そして、二人の門出
※本日、後書きにお知らせがございます。
是非お読みいただければと思います。
「ニア、入っても大丈夫ですか?」
「あ、ちょうど今準備が終わったところで……どうぞ」
俺が声をかければ、すぐに返事があった。
中の気配から察するに、バタバタと片付けたりとかもないから、俺に気を使ったとかでなく本当に準備は終わっているようだ。
ちょうどかどうかはわからんが、そこは聞くだけ野暮ってものだろう。
「じゃあ、失礼します、っと……」
そう言いながらドアを開けて中に入った俺は、硬直した。
「どうでしょう、似合いますか?」
はにかみながら聞いてくるニアに、俺は声を発することも出来ずコクコクと頷くことしか出来ない。
濃い青色をしたAラインタイプのシンプルなドレスは、ニアの持つ清楚な雰囲気にぴったり。
胸の下あたりに切り返しがあって、そこからゆったりと広がっていく様は刺繍された紋様も相まって、さながら女神の衣装かのごとくである。
いや、俺にとっては女神だが。
オフショルダーっぽくなっているところにストールを巻いて、肩や首回り、胸元をふんわりと隠しているのがほんのりと色っぽく、しかし上品さを醸し出している。
出会った時から少し伸びた茶色の髪は肩を少し越えた辺り。
……髪の色は本来の色に戻した方がいいんじゃないかとも考えたんだが、司祭に聞いたところ、染めていても構わないということだったので、染めたままだ。
その髪を彩るのは銀の髪飾り。
子爵だから許されるのは銀まで、というのもあるが、単純にニアにはこっちの方が似合うような気がするな。
ブレスレットやネックレスなどの装飾品は着けず、華美な印象はないはずなのだが……抗いようもなく目を引きつけられるのは、きっとニア自身の魅力を引き立てているからだろう。
「似合っていますよ、すごく。まるで、女神様みたいだ」
「ふふ、またそんな……でも、ありがとうございます」
「いや、本当に心から思っただけなんですが」
謙遜するニアに対して言えば、ニアの背後でうんうんとローラが珍しく俺に同意して頷いている。
普通の結婚式で着るようなドレスと違って、今回ニアが着ているのは儀式用であること重視のドレス。
巫女などの神職にある女性の雰囲気があり、普段よりも神秘的な印象になっている。
だから、女神様のようだというのもあながち間違ってないと思う。
……ああ、きっとこれなら。
「これなら、神様だって俺達の誓いをすんなり受け入れてくれる気がしますね」
「そこまで言われるのは、流石に照れくさいのですけれど……」
照れるニアも可愛い。間違いない。
いやそうじゃなく。
「や、お世辞でもなんでもなく、そう思ったんですよ。
ニアのドレスや装飾からは、ニアがどれだけこの儀式に真剣かが伺えます。
多分、それが通じない神様じゃないし……それを評価しないわけがない」
神様は揚げ足を取るために見ているわけじゃないとアルフォンス殿下は言った。
それが、今こうしてニアを見て、やっと理解出来た気がする。
真摯な態度を見せる人間には、きちんと向き合いたくなるもんだ。
当たり前のことなのに、今まで考えもしてなかったのが恥ずかしい。
「ありがとうございます、ニア。あなたのドレス姿を見たら、肩の力が抜けました」
「それは、良かったと言って良いのか若干複雑ですね?」
「あ、いや、気が抜けたとかそういうことじゃなくてですね!?」
確かに、あなたのドレス姿を見たが気が抜けました、とかってむしろ侮辱に近いよな。
もちろんニアは本気で言っているわけじゃなく、くすくすと冗談めかして笑ってるんだけども。
まあ、いいや。さらに力が抜けて、大分落ち着いたと思うし。
「……じゃあ、行きましょうか」
「はい、参りましょう」
そろそろ時間も良い頃合い、俺がニアへと手を差し出せば、微笑みながら彼女が手を重ねてくる。
