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ほのぼのとした朝食

 二対一の稽古が終わったところで、中庭にやってくる人の気配。

 ……この足音は、聞き間違えるはずがない。ニアだ。


「三人とも、お疲れ様です。そろそろ朝ご飯にしませんか?」

「は、はいっ!」


 察知した通りやってきたニアの言葉に、俺は勢いよく返事をして直立不動の姿勢を取る。

 いや、こんな姿勢を取る必要はない、と言えばないんだが……稽古終わりだからってダラけた様子を見せたくない、という男心をわかっていただきたい。

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、ニアはいつものように眩しい笑顔を見せてくれながら手にしたバスケットをちょっと持ち上げた。


「もしよろしければ……今日は天気もいいですし、ここにシートを敷いて朝ご飯、というのはいかがでしょう。ピクニックみたいでいいかな~と」

「いいですね、たまにはそういうのも」


 即答気味に答えながら、俺はちらりと横目でトムを見る。

 半ば矢面に立つような形で俺とやり合っていた彼は、じっくり見るまでもなく疲労困憊。

 歩かせるよりも、ここで休憩がてら朝食を摂ってもらった方がいいだろう。

 ちなみに、ローラはペース配分を考えていたのか元々体力があるのか、呼吸は整っている。

 

 そして、一応屋敷の主である俺が承諾すれば、ニアが出す指示の下で侍女達が敷物を敷いたり食べ物や飲み物のセッティングをしたりと準備を始め。

 手際よい彼女達のおかげで、あっという間に朝食の場が整えられた。

 一応主なので俺が最初に敷物に座れば、その隣にニア、更にその横にローラ。

 一応ローラも俺を主として立ててはくれている。

 ……一応を連打しててなんだか悲しくなってきたが、気にしてたらやっていけないと気持ちを切り替えて。

 

 ちなみにトムは庭師のおっちゃんと一緒にちょっと離れたところに座っていた。

 あの二人は元々の知り合いってこともあり、よく二人でつるんでいる。

 ……男三人しかいない屋敷なんだから、俺も仲間に入れて欲しいんだが……立場がなぁ……。


 なんてちょっと朝から黄昏れていると、ニアが俺にコップを差し出してくれた。


「はい、アーク様。蜂蜜とレモン果汁を水で溶いたものです。

 運動をして汗をかいた後の疲労回復に良いと聞いたものでして……」

「そこまで気を遣っていただけるだなんて、感激だなぁ。ありがとうございます、ニア」

「いえいえ、どういたしまして」


 俺から見れば天使の微笑みとしか言えないニアの笑顔に、俺は癒やされる。

 なんか気持ちが癒やされると身体の疲れまで抜けていくような気がするから不思議なもんだ。


「後は食べやすいように、とこちらを用意させていただきました。

 手を洗ってからお召し上がりくださいね」


 そう言いながらニアが差し出してくれたバスケットに入っていたのは、例のホットドッグ。

 ただし、サイズはあの時の半分、いわゆる普通のものだ。

 それから他にも、パンに具材を挟み込んだサンドイッチと呼ばれるもの。

 これも例の男爵令嬢が流行らせたものなんだが、なんでサンドイッチなのかこれも知らなかったらしい。だからどういうことだっての。

 

 考えても答えは出ないしと思考の向こうに追いやり、俺は水の入ったボウルで手を洗ってよく拭いて、それからサンドイッチに手を出した。

 ちなみになんで手を洗うかと言えば、その方が病気になりにくいのだとか。

 とある学者が、手を洗う村と洗わない村で流行病の被害が違うことに気付いて提唱し始めたらしい。

 もちろんこんなことを知っていたのはニアである。流石ニア。


「うん、美味い! ……これもしかして、ニアが用意してくれました?」


 早速一口いただくと、焼きたてだろうパンと肉の旨味が強いソーセージが合わさって力強い味わいが口の中を満たす。

 これは朝から元気が出るなぁと思いつつ、ふと感じたことを口にした。

 なんだかいつものに比べて、お仕事感がないというか。

 いや、料理人はいつもちゃんとしたのを作ってくれてるんだが、やっぱ彼女からすればお仕事なわけで、そこを責めるつもりは全くないんだが。

 そしてどうやらその直感は当たりだったらしく、ニアがとても嬉しそうに笑う。


「あら……まさかわかっていただけるなんて。

 はい、実は。アーク様が稽古をなさっているのに、私一人のんびりしているのもどうかなと思いまして……あ、流石にパンは焼いてもらいましたけども」

「なんて健気な人だ……」

「け、健気っ、ですか!?」


 いかん、ついうっかり思ったことがそのまま口に出たっ!

 ど、どう取り繕おう……いや、ここは辺に誤魔化すよりも突き進むしか!


「そ、そうですね、俺はそう思いました。普通の貴族夫人は自分で料理をしようとは思わないでしょうに、ニアは俺やローラ達のためにと考えてくれたわけでしょう?」


 まして彼女は元王族だ、そもそも料理の仕方自体を知らなくても不思議じゃない。

 ……彼女の過去が過去だから、自分で料理をする場面もあったんだろうなぁと察することも出来てはしまったりするが。

 それを過去のことにするためもあって今あれこれと準備しているんだ、頑張ろう。

 と、密かに決意を新たにする俺へと、ニアははにかんだような顔を向けてくる。


「なんだか、そんな風に認めていただけると照れくさいですね。

 ……でも……とても嬉しい、です」

「ニア……」

 

 あ~~~~可愛い! うちのニアが可愛い!

 とか内心で大騒ぎなのだが、何とか顔に出さないように我慢する。

 何しろ今ここにはローラにトム、庭師に侍女やメイドと使用人達が何人もいるのだから、俺がにやけた顔でもすれば一瞬で家中の人間にその話が広まってしまうのは間違いない。

 流石にそれは、主の威厳を損なうに余りある事態だと思うのだ。


 なお、内心ですら『俺のニア』と呼べないヘタレ具合は看過していただきたい。

 わかってる、自分でもわかってるんだ!

 だけど仕方ないじゃないか、呼ぶに呼べないんだから。

 つまりそういうことだ、察してくれ!


「さ、アーク様、こちらもどうぞ」

「あ、ありがとうございます、いただきます」


 大荒れな俺の内心を知る由もなく、ニアがかいがいしく俺にサンドイッチを差し出してくる。

 ……多分、バレてないよな? 顔に出てないよな?

 ニアの場合、察した上で気付かなかった振りをするなんて気遣いをしてくれそうだから、断言は出来ないが。

 まあ、もし彼女が気付かない振りをしてくれているなら、それはそれで便乗させていただこう。

 多分俺が賢しらに振る舞うよりも、そっちの方がずっといいだろうから。


「あ、これも美味いですね。これならいくらでも食べられそうだ」

「ふふ、おかわりはたくさんありますから、お好きなだけお召し上がりくださいな」


 俺が舌鼓を打てばニアが嬉しそうに返してくる。

 たまにはこんな朝もいいもんだ、と俺はしみじみ幸せを噛みしめた。

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― 新着の感想 ―
[一言]  料理を出して感謝されるのはやはり嬉しいものです。 何年経っても今の心を持ち続けて欲しいですねえ。 ……ま、わたしらが気を揉む必要なんてこれっぽっちも無さそうですけどね(笑)。
[良い点] デレデレしやがってわんこめ…w
[一言] いや、絶対にアークの内心なんて駄々洩れ。周りは砂糖漬けのショウガを口に突っ込まれたみたいな顔してるはずだが、ニアのために見て見ぬふり。
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