困惑の王都
※アーク視点に戻ります。
色々とよろしくない憶測の裏付けとなってしまう情報ばかり集まった後、俺達はシルヴァリオ王都へと入った。
情報共有と状況の確認をせねばと王城へと向かえば、先触れのおかげか、さほど間を置かずに国王と謁見できることに。
悪名高い俺とすぐに会うということは、向こうも事態を重く見ている? 向こうにとっても想定外の事態?
少なくとも、明確に表立って我が国と敵対するつもりはない、ということだろうか。
その俺の推測は外してはいなかったらしい。
国王だけでなく上位貴族も集まった謁見の間は、困惑の空気に包まれていた。
外交儀礼として最低限の挨拶をした後に状況を語り、それが確かなことであることを隣国の騎士が証言すれば、ますます困惑は深まっていく。
「状況はわかった。しかしマクガイン卿よ、確かにソニアは出立しているのだ」
「なんですって?」
国王によれば、確かにソニア王女は予定の日に間に合うよう出立したらしい。
しかし、隣の宿場町にすら目撃情報はなかった。
ついでにいえば、その宿場町と王都の間はこの国の街道でも一番治安がいい部類で、実際殺伐とした空気はなかった。
もしも王女一行が襲われでもしたら、間違いなくその雰囲気は残るはず。
「そうなると、王都の中で行方不明になったということになりますが」
「それこそありえない、馬車が襲われでもすれば、すぐに衛兵が駆けつけるし、報告も上がってくるはずだ」
うん? 何だ、今何かが引っかかったぞ?
国王が言うことはもっともなはずなのに、何か違和感があった。
それが何かはっきりしないが、覚えていた方がいい気がする。
それはそれとして、このままでは何の手がかりもないことになってしまう。
「陛下のおっしゃることを疑うわけではございませんが、念のため出入りの記録などを確認させていただけませんか?」
「本来ならば不敬と咎めるところであろうが、そんなことを言っている場合ではないな。
構わん、機密に触れる可能性があるため、許可は取ってもらうことになるが。騎士団長、許可については一任する」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げた壮年の男は、ボリス・フォン・アイゼンダルク伯爵と紹介された。
焦げ茶色の髪に同系色の瞳、鼻の下に端整な髭をたくわえた三十代くらいの紳士然とした身なりなのだが、よく鍛えられた体つきをしている。
ふと、顔を上げた彼と目が合った。
……出来る。
どうやらお飾りの団長様でなく、実戦経験も豊富な様子。目の力や纏う雰囲気は、戦場をよく知る人間のそれだ。
こんな状況でなければ手合わせを願いたいところだが、そんな場合じゃない。
っていうかこれは、俺に対する牽制もあるな。万が一俺が暴れても押さえ込めるように、と。
まあそれくらいの用心は当然か、何せ俺は要注意人物だろうから。
それはともかく。
立場と能力を考えるに本来は忙しいであろうアイゼンダルク卿を伴って、俺はまず城門の入退場記録を見せてもらったのだが。
「……王家の馬車が出た記録がないのですが?」
「なんだと!?」
俺が言えば、慌ててアイゼンダルク卿はその記録簿を俺の手から奪い取り、目を皿のようにして読んでいく。
幾度も幾度も読み返し、それでもやはり記録が見つからなかったらしく、愕然とした顔でこちらを見た。
いや、そんな顔でこっちを見られても困るんだが。
「こ、これは一体どういうことだ!?」
「聞きたいのはこっちですって。どう考えても、ソニア王女殿下が出立されていない証拠に他ならないと思うのですが」
案外精神的には脆いのか、完全に予想外だったのか、アイゼンダルク卿の狼狽っぷりったらない。
それでかえって俺は冷静になったりしているのだが、しかし、ほんとにどうしたもんだこれ。
と、俺達のやりとりを聞いていた門番の一人が声を掛けてきた、
「あの、ソニア殿下でしたら、お出になる時は王家の紋章がついた馬車はお使いになりませんから、そのせいではないでしょうか」
「「は!?」」
俺と騎士団長の声が、綺麗にハモった。
話を聞けば、ソニア殿下は紋章入りの馬車の使用を姉姫だか王妃だかから禁じられていたらしい。
それは、門番達の間では情報共有されていたのだが、最上層部である騎士団長のアイゼンダルク卿までには情報が上がっていなかったようだ。
「あ、ほら、これですよ。いつも通り御者一人と侍女一人をお連れになって」
「「はぁ!?」」
また、俺と騎士団長の声がハモった。
なんで王女がそんな少人数で……あ。
「それだ、それか、さっきの違和感は!