この手の温もりを忘れなければ、きっと大丈夫。
根拠もなく、そんなことを思った。
それから俺達は、連れ添うようにして控え室を出て、神殿の儀式の間へと向かった。
控え室から儀式の間まではローラがニアの付き添いで来ていたが、ここから先は俺達二人だけ。
中に入れば、祭壇へと真っ直ぐ伸びる白いカーペット。
参列者というか見届け人というかな人達はこの儀式の間には居なくて、二階に作られたアリーナに普通なら並ぶところ。
今回はニアの素性が素性なので、殿下と親父しかいない。
ちなみに、事前にニアのことを親父に話したら、卒倒した。まあ、仕方がないところだろう。
今も、殿下とその護衛しかいないところに一人いるもんだから、ちょっと突いただけで意識を飛ばしそうな顔をしている。
すまん親父、もうちょっとだけ我慢してくれ。
それはともかく。
俺は、儀式の間に入った瞬間に確信した。
「なるほど、神は居ませり、か……」
俺が小さくつぶやけば、ニアも微かに頷く。
確かに、ここに神はいる。俺達二人を見ている。
それも、暖かな目で。
だからこそ俺達は、決められた手順、速さで足を進める。
神の懐が広いからこそ、その寛容さに甘えないように。むしろその寛容さに敬意を払うために。
神は敵じゃない。些細なことで人間を罰する暴君でもない。
敬意を払い、尊重すれば、相応のものを返してくれる。当たり前と言えば当たり前のこと。
きっと、夫婦関係もそうなんだろう。
確かにニアは優しい人だが、それに甘えていいわけがない。もちろんそんなつもりもない。
適切に敬意を払い、尊重し、歩み寄る。言葉を交わし、意思を伝え、擦り合わせる。
そんな積み重ねが、きっと必要なんだろうな。
同じ事を神に対しても行う、この儀式はそういうことなのだろう。ただ、人間の言葉を使っていないだけで。
全体の流れを理解して、一つ一つの手順の意味を思い出して。
神に、誓う。
「ソニア・ハルファ・シルヴァリオ。汝はその名をニア・ファルハールと改める。相違ないか」
「はい、私、ソニア・ハルファ・シルヴァリオは、名をニア・ファルハールと改めます」
司祭の問いにニアが答えた瞬間、暖かな風が吹いた気がした。
多分、神の承認も得られたのだろう。
となれば、ここからが本番だ。
「では、アーク・マクガイン。汝はこのニア・ファルハールを生涯の妻とすることを誓うか」
「はい。私、アーク・マクガインは、ニア・ファルハールを生涯の妻とすることを誓います」
「ならば、神の御前でその誓いを立てなさい」
司祭に促され、教えられた歩き方を守りながら祭壇へと進む。
祭壇の前に立ち、聖水で清められた大振りの針を両手で持って、額に、喉、胸の心臓のあたり、腹、と一度ずつ軽く触れていく。
思考、声、心、本音。それらが宿ると言われる箇所に針を触れさせて、神に嘘偽りがないことを示す動作。
腹が括れたせいか、それとも儀式の間の空気に神が近くにいると感じるからか、身体が自然と動いた。
俺に偽りがないのは確かなんだ、いくらでも確認してくれという気持ちにすらなる。
最後に針を右手で持って左手薬指の先を軽く刺し、滲んだ血を一滴、杯へと落とした。これで、俺の手順は終わり。
次はもちろん、ニアの番で。
「では、ニア・ファルハール。汝はこのアーク・マクガインを生涯の夫とすることを誓うか」
「はい。私、ニア・ファルハールはアーク・マクガインを生涯の夫とすることを誓います」
「ならば、神の御前でその誓いを立てなさい」
と司祭が促せば、別の針でニアも同じようにして、偽りがないことを神に示し。
俺達二人の血が落ちた杯へと、司祭が聖別されたワインが注がれた。
祈りの言葉を捧げられれば、杯に満たされたワインの水面が揺れ始める。
……何か強い力が満ちてきているのは気のせいか?
