ファルロン伯爵との会談
それから俺は、また馬上の人となってファルロン伯爵率いる旅団の駐屯地を訪れていた。
本当はトムを先触れに出した方がいいんだろうが、あいつもずっと御者やってたから疲れてるだろうし、ってことで直接訪問することにしたんだが、さてどうなるか。
宿営地をぐるりと囲うように柵が巡らされ、そこに簡易ながら門も作られていたので、まずはそこに向かう。
「先触れなしに申し訳無い。アーク・マクガイン子爵だ。本日よりこの地の領主として着任したため、旅団長であるファルロン伯爵にご挨拶に伺った。訪問させていただく旨は手紙にてお伝えさせていただいているはずだが」
「はっ、マクガイン子爵様ですね! 確認してまいりますので、申し訳ございませんがしばしお待ちいただけますでしょうか!」
「ああ、もちろん。いきなり押しかけてしまったのはこちらだしな」
俺が宿営地の門番の兵士に声をかければ、びしっと背筋を伸ばして門番が答え、もう一人が急ぎ駆け出していく。……動きを見るに、練度も士気も高いっぽい。
流石、騎士団でも指折りの実力者と言われるファルロン伯爵。よく鍛えているようだ。
俺が返答しながら下馬すれば、もう一人兵士がやってきて馬を停めるところへと引いていってくれる。この辺りの連携もしっかりしてるなぁ。ここに来客なんて滅多にないだろうに。
なんて感心しながら待つことしばし。先程駆けていった門番が焦ったような顔で戻ってきた。
「も、申し訳ございません、旅団長閣下は今手が離せず、しばしお待ちいただければと」
「ああ、もちろん構わんよ。押しかけたような形になってしまったわけだし。どこで待てばいいか、案内してもらえるか?」
「は、はい、こちらになります……」
そう言いながら門番が案内してくれたのは、宿舎の隣に設置されているテント。天幕が張られた中に簡素なテーブルと椅子が置かれていて、確かに座って待つことは出来るだろう。
応接室などという言葉からはほど遠い環境だが。
なるほど、ここに案内するよう言われたのならば顔色も悪くなるはずである。
「このような場所で、誠に申し訳ございません……」
「いやいや、気にせずとも結構。戦場ではテントに椅子の一つもあればありがたいものだったしな。どうやら伯爵様の心は常に戦場にあるようだ」
言葉通り申し訳なさそうに肩を縮こまらせる門番へと、俺は裏がないように見える笑顔を向ける。この辺りは、アルフォンス殿下から仕込まれた。
俺が言えば、あからさまにほっとした顔になる門番。彼は悪くないのだから、これで気が楽になってくれたらいいんだが。
門番は頭を下げた後、テントから出て行った。さて、今の会話まで報告するかどうか。
さっきの俺の発言は、平民出身っぽい彼からすれば多分額面通り。
しかし、貴族的なやりとりに慣れてる人間が聞けば『平時なのにまともなもてなしも出来ないのか? ただの戦バカなのか?』と言っているようにも聞こえるはず。
いや、向こうが勝手にそう捉えるだけだぞ? 俺は何も変なことは言ってないからな?
ま、伯爵がどうあれ、罪のない門番の彼が心労から解放されたならそれでいい。
なんて事を思いながら、俺は椅子に腰掛ける。
「……そういや、茶の一つも出てないな」
これも伯爵の指示だろうか。
てことは、次は……なんだか打つ手の読み合いみたいで楽しくなってきたな。
結局そのまま、俺は脳内であれこれシミュレートしながら長く待たされることになった。
1時間だろうか、2時間だろうか。
途中で時間がもったいないと思った俺は、例のじいさんから習った鍛練法である空気椅子のような姿勢を維持する、というのをやってたんだが、こっちに向かってくる気配に気付いた。
いっそこのままの格好で迎えてやろうかとも思ったが、流石に失礼だと思って椅子に座り直し、手ぬぐいで軽く汗を拭く。最近は忙しくて、こういう鍛練もじっくり出来てないからなぁ。
さて、どうくるか。楽しみにすらなってきた俺は、相手がかなり近づいてきたところで立ち上がり、和やかな笑顔を浮かべた。
「……随分とお待たせして、申し訳ない」
やってきたのは、二人の騎士を伴った四十前くらいの偉丈夫。
顎に髭を蓄え、眼光も鋭く体格も良く、と騎士として熟練した様相。
ただまあ、戦士としての格で言えばバラクーダ伯爵の方が上だな、これは。
彼の立場からすれば、指揮官としての能力の方が重要なんだろうけども。
俺を見て一瞬驚き、それから表情を繕った辺り、予想外のことにはちょっと弱いんだろうか。
そんなことをさっと頭の中で考えながら、俺は笑顔のまま首を横に振った。
「いえ、こちらも時間までは指定しておりませんでしたし、そちらもお忙しいでしょうから」
こっちが爵位は下なんでへりくだりつつ、『今日来るって伝えてたんだから予定に余裕持たせておけよ、それも出来ないくらい処理が溜まってんのか?』と遠回しに伝えてみる。
……うん、どうやら通じたらしく、ファルロン伯爵の顔が若干強ばった。
普段はこういう貴族的会話って肩が凝って嫌なんだが、事前準備出来てるとむしろ楽しいな。
