『黒狼』、街道を行く
そんなやり取りがあってから一週間程。
アルフォンス殿下にお願いした、文官とその護衛の騎士達が到着した。
流石に、今回のメンバーにゲイルは入っていない。あいつも中隊長になって忙しいだろうから、仕方のないところである。
それから業務の引継ぎと指示出しになったのだが、こっちは実にスムーズ終わった。
これは、待ってる間にニアが業務に関する指示書を纏めてくれていたので、何をいつまでにどうやってどうする、が整理された形で渡せたのが大きい。
派遣された文官はアルフォンス殿下が選んでくれただけあって優秀で、そんなのがあったら業務の理解などあっという間。後は誰が担当するかを決めるだけだったから楽なもんだ。
ちなみに、俺も手伝いはしたからな。
その間にストンハントとディアマンカットの両方と無事連絡を取ることも出来た。
やはり不安が募り始めていたようで、こっちから連絡を取ることで向こうも少しは安心してくれたようだ。
ただ、これで俺たちが行かなければ反動で不安が跳ね上がりかねない。
というわけで、到着して一週間とちょっと経ったばかりだというのに、俺達は早速領内行脚へと出発したのだった。
「……なるほど、あまりいい空気じゃないな、これは」
領都と言ってもいいビグデンを出てすぐ、馬に揺られながら俺は小さく呟く。
他の二地方と行き来する主要街道のはずなのに、寂れた雰囲気。
そもそも、行き交う商人だとかの姿がほとんど見えない。
「この分ですと、物流への影響は相当なものかと」
すぐ近くを走っている馬車の窓が開き、ニアが顔を出した。
可愛い、といつものごとく言いたいところだが、深刻そうな彼女の顔を見ればそんな浮かれた感情はいくら俺でも浮かんでこない。
俺と違ってニアは顔見知りがこの先のストンハントやディアマンカットに住んでるんだ、深刻にもなろうってもんだ。
だから俺も、真剣な顔で頷いて返す。
「ビグデンの街に閉じこもってたら、この深刻さを肌で感じることはできなかったですね」
「その通りですね……あの街はまだ、物資も十分にありましたし」
ニアの言う通り、他の地方からの玄関口にもなっているビグデンは、そちらからも物資が入ってくるため、まだ活気は失われていなかった。
それだけを見て勘違いしていたら、他の二地方は致命的なことになっていてもおかしくない。
正直、背筋が寒くなる思いがする。
「冬になる前に来れてよかった。婚姻の儀式を早めた甲斐があったと言いますか」
「これで手遅れになっていたら、悔やんでも悔やみきれないところでした……」
明らかにほっとした表情のニアが、一瞬ちらりと馬車の中を見た。
そこには、今回の訪問で役に立つだろうある物が積んであったりする。
彼女が見知っている町や村の長、顔役達は年配の人も当然多い。
そんな人達が物資不足が酷くなってから冬に突入していたら、最悪の事態になっていたことは十分考えられる。
また、体力の少ない赤子や幼子だって危なくなるだろう。
これは人間としての感情面でも、領主としての責任の面でも避けなければならないところ。
それを防げる手を打てただけでも大分ましと言える。
……打てただけじゃだめなのが現実の厳しいところではあるが。
なんとしても、連中の企みを潰さんとなぁ。
「あちらの知人と連絡が取れて良かったですよね。向こうでの動きも取りやすくなりましたし」
「ええ、本当に無事で良かった……安心してお仕事に取り組めます」
俺がそう話しかけると、ニアもコクリと頷いて返してくる。
なんでも、ソニア王女時代にこの三地方合同で取り組んだ案件があったんだそうな。
で、その時の中心人物の一人がビグデンにいて、その人経由でも手紙を回し、密かに連絡を取ってもらって、ストンハントとディアマンカットの町長にもニアのことは知らせている。
ソニア王女が生きてるって情報が漏れないかという心配はなくもないが、この二人はソニア王女に恩義を感じているので恐らく大丈夫だろうとのこと。
元々シルヴァリオ王国から蔑ろにされていた上に今回こんな工作をされてんだから、ただでさえ薄くなっていた忠誠心も霧散したんじゃないかと思うし、多分彼らから漏れることはないだろう。
