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領主と妻の作戦会議

 その後、ファルロン伯爵とはそれなりに情報交換をして、宿営地を辞去したわけだが。

 

「思ったよりも面倒な状況かも知れんなぁ……」


 馬に揺られながら、そんな独り言が零れてしまう。

 伯爵との会談が終わってから、こっちに来ている顔見知りの騎士にも何人か挨拶して回ったんだが、その際に聞いた話も大体似たようなもの。

 むしろ実際に出くわした奴からの証言を聞けばより深刻にならざるを得ない。

 恐らく連中は、計画的に街道を荒らしている。そう考えざるを得ない。

 出現する場所やタイミングが計画的だし、動きに統率が取れていて装備も標準化されている。

 となれば、ただの野盗であるわけがなく、ほぼ間違いなくシルヴァリオ側の工作だろう。


「じゃあどうするかって話なんだが……う~ん」


 手を打たなければいけないのは間違いない。

 この領地は国境付近だから前線基地として安定させておく必要がある、だけじゃない。

 眠っていると思われる鉱山の開発も早くに取りかかりたいわけだが、シルヴァリオの手勢がウロウロしているような状況ではそうもいかない。

 気付かれたら奪い返そうとか考えて紛争の火種になりかねんし、それがなくとも貴重な鉱山技師に万が一危害が及んだら目も当てられない。


 となれば、うろちょろしてる野盗連中をきっちり叩いておかねばならんわけだが。

 じゃあどうするのかとなると、打てる手がかなり限定されてくる。

 まず単純に、手数が足りない。

 騎士団は動かせるだけ動かしているが、それでも足りていない。

 となると、数十人単位でなく数百人単位での人手が、新たに必要になるわけだが、当然そんな人数がほいほいと見つかるわけがない。

 

「まずはアルフォンス殿下に報告、か」


 特務大隊なら、数百人くらい動かすことは出来る。

 ただし、殿下は他の方面にも動いているから、必ず人を出してもらえるわけじゃない。

 そこら辺の判断は、報告を上げておけば殿下がしてくれるだろう。

 ついでに、詳細を記した報告書でも持っていってもらったら多少優先順位はあがるだろうか。

 

 これがまずやるべき事、ではあるんだが、それだけしてのんびり待ってるわけにもいかない。

 報告したはいいが、やっぱりこっちに人をやることが出来ない、というケースはありえる。

 そうでなくとも、連絡員が王都まで辿り着いて、大隊の一部を動かす手筈を整えて、でどれくらい時間がかかるかわからない。……殿下なら何とかしそうでもあるが。

 となると、こっちでも何か手を打つ必要がある。

 でないと、殿下が来た時にバカにされる。それはもう思いっきり。

 それは面倒だし、何より領主として被害をこれ以上広げるわけにはいかない。


「……ニアにも相談しないと、だな」


 残念ながら、俺にはまだこの辺りの人脈がない。

 だから、無理して人を集めようとすれば領主の強権発動になりかねない。

 それは、まだ着任したてであるこの時期には避けたいところ。

 となると、顔見知りがいるというニアに頼むのが一番確実だろうし、ほぼ間違いなく彼女も乗り気で助けてくれることだろう。それがまた、気が重いが。


 この状況であちこちニアに動いてもらえば、当然野盗に扮した連中との遭遇も増えるはず。

 ローラとトム、護衛騎士もつけたとしても万が一ということがあるし、俺も不安だ。

 

