『微笑む氷山』からのお言葉
それから数日後。
ローラとトムも順調に仕上がり、俺も良い刺激になってと人的な準備はバッチリ。
運ぶ物だなんだの用意はニアが中心となって完璧に整えられた。流石ニア。
また、特務大隊での引き継ぎも完了し、アルフォンス殿下からも色々と指示を受けた。
「あっちに連絡要員を派遣しておくから、上手く使うように。
それから……旅団長のファルロン伯爵宛に手紙を書いたから、渡しておいて」
「……なんですか、伯爵の弱みでも握ったんですか?」
「何を言ってるんだアーク、私は王族だよ? 弱みなんてわざわざ握る必要もないじゃないか。ちょっと気分良くお願いを聞いてもらえるようなことは書いてるかも知れないけど」
「うっわ~胡散臭い。いやまあ、確かに届けますけども」
そんないつものやり取りもあったりしつつ。
ちなみに、ファルロン伯爵は領地を持たない宮中伯で、王国軍の中枢を担う王立騎士団でも指折りの実力者なのだとか。
また、領地を持たないが故にそれを広げようだとかいう野心もなく、より高位である侯爵家だとかの走狗になっている様子もないという。
「なるほど、安定しきっていない国境付近へ派遣する旅団の長としては理想的な人物、と。俺より爵位が上なのは、旅団の独立性を維持したいってのもあるんですかね、騎士団としては」
「それは多分にあるだろうね。なにしろ先の戦ではお前に随分と話題を持ってかれたわけだし」
「別になりたくて話題になったわけじゃないんですがねぇ……」
からかうような殿下の声に、俺はわざとらしく溜息を吐いて見せた。
この王立騎士団と特務大隊の関係が、また少々面倒くさい。
王立騎士団は、名前の通り王国によって作られた騎士団であり、直接的には王国、つまりは国王陛下の麾下にある、本来であればこの国最高の戦力を誇る戦闘集団のはずだった。
しかし、現在国王陛下が政務を全くと言っていいほど行えていないため、折角の戦闘能力が持ち腐れと言っていい程に発揮されていない。
というのも、有事の際には国王陛下からの出撃命令が必要になるわけだが、まず国王陛下がそれを出せる状況にない。
現在は騎士団長が国王代理である第二王子アルトゥル殿下にお伺いを立て、アルトゥル殿下が陛下に確認し、高位貴族達からの合意も得て、やっと出撃命令が出せるという状況。
当然、こんな状況では即応性が大きく落ちる。
先日の戦争でこちらが序盤は後手に回ったのも、この状況に拠るところはかなりあった。
ちなみに、バラクーダ伯爵は王立騎士団には属しておらず、伯爵領が独自に持つ私設騎士団を率いているため、現地で大暴れだったりしたのだが。
で、当然そんなスピード感じゃアルフォンス殿下の策略は回らないってんで設立されたのが特務大隊。第三王子アルフォンス殿下直属の部隊になるわけだ。
その性質上、規律と伝統を重んじる王立騎士団に比べ、特務大隊のメンバーは現場で柔軟な判断が出来る裁量権を持っていたり身分に囚われない組織構成をしていたりする。俺が外交官特権を与えられたり、平民出身であるゲイルが小隊長や中隊長になれたのはその最たるもの。
だから王立騎士団の人間は特務大隊のことを奔放な新参者と下に見ているし、こっちはこっちで王立騎士団のことを頭の固い権威主義者と疎んでいるため、両者の関係は微妙である。
そんな状況の中、先日の戦で俺を始めとする特務大隊が活躍したもんだから、向こうとしては面白くないところだろう。こっちとしては単に職務に励んだだけなんだが。
「……まさか手柄を立てたくて暴走したりはしませんよね?」
「それはないと思ってるけどね。シルヴァリオ側が攻めてきた時に反撃するのは現場判断で出来るけど、攻め込むとなると国王代理である兄上の許可が要るし」
今までのあれこれを思い出しているうちに不安になった俺が尋ねれば、殿下は笑いながら返してきた。……例の『微笑む氷山』な、とても良い笑顔で。
「殿下、この手紙の中身見ても良いですか、何書いてんのか不安になってきたんですが」
「心配しなくても、伯爵を煽るようなことは書いてないよ。むしろこっちと歩調合わせた方がそっちの利益にもなるよって話をしてるだけで」
「そこで字面はそうでも、逆に煽るようなことにならないかが心配なんですけどねぇ……」
殿下、相手のプライドやらを逆撫でするの得意だからなぁ……。
それで墓穴を掘った人間を何人も見てきたから、俺としてはそれでも安心出来ないけども。
同時に、俺をどうにもならない窮地に追い込むような真似もしない、と信頼してもいる。
どの道、言われるがまま手紙を渡すしかないわけだし、ここは腹を括るとしよう。
そんな俺に、殿下は安心させようとするかのように笑いかけてくる。ちっとも安心出来ないが。
「そもそも、内輪もめしかねない手を打つのはよろしくない状況だからねぇ」
「……あ~、例の、シルヴァリオ側が傭兵かき集めてるって件ですか?」
「そうそう。こっちに情報筒抜けなの、わかってないのかねぇ」
「わかった上でやってんなら、よっぽど自信があるのか、情報の大事さをわかってないのか……ですかねぇ。どの道、懲りてないってことだけは確かですが」
先日の戦の相手、シルヴァリオ王国は、敗戦し多額の賠償金やらいくつかの領土やらをこっちに渡した上で停戦となったというのに、まだやる気らしい。
