領地へと向かう道中にて
こうして一通り準備を終えた俺達マクガイン子爵家一行は、新領地へと向かう旅路に就いた。
先頭には騎士団から派遣された騎士が二騎。
ついで二番目には騎乗した俺が続き、そのすぐ後ろがニアの馬車。当然御者はトムであり、ローラが同乗している。それから使用人達が荷物と共に乗った馬車が二台続き、最後尾にはまた騎士が二騎、という隊列で進んでいる。
多分、新領地へと移動する子爵家一行としては、比較的少ない方だと思う。
特に護衛は、普通ならもう少し要るんだが……うちの場合、自衛出来る人間が多いからなぁ。
ついでに言うと、俺が騎乗してるのも護衛を兼ねてのこと。……領主が護衛兼任なのはどうかと言われたらそうなんだが、この中では俺が一番強いんだから仕方ない。
ニアと一つ馬車の中、おしゃべりしながらのんびり道中を楽しめないのは辛いが!
しかし皆の安全が第一なんだ、ここは我慢するしかない! 俺は領主だから!
いやまあ、俺がゴツいんで、同乗したらニアが窮屈だろうなっていうのもあるんだが。
こんな時ばかりは、恵まれすぎた体躯が恨めしい……。
なので、休憩時間が数少ない癒やしの時間となっている。
王都から領地まではおおよそ一週間。
騎馬だけであればもっと短くで済むところだが、馬車連れとなるとそうもいかない。
馬に負担がない速度で走らせると、実は人間が歩く速さの1.5倍程度しか出ないのだ。
もっとも、それで何十倍という荷物を運べるわけだから、やはり頼りになるのだが。
ということで、到着までには何回も休憩を挟むことになる。
「疲れや体調不良などはありませんか、ニア」
「はい、お気遣いありがとうございます、アーク様」
昼の休憩となって、馬車から降りるニアのエスコートをしつつ俺が尋ねれば、疲れを感じさせない笑顔でニアが笑い返してきた。
実際、ステップを下りてくる足取りもしっかりしているし、顔色も良い。
無理をしているわけじゃないな、と俺も一安心である。
「奥様、腰を下ろされるのはこちらがよろしいかと」
敷物を広げながら、ローラが言う。
……うん?
「まてローラ。お前さっき下りてきた時には敷物なんて持ってなかったよな?」
この辺りでは、使用人と主が馬車に同乗していた場合、使用人が先に下りるのがマナー。
下りた先に危険がないかや、エスコート役が来ているかの確認をするためだ。
で、さっきローラはニアに先駆けて馬車から出てきたわけだが、その時は特に何も持っていなかったはず。なのに、いつの間にか敷物が準備されている。
「ええ。まさか奥様がおられる空間に、敷物のような嵩張るものを置いておくわけには参りませんから」
「なのに、なんでもう敷物が敷かれてるんだ?」
「使用人の馬車から持ってきただけですが」
まじか。いくら俺がニアとの会話に気を取られていたからって、その間に?