王都の中で、王女の馬車が襲われる可能性がある前提で陛下は話をしてたんだ!
護衛がしっかりついてれば、そんな可能性はほぼないってのに!」
「あ、ああっ!?」
俺が思わず大きな声で言えば、思い当たるところのあった騎士団長は悲鳴のような声を上げ……門番は、きょとんとした顔をしている。
そう、多分彼らからすれば、知らなかったのか? だとか 今更? だとかそんなところなのだろう。
彼らは大半が平民だとか身分が高くても男爵家の次男三男だとかだから知らないのも無理はないが、御者と侍女だけで出るなど、貧乏な男爵家だとかならともかく、少なくとも子爵家の令嬢ですらありえない。
まして王女となれば、最早あってはならないこと。
だというのに、どうやらそれは常態化していたらしい。
「なんで騎士団長がご存じないんですか……いや、管轄が違うのですか?」
「ええ、王家の護衛に関しては近衛が一手に……あいつら、一体何をやっているんだっ」
憤懣やるかたない騎士団長は、がしがしと乱暴に頭を掻く。
こんな酷い状況を知って怒りと混乱で頭がいっぱいだろうに物に当たったりしない辺り、大分理性的な人だな、この人。
その人ですらこんだけ取り乱すってことは……本当に何も知らなかったんだ。
派閥だなんだはどこの国にでもあるもんだし、彼が把握出来ていなかったことは仕方がないのだろう。
ただ、そのせいで一人の年若い女性が行方不明になっているのは大問題なんだが……今はその責任が誰にあるかを追及している場合じゃない。
無事だろうか。無事であって欲しい。
心配だが、心配しているだけではどうにもならない。
「日付は……確かにこれは、順調に行けば余裕を持って国境に着ける日付ですね。
それで、御者一人、侍女一人……荷物は、目立つ程多くない、と。
この日、輿入れのために出立されたのは間違いないようです。ほとんど身一つの状態で、ですが」
「なんと、なんということだ、これは……これでは、ソニア殿下はっ」
御者と侍女が超人的に強い可能性もあるが、そうでなかった場合、今の治安が悪化している街道をこの少人数で進んで何かあった可能性は低くない。
何より、調査に引っかからなかった理由も明白になった。
俺達は王家の馬車を探していた。
だが、ソニア王女はそんなものは使っていなかったのだ、目撃情報があるはずもない。
つまり、調査は一からやりなおしだ、最悪なことに。
「違和感はもう一つ。陛下は、門を出ただとかの中間報告を受けていない。
むしろあの様子だと、そもそも中間報告をさせていない可能性すらあります。
アイゼンダルク卿、まずは王都の門の出入り記録を確認させていただきたい。
それから、王女殿下がお輿入れの際に嫁入り道具としてお持ちになったもの、随行員の記録を拝見したいのですが」
「確かに、それらの情報があれば道中の街での聞き込みもしやすいでしょうから……急ぎ手配しましょう」
驚愕から立ち直ったらしいアイゼンダルク卿が頷けば、部下へと指示を出し始める。
ゲイル達部下はこの国の騎士と共に王都の門の出入り記録の確認。
一番身分が高く外交特使の権限を持つ俺は、王城内でアイゼンダルク卿と共に各種記録を調べていった。