元々この辺りで最大の貿易港を持っているため金銭的には潤っており、その経済力を背景に軍備を整えている強国、のはずだった。
だが、先日の戦においては、どうにもチグハグだったというか……補給が途中から滞っていたらしく、しばらくしたら瓦解した、という失態を犯している。
この辺りについては現在調査中で、遠からず事情が判明することだろう。
で、そんなシルヴァリオ王国がその資金と船による運搬能力に物を言わせて傭兵をかき集めているらしい。
これは、停戦条約の不履行に関する調査の際、あっちの王宮内に色々仕込みをしたことで入るようになった情報からわかったことなので、確度は高いはず。
それも、千人を超える数を集めているというのだから、不穏にも程がある。
っていうか、こっちに再戦を仕掛ける気なんだろうなぁ、としか思えんのだが。
そんな状況なんで、こっちとしては防衛戦力の内側に要らん火種を作りたくないわけだ。
「どっちの可能性もあるんだよねぇ。中心となってるのは、どうも第二王子みたいでさ」
「第二王子……なるほど、ニアから聞いている性格からすると、あり得ますね」
アルフォンス殿下の言葉に、俺は頷いて返す。
シルヴァリオ王国第二王子、バルタザール。側妃の第一子であり、息子を国王にしたい母親とその父親、つまり祖父である侯爵によって随分と甘やかされて育ったらしい。
王太子になると目されている第一王子エルマーのことを敵視しており、彼に対する敵愾心と王位に就きたいという権力欲に突き動かされ、功名心がとても強いのだとか。
そんな人間が、傭兵を集めている。となれば、自身の功績のために失地回復を狙おうとする可能性は高いだろう。失敗したら取り返しが付かない、なんてことも考えずに。
「となると、駐屯する旅団とはもちろんのこと、周辺の町村とも関係を良好にしておかないといけませんね。侵攻の予兆となりそうな情報は欲しいですし。兵の動員にも協力してくれるところまでいければ理想的なんですが」
「まあねぇ、強制的な徴兵は、もうしばらくは避けたいところだし」
俺の考えに、殿下も賛意を示してくれた。
ある程度以上の規模を持つ軍隊を動かそうとすれば、どこかにその兆候は現れる。
周辺の食料や燃料が買い占められるなどはその典型的なものだが、一般の視点から見ればささやかな変化でしかない場合も多い。
なので、そんな話をしてくれるような関係を築けていると、事前に動きを掴めることもある。
当然、新たな支配者となったこちらがそんな関係を築くのは、すぐには難しい。
そしてもう一つ、こっちは更に難易度が高いんだが、徴兵によるのではなく、自主的に兵として動員出来るようにもしておきたいというのもある。
現在、マクガイン子爵領となったストンゲイズをはじめとする地域は、領主直属の軍がない。
なのでファルロン伯爵が率いる旅団が駐屯しているわけなんだが、これは俺が直接動かせる兵力じゃない。そうなると、こっちの都合で動きたい時に動かせる手勢がないわけだ。
もちろん、殿下が協力を要請すれば伯爵も応じてくれるだろう。騎士団と特務大隊は不仲だが、同じ王国に属する組織なんだから敵対関係まではいっていない。
ただ、いつもと同じようなスピードでは動かせないし、騎士団に借りを作るのも後々面倒なことになる可能性もなくはない。
ということで、俺や殿下の都合で動かせる手勢が幾ばくか欲しいのが正直なところだが、まだ人心を掌握していない状況で強制的に徴兵すれば、当然反感を買う。
今後の統治を考えれば、それは避けたいところだ。
「この辺りは、現地に行って温度感を確認しないと何とも言えませんね。アルトゥル殿下が物資を潤沢に送ってくださってますから、旅団が略奪や強制徴収なんかをやらかして反感買いまくってる、なんてことはないでしょうけども」
「うん、先に現地入りさせてる連絡員からも、そういった報告はされてないしね。
後は新領主たるお前の手腕一つでどっちにも転がるってわけだ」
「やめてください、ただでさえ痛い胃に穴が開きそうなんですが!」
なんて冗談めかして言ってるが、実際俺次第ってところは大きいはず。
これが俺一人で行く羽目になっていたら、胃に穴が開くどころの騒ぎじゃなかっただろう。
「そのための、奥方だろう?」
「結果としてそうなっただけ、と思ってますが。まあ、彼女自身も現地で動くことに乗り気ですから、俺としても止める理由はないですし」
むしろ、『やっと働けます!』と言わんばかりの顔をしてたけど。そんなニアも可愛い。
とはいえ、彼女の勤労意欲に甘えてばかりなのも申し訳ないしな。
「ま、とにかくこうなったら出来る限りの成果を上げられるよう頑張りますよ」
「うん、頼むよ。お前なら大丈夫だろうから」
そう言って、アルフォンス殿下は笑った。
……くっそ、こういうとこなんだよなぁ、この人の狡いところ。
んなこと言われたら、頑張っちまうじゃねーか! といつも思う。
そして、頑張っちまって、結果を出してきたわけだが。
「ええ、殿下のご期待には応えてみせますよ」
だから俺は、いつものように笑い返しながら答えたのだった。
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それから。
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