パートナーシップとお邪魔虫
「とはいえ、当面やるべきはそんなに派手なことではないと思っています。まずはストンハント、ディアマンカットそれぞれに訪問して、現状を把握していると伝え、対策を取ると約束すること。つまり、蔑ろにしているわけではないとわかってもらえばよいかと」
「ほほう。初手としては簡単ですが、それだけに見落としがちでもある。特に今回のケースだと、対策に四苦八苦しているうちに地元への説明を忘れてしまいそうだ」
ニアの出した案に、俺も理解を示す。
それこそ第二王子が軽んじている部分で、領主となった俺が忘れてはいけないことだ。
ニアによれば、この地域はシルヴァリオ王国の国土だった頃は扱いが蔑ろだったらしい。
経済的には豊かなシルヴァリオ王国だが、その主な収入源は王都にある港での交易。
ただでさえ人間は近いところにばかり目がいくところに、お膝元で派手に儲けているとなれば地方に目がいかなくなるのは自然な流れ。
困ったことがあって嘆願してもろくな対応はされず、たまに第二王子が気まぐれで介入し、状況を引っかき回して後は知らんぷり、なんてこともあったらしい。
そんな状況で第四王女が自らやってきて視察してくれたりすれば、そりゃ住民からすればありがたいことだろうし特別に思われたりもするだろう。
「……もしかして、第四王女ソニア様と同じ事を、子爵夫人としてやろうと考えてます?」
「……実は。この状況でしたら、アーク様の優先順位を変更してもいいと思いますし」
「それは確かに。領地の安定化、という意味でも有効でしょうから」
ちょっと悪戯っぽく笑うニア。可愛い。ってそうじゃなく。
俺達が急いで婚姻の儀式を済ませてバタバタとやってきたのは、戦争で割譲されたこの地域を速やかに安定させ、統治するためだ。
そのためにはファルロン伯爵率いる旅団との協力関係の構築に加えて、統治するための組織を編成するのが最優先と考えていたんだが、どうやらそれは変更した方が良さそうである。
いつ反乱を起こされるかわからないような状態にされちまったら、たまったもんじゃないし。
「財務や納税に関する資料はある程度整理された状態で残されているようですから、文官を派遣していただければ最低限回すことは出来ると思います」
「それはアルフォンス殿下に報告する際、一緒に申請しておきましょう。特務大隊から騎士を数百人だとか派遣してもらうよりはずっと楽に手配出来るでしょうし」
「その際には、護衛として数人から十人ほど騎士をつけていただけるとありがたいですね。出来れば特務大隊の方から。その後もしばらく残っていただけたら嬉しいのですが」
「それなら多分問題ないですよ。殿下は常に余剰人員があるように手を打ってますから」
少なくとも一個小隊、数十人は余してるはずだから、十人くらいは問題ないはず。
休暇の関係で、小隊まるっとはきついかも知れんが。
それにしても、ポンポンとやるべきことが決まってくな~。
「ニアに相談して良かった。俺一人だったら、どうしたもんかって考え込んでたでしょうし」
「そう言っていただけて嬉しいです。でも、私だってアーク様が動いてくださらないとわからなかったことがありますし、殿下との繋がりがなければ打つ手が浮かびませんでしたから」
俺が率直に言えば、はにかむようにニアが笑う。
ああ、なんかいいなぁ、こういうの。癒やされるというか。
やってることは会議なんだが、特務大隊とかでやってるのとは空気が違う。
「……こういうのも夫婦らしい会話なんですかね、貴族としては」
不意に浮かんだことが俺の口を衝く。
貴族といえば政略結婚は当たり前。その場合ビジネスライクな会話は多くなるだろうし、そうでなくとも領地の政策決定においては夫婦間での話し合いは必須なはず。多分。
いや、妻に何も相談せずに決める領主とか、領政に無関心な妻もいるみたいだが。そういうとこは大体夫婦関係は危機的な状況にあることがほとんどみたいなんだよなぁ。
俺としては、そういうとこは反面教師としておきたいところ。
そして、ニアは相談相手としてとても理想的なのがありがたい。
「ほんと、ニアが居てくれて良かった。心からそう思います」
「えっ、な、なんですか急にそんなっ」
俺がしみじみと言えば、照れるニア。
……俺の中では繋がってる話だが、傍から見れば藪から棒かもしれんな、確かに。
いやしかし、もう口にしてしまったら仕方がない。
「本当に、ただそう思っただけです。こんな風に領政に踏み込んだ話になっても嫌な顔一つしないでくれる。むしろ積極的に案を出してくれますし」
「そ、それはほら、私としても目的に合致しているわけですから」
「そういう打算だけじゃないと感じたんですが、違いますか?」
「ひ、否定はしませんけれども……」
言葉を重ねるほどにたじたじとなるニア。可愛い。