「その辺りも相談して、明日からでも動かんと、か」


 そう結論づけると、俺は子爵邸となっている屋敷へ馬を少しばかり急がせた。




 馬屋に馬を連れて行った後、すぐに俺はニアの部屋へと向かった。

 まだそんなに休めていないかも知れないから申し訳ないが、ある程度今のうちに方向性だけでも話し合っておきたいしな……。


 ということで、ニアの部屋のドアをノック。

 声をかけてからしばらくして、ローラがドアを開けた。

 ……うん、ニアが休めと言っても休まずニアの側についてたんだろうな多分。


 中に入ると、丁度ニアがお茶を飲み終わったらしいところだった。

 ニアは休めてるようで良かった……いや、ローラが無理矢理休ませた可能性はあるな。

 少なくとも、俺へと向けてくれるニアの微笑みに疲れの色は見えない。


「お帰りなさいませ、アーク様。出迎えもせず、すみません」

「いや、ニアも疲れてるでしょうし、戻るという連絡もしてませんでしたからね」


 なんてやり取りをしながら、この辺りのルールは決めておいた方がいいかとも思う。

 領主となったからには、話の流れで人を招くこともあるだろう。

 そんな時に、誰も迎えに立っていなかったら、相手に対してかなり失礼な扱いになる。

 だから、こういう時は使いを出すから出迎えて欲しいとかルールを決めて。

 ……俺が一人で動いてる時には、どうしたもんか。旅団の人を借りてもいいという取り決めをファルロン伯爵としておいた方がいいかも知れん。

 これも含めて相談だな。


「旅団への挨拶は、無事に終わりましたか?」

「ええ、挨拶自体は問題なく」


 若干の隔意は感じたけど、大きな問題になるほどではないだろう、あれなら。

 それよりも別のことの方がよっぽど問題だし。


「挨拶自体は、ということは、他に何か?」

「ええ、実は……」


 察したらしいニアが話を向けてくれたので、旅団の駐屯地で聞いたことを話したところ、ニアも思案げな顔になった。そんな顔も可愛い。いやそうじゃなく。

 この辺りに来たことがあり地理もある程度頭に入っているニアからすれば、被害状況やそれが及ぼす影響なんかも俺よりずっと鮮明に理解出来るはず。

 そんな彼女が事態に心を痛めるのは当然だし、重く捉えるのは自然なことだろう。


「まず、この辺りの地理に詳しいものによる襲撃なのは間違いないかと。というのも、逃げ足はもちろんなのですが、この街道を狙っているのが厄介なところでして」

「……物流の阻害が目的、ということですか?」


 ニアの言葉に少し考えた俺が返した言葉に、ニアは頷いてくれた。

 よかった、的外れじゃなくて。

 なんて内心でほっとしてる俺にニアが説明してくれたところによれば、マクガイン子爵領となったストンゲイズ・ストンハント・ディアマンカットは、それぞれで取れる農作物などに違いがあるらしい。

 で、この三地域が互いにそれらの物品を融通しあって互いに足りないところを補い合うことで人々の生活を成り立たせているのだという。

 

「流石に、今すぐ餓死者が出るとかそんなことまではないのですが……」

「中長期的には影響が大きくなっていく、と。……うん? 当然そんなことは、地域住民であればよく知ってますよね?」

「はい、その通りです。しかし、着任したてのブリガンディア貴族であれば、普通は知らないことでもあるでしょう。相手の狙いの一つには、アーク様がお考えになったこともあるかと」


 俺が疑問を口にすれば、ニアが嬉しそうに頷いてくれる。嬉しい。

 それはともかく。ニアが頷くということは、そういうことなんだろう。


「すぐに大きな影響が出るわけじゃないから、着任したての領主は後回しにする。しかし地域住民からすれば後々大変なことになるのがわかってるから、すぐに取りかかって欲しい。むしろなんで放っとくんだと不満にすらなる。意識のズレを狙った小賢しい手ということですか」

「恐らくは。特に今は秋、これから冬支度を考え始める頃合いです。なのにその算段が立たないということは、住民からすれば死活問題でしょう」

「あ。おまけに、やってきた領主はブリガンディア王家から旅団宛てに届く物資のおこぼれもあって、お膝元の心配はしなくていいとくればなおのこと?」

「もしかしたら、ストンゲイズと他の地域と軋轢が生じることも狙っているかも知れません」


 そこまで話したところで、ニアが小さく溜息を吐く。

 呆れてるような悩ましげなような、複雑な顔。

 何か言いたいことがあるようだと彼女の言葉を待てば、ややあってからニアは口を開いた。


「この、目的に対して有効ではあるけれど、それに目が眩んで地域住民の迷惑や被害を全く考慮しないやり口には覚えがあります。恐らく、シルヴァリオ王国第二王子バルタザールが後ろで糸を引いているのではないかと」

「第二王子バルタザール……それって、ニアがよく尻拭いをする羽目になってたっていう?」


 聞き覚えのある名前に俺が反応すれば、ニアも苦笑しながら頷いている。

 第一王子エルマーと王太子の座を争っているが、母親が側妃であること、年下であることから不利な立場であり、何かと手柄を欲して動いては時に自滅しているという話だ。

 

「なるほど、ここを奪還したとなれば第二王子の大手柄。そのために街道を荒らして疲弊や混乱を招こうとしている、と。例えそれが住民に迷惑をかけることになったとしても」

「往々にして策とはそういう側面を持ちますが……ほんの数ヶ月前まで自国民だった者に対して行うのもどうかと思います。もっとも、それをやってしまうのが彼なのですが」


 語るニアの言葉に、家族に対する情のようなものは欠片もない。

 第二王子は側妃の子、つまりソニア王女と同腹なはずだが……聞いてはいたが、ニアがこんな態度を取るということは、家族と思えない関係だったのだろうと改めて思う。

 また、殿下という敬称も付けないあたり、婚姻の儀式を終えてブリガンディア王国の貴族となった彼女からすれば最早敵国の人間とさえ言えるのだろう。

 頼もしくもあり、複雑でもあり。

 しかし、ニアが割り切っているのであれば、俺がとやかく言うことじゃない。

 今やるべきことは、それじゃない。


「では、相手がわかったならば打てる手も見えてきますか?」


 この地の新領主として、参謀たる彼女に問えば、力強い頷きが返ってくる。


「もちろんです。多少の準備は必要ですが……必ず仕留めてみせましょう」


 その笑顔に、俺の背筋はゾクゾクと震えた。

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― 新着の感想 ―
[一言]  これは、是非ともそのバルなんちゃらに対するネガティブキャンペーンを行う時ですな!w
[一言] 少なくとも策が有効という点で第二王子は無能ではないということですかね。ただそれを叩き潰す賢者と猛犬が来ちゃったというだけで。
[良い点] 話の主導権をニアが握っている件。 ちゃんと適材適所が分かってる番犬って素敵だな(*´▽`*) [一言] 策が功して領地を取り戻せたとしても、飢餓と暴動で荒れ果ててるはず。 その一帯を誰が再…
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