やっぱこいつの身のこなしは侮れんな……ボヤボヤしてたら後ろからバッサリやられかねん。
いや、もちろん今はやられる理由はないんだが。恨み買わんようにせんとなぁ。
「ささ、旦那様も座って座って。今食事の準備をしますから」
そう言いながら、トムがカシャカシャと金属板を数枚使って何かを組み立てていた。
……うん、知ってるぞ。あれ、軍とかで使われてる携行用コンロだ。
それを、めっちゃ慣れた手付きで組み立ててる。……ツッコミ入れた方がいいのかこれ。
まあ、今は身内しかいないから、いいか。
気にしない振りをして、俺はニアの隣に座った。
作業を続けながら、トムが俺に向かって話しかけてくる。
「まあ、食事って言っても簡単なものですけどね~」
「移動の途中なんだ、温かいものが出てくるだけでも十分ご馳走だよ。行軍中とかだと、硬いパンとドライフルーツを水で流し込むとか何回もあったし」
「あ~、そっか、旦那様はそういう経験おありですもんねぇ」
「ついでに言えば、何もせずに座ってるっていうのも正直落ち着かないんだがな」
「そこはまあほら、今は領主様なわけですから、ど~んと構えてもらってですね?」
なんて俺と会話をしながらトムの手は止まらず、いつの間にかコンロの中で火が燃えていた。
ここまで火を焚くのに慣れてるってことは、こういう経験が多かったんだろうな。
ちらりと、隣のニアを見る。
ということは、ニアも野外で休憩を取ることが多かったはずで。
「アーク様、どうかなさいましたか?」
「いえ、ちょっとこないだの朝食を思い出してました」
「あ、あのピクニック気分で食べた時の。ふふ、こういうのって開放感があっていいですよね」
そう言いながらニアは笑うが、俺はどう答えたものかと迷う。
故国シルヴァリオの王宮では随分と窮屈で辛い生活を送っていたはず。
そんなニアからすれば、外での食事の方がよほど気が楽だったのだろう。
どうせ王族としては粗末な食事に変わりがないのなら、この広い空の下の方が。
「……そうですね、今日はいい天気だし」
見上げれば、空は高く青い秋の空。
ニアと出会ってから、時間は飛ぶように過ぎて行った。そんなことを、しみじみ思う。
うん、あまりニアの過去をほじくるような会話はやめよう。
彼女はもうソニア王女じゃない。一人の人間、ニアなんだから。
「こんないい日にのんびり出来るなんて、どれくらいぶりやら。昼寝の一つもしたくなります」
「アーク様、お忙しかったでしょうからね。……でしたら……」
いやほんと、どれくらいぶりだろ。とか感慨にふける……というには重たい、思い出したくない日々が脳裏に浮かびそうになるのを打ち消そうとしていると、ニアが言い淀んだ。
はきはきとしゃべる彼女にしては珍しいな、と思って視線を戻すと、少し顔が赤い。
どうしたんだろうとしばらく見つめていると、ややあってニアが口を開いた。
「……お、お昼寝、なさいませんか? そのっ、ひ、膝枕、とかで……」
ポンポンと膝を叩いてみせるニアの顔は、赤い。真っ赤である。
え、何その出血大サービス。ま、まじでいいの??
とか俺の脳内は大混乱、多分俺の顔も真っ赤になってるはずだ。
ま、まさかニアがこんな大胆なお誘いをしてくるとは……え、俺どうすりゃいいの?
もちろんお言葉には甘えたい。甘えてしまいたい。
だが、背後から感じるローラの視線が冷たい。アルフォンス殿下もかくやの絶対零度である。
いや冷たいを通り越して鋭い、になっている。雇い主に向けていい視線じゃねぇぞ、おい。
言うまでもなく、最優先すべきはニア。
だがしかし、不用意にローラを始めとする使用人のヘイトを高めるわけにもいかない。
どうしろってんだこれ。とか俺が悩んでいた時だった。
「姫様、旦那様、お茶が入りましたよ~」
と、トムの能天気そうな声が響く。
それを聞いた俺もニアも、慌てて座り直した。
「ん? どしたんすか?」
と、妙に姿勢よく座っている俺とニアを見て、トムが不思議そうに首を傾げる。
え、今の会話聞いてなかったんか? それとも、聞いてて助け舟なのかお邪魔虫なのかわからん介入をしてきたんか? どちらなのか、トムの顔色からは見えない。
……なんだか前者っぽいな、これ。いや、変に追及するのはやめておこう。
「いや、なんでもない。すまんな、ありがたくいただこう」
「ええ、私もいただくわ」
残念なような、助かったような。
そんな気持ちを抱えながら、俺はトムの差し出してきたカップを受け取ったのだった。
※去る11月10日に書籍版が発売されました!
自分でも本屋さんに行って、並んでるところを見てきたんですが、やはり感慨深いものがありましたね……。
なお、ご購入いただく場面は見られませんでした!
あんまり長いこと見張っていても、かなり不審人物ですしね……。いや、見張る時点でアウトですが。
多分好評発売中!のはずです!まだご購入いただいていない方も、是非ご一考いただければ!




