マクガイン子爵邸の朝
※長らくお待たせいたしました、連載を再開いたします!
「ほっ、はっ、よっと!」
「ちょっ、まっ、うわっ!?」
「くっ、流石っ、黒狼っ」
俺、ことアーク・マクガイン子爵の朝は早い。
日が昇る頃には起き出して、基礎訓練やら剣術やらの稽古をするのがいつもの流れ。
最近はそのルーティンに少々変化があり……今俺は、ローラとトムの二人を相手取って乱取り稽古、実戦さながらに打ち合う訓練を行っていた。
ちなみに二人はショートソード、刀身が短い片手剣。もちろん刃は潰してあるが。
対して俺は3m近い長さを持つ細長い棒、クォータースタッフとこの辺りでは呼ばれている武器を手にしている。
以前身体操作を習ったじいさんにこいつの扱いもちょっと教えてもらったんだが、彼が言うに遙か東方では棍と呼ばれているそうな。
確かに、殴る武器だが棍棒っていうとちょっと違うもんなぁ。
なんて懐かしさに浸ったりしながら、俺は二人の攻撃を捌いていく。
棍の真ん中付近を肩幅程度に開けて両手で持ち、両端それぞれ片手剣くらいの長さを余しながら振るえば、間合いの有利さもあって二人がかりでも対応は可能なんだ。
「なんっでっ、こっち見てない、のにっ、防げるんですかねぇ!?」
「いや、見てるぞ? 目がそっち向いてないだけで」
「意味がわからないんですが!?」
ぎゃあぎゃあ言いながらも、トムは攻め手を緩めない。
以前に思った通り、やっぱこいつ『も』ダガーやショートソードみたいな取り回しの良い小さめの武器が得意らしい。
もう一人は、もちろんローラなわけだが。
「視界の端で見てるっていうかなぁ。だから、気配消して隙を狙っても無駄だぞローラ」
「くっ、背後が、取れないっ」
反対にローラは口数も手数も少なくして、なんなら動きや気配も最小限にして俺の意識から消えようとしてるんだが、俺は微妙に位置取りを変えて二人を視界の中から離さない。
相手が二人の場合、必ず二人を結ぶ直線を描くことが出来る。
その直線が背中側にあったらどちらかが視界から外れるわけで、ローラはそれを狙ってるみたいなんだが、そうさせないように動いてるわけだ。
まあ、以前ゲイルに説明したら『そんなこと出来るのは隊長だけです』とか言われたのは気にしないことにして。
「ならっ、これはっ!」
そう言いながら、ローラの動きが急に……遅くなった。
逆にトムは相変わらず、いや、さっきよりも一段階スピードを上げたくらいか。
二人同時の攻撃でなく、タイミングをずらしてきたわけだな。
同じようなリズムで打ち合っていた中でのこれ、狙いはいいし、ずらした上で急加速した動きも恐ろしく鋭い。やっぱ良い腕と連携してるわ、この二人。
特にローラは、こういった変化技を熟す器用さもあって厄介な相手だ。
まあ、それに対応出来てしまうのがこの棍という武器の恐ろしいところなんだが。
「んなっ!?」
「持ち手の、間で受けた!?」
二人が驚くのも無理はない。普通やんないからな、こっちの技術では。
いや、両手剣使う時はたまーにやったりするんだが……あまり好ましくはないか。
ところがこの棍の場合、持ち手の間で受けるどころか、ここで殴る打撃技まであったりする。
槍、剣、徒手、全ての距離で戦えるのが棍だ、とじいさんも言ってたなぁ。
で、徒手の距離、ということは。
「ここまで踏み込んでこれるとは、流石だなっ!」
「く、うっ!」
当然、蹴りの届く距離でもあるわけで。
ローラの胴を狙って右回し蹴りを放てば、察知したローラは後ろに飛び退きギリギリで回避。
いや、ほんと良い動きだわ。……ただ、ちょいと良すぎた。
俺は右足を振り抜いた勢いでくるりと身体の向きを変え、一気に距離を詰める。
……トムへと向かって。
「へ? ちょ、わぁ!?」
ローラが距離を取ったこの僅かな時間、俺が踏み込めば瞬間的にだがトムとの一対一になる。
さっきまで二対一でも俺を崩せなかったところにそうなってしまえば、どうなるか。
「まっ、ちょっ、おわっ、たっ、のぉっ!?」
……いや、それでもかなり頑張って受けてんな、トム。
すまん、ちょっと見くびってた。
「悪いがここで決めさせてもらおうか!」
「それ悪役の台詞ぅ!」
なんてトムの抗議を無視して、俺は一気に決めるべく攻勢を強める。
体勢を立て直したローラがもうすぐまた間合いに入ってくるからな。
上に、下に、上に、下に、下に。
ショートソードは取り回しが良くて防御にも向いているんだが、刀身の短さがたたって足下の防御はどうしてもやりにくい。
そんだけ攻め立ててトムの意識を下に向けさせてからの、頭部への一撃。
……を、寸止め。まさか怪我させるわけにもいかんからな。
トムももちろんそれはわかって、両手を挙げて降参のポーズ。
すぐさま俺は振り返り、ローラへと棍を突きつける。
あっぶね、まじでギリギリだったわ。
いや、入られたらまた二対一に戻るだけではあるが、終わりがいつになるやら。
「続けるか?」
俺が問いかければ、ローラはショートソードを構えたまましばし動きを止め。
それから、ため息を吐きつつ切っ先を下げた。
……。
「もうちょい気配を隠せ、勝ったと思って俺が気を抜いた瞬間を狙ってるのがバレバレだぞ」
「いや姐さんのそれに気付けた奴、今までいませんからね!? 旦那様だけですってそんなの!」
「お、そうか? 戦場だと死んだふりしてる奴とかわんさかいたから、鼻が利くのかもなぁ」
トムが騒ぐのを軽く流しながら、俺はローラから目を離さない。
この二人のことだ、トムのこの発言だって俺の気を引いて隙を作るための可能性はある。
何しろ、ローラの口からはまだ降参したという発言は出てないんだから。
っていうか、そのつもりだったみたいだな。
「はぁ……参りました。私達の負けです」
俺が隙を見せないのに根負けしたのか、ローラはそう言いながら両手を挙げたのだった。
※ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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アニメイト様 書泉様
『格差社会飲みニケーション(アークとアルフォンス)』
ゲーマーズ様
『微笑ましいお茶会(ゲイルとエミリア)』
メロンブックス様
『王族でなくなる日(ソニアとローラ)』
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