性格からすると、証拠は残してないだろう。
自分の保身だけはしっかりする、そういうタイプの人間だ。ムカつくが。
「そこは出来る限りの努力目標にしましょう。まずは襲ってきたらしっかり迎撃すること。それだけであちらの目論見は崩れますから」
「それは確かに。こっちをかき回そうにも手駒がいなくなればどうしようもないですし」
第二王子の狙いは、ここいら辺りの混乱。
新任領主が対応に追われたところに攻め入り、領土を奪い返すのが目的のはず。
ところが、混乱させるための手駒である野盗がいなくなってしまえば、その目論見は水泡に帰すことになる。
そうなった場合は強引に力押しできそうだが、そうなったらこっちも十分な体勢で迎撃出来るわけだし、そうそう負けることはないだろう。
「ニア、連中が襲ってきそうな場所はわかりますか?」
「はい、三十人前後の大所帯を伏せておけそうな場所、あるいは十分に展開出来そうな場所がいくつか。これは皆さんとも共有しておきますね」
俺が聞けば、ニアはすらすらと答えていく。それも、実際に行ったことがあるからか、どういう場所かの情景まで浮かぶ説明で。
まじで最高の参謀だな、ニアは。
「これなら、連中がどこで襲ってきても大丈夫そうだ。もちろん他の場所も警戒はしますが」
感心しながら俺が言えば、同席している騎士達も同意する。
むしろ、これで対応出来なかったら、完全に俺達の責任だな、うん。
「ええ、申し訳ないですが、迎撃はお任せします。……必ず守ってくださると、信じていますから、ね」
そう言いながら、ちょっと茶目っけのある仕草で片目をつぶってみせるニア。
撃ち抜かれた俺は、思わず胸元を抑える。
いや、もちろん守るともさ。
最高の参謀が準備を整えてくれたんだ、次は俺達が最強の騎士だと示さなければ。
「もちろんです。指一本触れさせませんよ」
自信たっぷりに、俺はそう言い切ったのだった。




