アーク流戦闘理論。
こうして、ニアに癒やされながら朝食をある程度食べたところで、ちょっと回復したのかトムが俺の方に問いを投げかけてきた。
「ところで旦那様、なんであんな無茶苦茶な稽古なんてやってんです? あれ、思いつきで始めたとかじゃないですよね?」
「ああ、流石にわかるか。特務大隊に入ってからは毎日のようにやってたんだが」
「あれを毎日って、ほんとに人間ですか、旦那様……」
自分から聞いておきながら、ドン引きした顔になってるトム。失礼な奴だな。
と思って周りを見れば、ニア以外は大体似たような顔をしていた。なんでだ。
「いやどこからどう見ても人間だろ、俺は」
「いや~……見た目はともかく、あの動きを見せられた後だときついっす」
なんでだ。ああいや、いきなりアレを見せられたらそうも思うのか?
考えを改めた俺は、このままだといたたまれないのもあって、説明することにした。
「もちろん俺だって最初から出来たわけじゃないぞ?
そもそもあれを始めたきっかけは、以前剣を習ってた師匠から言われたことなんだが」
「ほうほう。なんて言われたんです?」
「三対一にはなるな、二対一までならいい、ってな」
俺が答えると、何故かトムは渋い顔で沈黙。
ふとローラの方を見れば、彼女も何やら眉間に若干皺が寄っていた。
「……なんかもう、その時点でヤバイ人に剣習ってたんだってひしひしと感じるんですが」
「なんでだよ、そんなおかしいか?」
「いや~、自分は『どうにかして一対一の状況を作れ、複数は絶対相手にするな』って習ったもんで。多分大体の剣術道場とかでも似たようなこと言われますよ?」
言われて、納得するところもあった。
トムが剣を習ったのは、多分密偵組織とかそういうところ。
であれば生きて帰って来ることを第一にするだろうから、安全重視でいくはずだ。
巷にある剣術道場だと、入門者からの指導に対する謝礼金で運営されてるんで、怪我させて辞められても困るから安全に、って方針なとこが多いとも聞くし。
確かにそういうとこに比べたら、方針は違うわなぁ。
「身を守る剣を教えるとこだとそうかもなぁ。
俺が教わった師匠は、最初の一太刀で一人倒せば一対一になるから二対一まではいいって言ってたんだが」
「はいおかしい! その発想がまずおかしい! なんで最初の一太刀で即一人倒せる前提なんすか!?」
「いや、もちろんいきなり出来るとは思ってないぞ? それを目指して修練しろって話で」
「そこに辿り着けるって考えてるのがまずおかしいんだよなぁ!」
俺が答える程にトムのツッコミにキレがます。
……なんかちょっと嬉しくなってくるな、遠慮がなくなってきてるみたいで。
ちらりとニアの方を見ればニコニコしているから、彼女も多分、打ち解けているのをよしとしているか、少なくとも俺が怒ったりしていないとわかっているのだろう。
理解のある人と結婚出来てよかったなぁ、とかしみじみ幸せを感じつつ、俺はトムに答える。
「実際出来るようになったし」
「そうだった、そもそもおかしい人だった!」
酷い言われようである。やめろよ、ちょっと嬉しくなるじゃないか、友達みたいで。
「ただな、戦場に出るとそれだけじゃ通じなくなったんだ。
なんせ戦場だと、一度に三人向かってくることが時々あったからな。逆に、三人まで、とも言えるが」
よほど阿呆な突撃かまして周囲を完全に囲まれたなんて場合はともかく、普通に隊列を組んでの戦闘であれば、敵は基本的に前方から来る。
その際、武装した成人男性は結構な身幅を取るもんだから、お互い味方の邪魔にならないよう相手に向かおうとすると、三人程度が物理的な限界になってしまうわけだ。
「ああ、だから一人倒した後、二人同時に相手出来るように、と」
「いや、二人同時に殴り倒したら後は一人だろ?」
「その発想がおかしいんですが!?」
などとトムがツッコミを入れてくるが、これには仕方のない事情もある。
これはあくまでも戦場での戦い方、つまり敵も居れば味方も居る状況なのだ。
「最初はトムみたいに考えてたんだがな~、あの戦い方だと周りの味方にも当たっちまうからさ。だったら先に二人倒しちまえって」
「普通そうはならんでしょ、常識的に考えて……」
「つっても、出来ちまったんだから仕方ないだろ?」
「そういうとこが人間じゃないっつてんですよぉ!!」
いや~、元気だな~。あんだけ稽古した後にこんだけツッコミを入れられるとは、中々の体力である。これなら明日はもうちょいハードでも大丈夫かな。
いかんな、なんかワクワクしてきたぞ?