なんだか珍しい状況な気がするし、ニアは可愛いし、このままグイグイといってしまいたい気持ちになってきてしまう。
「こういう日々を重ねて、本当の夫婦になれたらいいな、と心から思います」
「アーク様……」
頬を染めるニアの手を取り、口づけようと……。
「んんっ! ゴホンゴホンっ!!」
……したところで、ローラの咳払いが聞こえて、俺は思わずぱっと手を離してしまった。
そうだよ、こいつもいたんだったよ。話し合いに没頭してすっかり忘れてたけど。
いることに気付かせないのは侍女として優れた能力ではあるんだが。
「あ、あ~、すみません、まだ決めないといけないことがありましたね! ええと、そうだ、殿下に報告送ってる間に、それぞれの地域の町長とかに訪問の約束を取り付けるとか!」
「そ、そうですね、そうしたら放置するつもりはないということがまず伝わりますし!」
何だか盛り上がりかけたところに水をさされ、恥ずかしくなってしまった俺達は慌てて相談を再開する。なんか妙に早口になってしまってるのは仕方ないと思う。
しかし、実際明日にもやっておきたいことが決まってなかったんだから、そういう意味じゃありがたかったかも知れない。個人としての感情は別として、領主としては。
こうやって領主としての自覚や思考は出来上がっていくのかねぇ。多分違うとは思うが。
「明日、早速ファルロン伯爵に協力を要請しに行かないと。……今からトムに使いを頼んでも大丈夫そうですかね?」
こっちに着いたのは昼過ぎ、それからなんやかんや数時間。大分日も傾いてるが、ひとっ走り行ってもらうくらいなら夜になる前に戻って来てもらえるだろう。
という算段でニアに聞いてみれば、彼女も頷いてくれた。
「御者台でずっと馬を操ってくれていたので、申し訳なくはあるのですが……トムが無理なら、アーク様ご自身が行くつもりでしたよね? それは流石に……子爵家当主がお使いにというのは、体面が悪いかと思いますし」
「まあ、そうなんですよね。じゃあ、トムには悪いですが行ってもらいます」
申し訳なさそうにしているニア。正直、俺も疲れてるあいつを使いたくはないんだが、仕方がないのもわかってる。領主が自分で自分の使いっ走りとか、物笑いの種にしかならんからな。
ついでに、暗くなり始めてる時間に一人で行かせられるのがあいつくらいしかないし。
庭師のおっちゃんは膝が良くないんだよな。
俺が一介の騎士だったら、さっさと自分で行くとこなんだが……貴族家当主ってのは面倒が多い。今後はこういうことも増えてくんだろうし、慣れないといけないんだろうなぁ。
「ひとまず、部屋に戻ってトムに渡す手紙を準備しときます。あ、君、トムを俺の部屋まで呼んできてくれるか。ゆっくりでいいとも伝えてくれ」
俺は、部屋にいたメイドにそう伝言をした。
例えば、こんなこともその一環。
手紙を書き終わってから俺がトムの部屋に持って行けばいいんじゃないかと思うかも知れないが、こういうことこそ使用人をこっちに呼ばないといけない。
ついでに、呼ぶ時にも人を使わないといけない。まったくもって、面倒くさい。
面倒くさいが、ここで俺がいつもみたいに振る舞ってると舐められる可能性があるんだよな……特に、外の人間に。
貴族ってのは、舐められたら負けなところがある。
交渉事においても、一度下に見た人間の言うことは真摯に聞かないし、相手に理不尽なほど不利な条件を平気で突きつけてくるんだよなぁ……。
なので俺は舐められないように貴族家当主らしい振る舞いを心がけないといけない。
その辺りはうちの使用人達もわかってくれている。流石、元王宮勤め。
なので彼女らに気を遣う必要はなく、後は俺が慣れるばかり。
どうにも慣れないが、なんとかしていくしかないんだろう。
ふう、と息を吐き出して、それから貴族家当主っぽい顔を作る。
「ということで、俺は部屋に戻ります。いきなりお邪魔してすみませんでした」
「いえ、とんでもない。相談してくださって嬉しかったです。それに……その、私達は、夫婦なのですから……支え合いませんと、ね?」
なんて可愛いことを言うニアのはにかむような微笑みの直撃を受けて、俺は胸を押さえた。
危ない、可愛さで死ぬところだった……心臓が止まるかと思った、まじで。
「あ、あの、アーク様?」
急に動きを止めた俺を、ニアが不思議そうに見る。
そうか、無自覚か……そうだよな、ニアは意図的にそんなことしないよな。
天然でこれとか、そっちの方が質が悪い気がしなくもないが。どうか今のままのニアでいてくれますように……。
「いや、なんでもないです、大丈夫です! それじゃ、失礼しますね!」
そう返した俺は、ギクシャクとぎこちない動きでニアの部屋から退出、自室に戻って手紙を準備しようとしたんだが、手が震えて何度も書き直す羽目になったのだった……。