逆にファルロン伯爵は表情に苦いものが滲むのを隠し切れていない。
多分彼からすれば、こんな扱いをされた上に長いこと待たされて、俺がイライラしてるかキレ散らかしてるかを想定していたんじゃないだろうか。
こちとら泥に塗れて数日潜伏、なんて任務もやってたんだ、これくらいどうってことはない。
まあ、王国騎士団の指揮官なんてやってる人にはそんな経験もないだろうし、想定出来ないのも仕方ないところではあるが。
「申し訳ない、やはり割譲されたばかりの国境付近とあって、気を遣うことが多いもので」
子爵風情の俺相手に、二度も申し訳ないと言う羽目になってしまってファルロン伯爵的には屈辱ものじゃないだろうか。
ただ、こっちとしては別に敵対したいわけじゃないから、程々にしたいところ。
ここで引いておけば、向こうがいきなり売ってきた喧嘩にカウンター食らわしただけだから、後を引くこともないだろう。多分。逆恨みされたら話は別だが。
「やはり、色々と不安定なところもありますか。その辺りも軽く伺えればと思うのですが……ああ、その前に自己紹介がまだでしたね」
と、俺とファルロン伯爵はお互いに名乗り合い、自己紹介を済ます。
もちろん既にわかってはいるのだが、礼儀というのはそういうもんだ。
で、改めて話をとなって、ファルロン伯爵も同じく粗末な椅子に座る。
……座り方を見るに、こういう椅子にも座り慣れているらしい。
てことは、後ろで豪奢な椅子にふんぞり返ってるタイプじゃない、っと。
今まで見てきたあれこれから考えるに、評判通り実戦経験もちゃんとあって部下の指導も出来る、指揮官としては有能な人とみていいだろう。
となると、上手いこと協力関係を構築出来るのが一番なんだが。
「まず、街の治安は落ち着いています。それは、ご覧になっておわかりかと思いますが」
「確かに、荒れた雰囲気はありませんでしたね」
伯爵に言われて、さっき通ったばかりの街並みを思い出す。
こちらを見て驚いている住民は多かったが、怯えたり警戒したり、敵意を剥き出しにしたりなんてのはいなかった。治安が悪くて荒れていれば、もっと視線も荒れているはず。
しかし、そうなると気になるな。
「ということは、治安維持は出来ているものの、告知だとか雑務に回す人手が足りないと?」
「残念ながら、そういう側面はあります。先程、街の治安は落ち着いて居ると言いましたが……街と町や村を繋ぐ街道はそうでもないのです」
「ほう。ここに来るまではそうでもありませんでしたが……他の街道で?」
俺が訊ねれば、ファルロン伯爵はコクリと頷いて返してきた。
なんでも、シルヴァリオ領だった三地方を結ぶ街道で、頻繁に野盗の集団が出るのだとか。
それも、十人以上という野盗としては大きめの規模で。
当然駐留旅団としては見過ごせないため、あちこちに騎士達を派遣しているのだが、根絶には至ってないそうだ。
「人数が多い上に、この辺りの人間なのか土地勘が良く、逃げられると追いつけないのです」
「なのに町や村で治安はさほど悪化していない、と。となると野盗連中は町や村にねぐらがあるゴロツキではない可能性が高い……森や山の中に根城があるとしたら、見つけるのも骨ですね」
「おっしゃる通りです。もっと人数を動員して山狩りでも出来ればいいのですが、シリヴァリオ側に不穏な空気がある以上、あまり兵をばらけさせるわけにもいかず……」
ふぅ、と溜息が漏れるファルロン伯爵。関係の微妙な俺にここまで話すだけでなく、疲れた様子まで隠せない辺り、心労も溜まってるんだろう。
こんな状況じゃ、新しい領主が来ると街中に告知なんてしてる余裕もなかったことだろう。
おかげで俺は、『なんだこの人』って目で見られまくったわけだが。
「状況はわかりましたし、ファルロン伯爵が力を尽くされていることも理解しました。これからは私も治安維持にご協力いたしますので、ご安心ください」
「マクガイン子爵……そうですね、是非とも協力を」
俺が手を差し出せば、伯爵も握り返してくる。
……ここで素直に握手に応じる辺り、悪い人ではないんだろう。
政治的には色々あるのかも知れないが、この場でやるべき事には誠実な人に見える。
こっちとしても、色々裏を感じる動きをしてる連中がのさばっている状況は看過出来ないし、ここは彼と協力して街道の野盗退治もやっていくべきだろう。
「そうそう、そういえばアルフォンス殿下からファルロン伯爵への手紙を預かっておりまして」
「アルフォンス殿下から、私にですか。それは一体……」
「さて。中身は見ておりませんので何とも」
そこで一度言葉を切った俺は、ニンマリとした笑みを見せる。
……殿下に似た笑みは作れただろうか? いや、多分無理だな。
「ただ、伯爵にとって得になる内容、とだけは聞いています」
「はて……?」
俺の説明に全く合点がいってない顔で、それでも伯爵は俺が差し出した手紙を受け取った。
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