俺の熱意を感じたのか、トムがびくっとした気がするが、気のせいだ。きっと。
「失礼な。いいか、俺は人間だ。何故ならば、考えることが出来るからだ」
「その考え方が人間離れしてるんですが、自覚ないんすか?」
「ちゃんと数学だとかも持ち込んで考えてるんだぞ? だから考えを改めることも出来たし」
「……なんか嫌な予感しかしないんですが、どう改めたってんです?」
人間と動物の最大の違いをアピールしたのに、トムの俺を見る目が変わらない。
う~む、こんなにも人間的に思考しているというのに。やはり人はわかり合えないのか。
「アルフォンス殿下に教わったんだが、三角形は必ず外接円を持つらしいんだ」
「……は?」
「ああ、だからアーク様はあの『狼牙棒』をお使いなのですね」
まったく理解できないという顔のトム。それに比べてニアはすぐに俺の言わんとしていることを理解したようだ。流石ニア。
考えてみればトムは机上で数学を学んだりだとかはあまりなかっただろうから、仕方ないか。
「えっと、姫様……もとい、奥様、どういうことです?」
「ある任意の三点……特にルールなどなしに決めた三点であっても、その三点を通る一つの円が必ずあるの。こんな感じね」
そう言いながらニアは、その当たりに落ちていた枝を使って地面に点を三つ打った。
次に、その三点を通るように円、というかその一部のカーブを描いていく。
このやり方だとわかりやすかったのか、トムは感心したようにうんうんと頷いていたのだが。
急にはっとした顔になると、こっちを見て。すぐにまた、地面を見た。
「待ってください、ってことは、この三点がそれぞれ敵で、旦那様はその三点を通るカーブに沿う感じで『狼牙棒』で振ってるってことっすか……?」
「お、その通りだ。これなら三人纏めてなぎ倒せるし、理論上四人まで相手に出来るからな」
「なるほど、速攻で三人倒して残る一人を相手すればいい、と。完璧な理論っすね……普通の人間じゃ実行不可能って点を除けばですがぁぁぁぁ!!」
あ、キレた。流石にツッコミ役ばっかりさせてたらいかんな、うん。
しかしなぁ、ただの事実だしなぁ。
「つっても、実際ぶん回したらやれるぞ?」
「まずあれをぶん回せるのがおかしいんすけどね!? それでも普通は一人殴り飛ばすだけで終わるんっすよ! なんすか二人どころか三人目までぶっ飛ばすって!」
「あ~、流石に三人目はぶっ倒れるだけで終わることが多かったぞ」
「二人目まで抜けてるのがおかしいんすよねぇ!」
むう、そんなにおかしいだろうか?
じゃあそんなに言うなら実演して見せようか、と聞いたら、めっちゃ首振って断られた。
まあ仕方ないか。いつか実戦で……見せるようなことになったらまずいな。トムが見られるってことは、大体近くにニアがいるわけで。そんな事態は避けねばならんのだが。
……起こりえる事態だよなぁ、と思うと、少しばかり憂鬱にもなるのだった。
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