まだここいらがシルヴァリオ王国の領土だったら、もうちょいじっくりと相手を見定めてから動くところだが、時間の余裕があまりないのもあって無理を押したところもある。
「安心、か……ニアには申し訳ないですが、道中はもちろん、町中でも警戒はさせてもらいます。多分、野盗に扮した連中の手先が町の中に入り込んでるでしょうから」
「やっぱり、それはそうですよね。荷物の動きを事前に掴んでいる節がありますし。……迂闊な発言はしないよう、気をつけないと」
「それは、どっちかっていうと俺の方ですけどね。相手が一人なら、追いかけも出来ますが……話を聞いてると、複数人を入れておくくらいの頭はありそうだ」
「ええ、恐らく。後ろにいるであろう人は、その程度の手配は出来るはずですから」
何て会話をしてる間も、『後ろにいるであろう人』の名前は出さないようにしている俺達。
今護衛についてくれてる騎士達は特務大隊の面々だから、一応聞かれても大丈夫だとは思うんだが……今のうちから気をつけていた方がいいのも確かなことだしな。
それにしても……聞けば聞く程、『後ろにいるであろう人』シルヴァリオ王国第二王子バルタザールに対する印象が微妙になっていく。
「なんていうか、小細工は得意な策士気取り、って印象が拭えないのは俺だけですかね?」
「ええと、それは……否定のしようもないですけれども」
つい俺が素直な感想を漏らしてしまえば、ニアは苦笑をすれども否定しない。
実の兄とはいえども、彼女からすればかつて色々と振り回してくれた相手。
向こうでの扱いを考えれば色々罵倒の言葉が出てきてもおかしくないくらいだが、それを言わないところがニアの優しさではあるのだろう。
ただ。それはそれとして、打倒すべき相手としても見ることが出来ているのが、彼女の底知れないところではあるのだが。
「目先の策に執着しすぎるところがあるのは事実ですね。策は大きな目標を達成するための手段でしかないはずなのですが、策を成功させることが目的になってしまうというか」
「なるほど。つまりそこにつけ込む隙がある……例えば自分では絶対上手くいくと思っていた策が失敗しそうになったら、その策を捨てるのではなく意地でも成功させようとする、とか?」
「はい、その通りです。その性質のせいで、何度フォローする羽目になったことか……」
小さくため息を吐くニア。
上役のフォローをする、なんて経験は俺にもあるし、それがどれだけ面倒かもよくわかる。
上手くいっても上役の手柄、下手こいたら自分の責任、だったりするもんなぁ。
おまけに、次善の手を上申するのにも気を遣うし。
……うん? しかしそうなると。
「ニア。……今、その人のフォローをする人っているんですかね?」
「いなくはないと思うのですが、以前とは勝手が違っているでしょうね。与えられた権限もかなり少ないでしょうから」
俺の問いに返って来た答えは、予想通りのもの。
そりゃなぁ、冷遇されていたとはいえソニア王女は王族だったわけで。
普通の貴族だとかが同じ事をしようとしても、身分のせいで出来ないことは多いはずだ。
「……結構イライラが溜まってるかも知れないですね?」
「多分、かなりイライラしているのではないかと」
「そこで更に失敗が重なれば、焦れて動き出す可能性が高まる、と」
「そういうことです」
ニッコリと良い笑顔を向けてくるニア。うん、実にいい顔だ。殿下に匹敵するくらいに。
ここでの工作が失敗すれば、あっちにとって不十分な状況であっても焦れたバルタザール王子が強攻策に出る可能性が高い。
そこを仕留めることが出来れば、シルヴァリオ王国攻略は一気に前進するはずだ。
さて、相手はそのリスクをわかっているのかどうか。
そして、仕留めきれるくらいの準備が出来るかどうか。
「きっちり痛い目見てもらうためにも、この訪問は実りあるものにしないとですね」
「はい、気を引き締めていきましょう」
そう結論づけて、俺達は頷き合う。
それから視線を前に向ければ、目的地である町が見えて来た。
話し込んでいるうちに、随分と進んでたんだなぁ。
さて、どこまでの協力を取り付けられるか。
ニアに言われた通り、俺は気を引き締め直したのだった。