心なしか、司祭の顔が驚いてるっぽいし……。
「神の承認は得られました。今よりニア・ファルハールはアーク・マクガインの妻、ニア・マクガインとなり、お二人には、神からの祝福が授けられます。
健やかなる時も、病める時も、二人手を取り合って生きる限り神はあなた方を見守っておられると、ゆめゆめお忘れなきよう」
「「はい。健やかなる時も病める時も、二人手を取り合って生きることを誓い、神の祝福を頂戴いたします」」
司祭に促され、まずは俺が杯のワインを半分ほど飲み干す。
……? え、何だこれ。ワインと一緒に熱の塊みたいなのが入ってきた感覚がするんだが。
どうやらニアもそうだったらしく、驚きで目を瞠っている。
混乱しかけている俺達を正気に戻さんとしたのか、コホンと司祭が咳払いをしてくれた。
「これにて婚姻の儀式は終了でございます。さ、お二人ともあちらから退場を」
「は、はい」
色々聞きたいこともあるし、司祭も何か言いたげだが、今ここでする話じゃないってことなのだろう。
促された俺とニアは、気を取り直して退出までの手順を着実にこなし、無事儀式の間を出ることが出来たのだった。
「何だったの、今の」
「いや、聞きたいのは俺の方なんですが」
儀式の間を出て殿下と親父の二人と合流した途端、殿下がこっちを問いただしてきた。
しかし、聞きたいのはこっちの方である。
で、俺と殿下、ニアと親父の四人の視線が、司祭へと注がれるのだが。
「私も、あそこまでのものは初めてのことなのではっきりとは申し上げられないのですが……」
と前置きしてから彼が語ったことは、中々に衝撃的だった。
元々、旧第一神殿ということで神に近しいこの場所では、儀式を行った際に、本当に祝福がもたらされることはそれなりにあるらしい。
ただそれは、慣れている司祭ならば感じ取れる程度のささやかなもの。
ところが、さっき俺とニアにもたらされた祝福は、ワインを口にした俺達もだが、二階で見ていた殿下でも感じ取れるほどのものだったという。
「私が知る限り、あんなにも強い祝福は初めてのことでございます」
「なんだってまた、そんなことが……」
よほどニアが気に入られたのか。それともシルヴァリオ王家の人間だからなのか。
残念ながら、司祭にもそれはわからないらしい。
ただ一つ確かなのは、それなりにベテランな司祭が今まで見たこともないような祝福がもたらされた、ということ。
「つまり、無茶ぶりをしてもそうそう死なない身体になったわけだね?」
「そ、そこまではわかりませんが……」
アルフォンス殿下の言葉に、司祭が汗を拭きながら答えを濁す。
……うん、半分本気な気がするのは、きっと気のせいじゃない。
いやいいんだけどさ、それはそれで。
「ニアを悲しませるようなことが起きにくくなるっていうなら、俺としてはありがたいですけどね」
なんてさらっと言ってみたら、殿下も親父もローラも砂糖と生姜を口に突っ込まれたような顔をした。なんでだ。
実際これから領地に向かえば危ない目に遭う可能性は高いし、かといってもう俺は、そうそう死ぬわけにもいかないんだから、喜ぶのは当たり前だと思うんだが。
「ま、いいんだけどさ。じゃあアーク、これからが本番、頑張ってもらうからね?」
「ええ、もちろんです」
殿下の言葉に、俺は間髪入れず頷き返す。
いよいよ本格的に動き出すのだ。シルヴァリオ王国攻略のために。
そして、ニアが心置きなく盛大な披露宴を執り行う事が出来るようになるために。
「私も、出来る限り頑張りますから、ね?」
何より、こう言って俺の隣で笑ってくれるニアの笑顔のために。
この儀式はまさに門出、これからこそが肝心なのだと俺は心に刻み込んだのだった。
※ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
これにて本作品、1章完結とさせていただければと思います。
2章に関しましては、しばらくお休みをいただいた後、7月か8月には再開することになるかと思います。
そして、この節目にお知らせがございます。
当作品「人質姫が、消息を絶った」ですが!!
書籍化が決定いたしました!!!
また同時に、コミカライズ企画も進行中でございます!!!
これも、ここまでお読みくださり、応援してきてくださった皆様のおかげでございます、本当にありがとうございます!!!!
出版社やレーベルなどの詳細は後日のお知らせとなりますが、取り急ぎ上記の内容を公開してよいとの許可が出ましたので、お知らせさせていただきました!
やっとお伝え出来た、とほっとしております!
もしご祝儀代わりにいいねやポイント評価をくださるという優しい方がいらしたら、嬉しいなぁ!(おい)
それはともかく。
詳細に関しては、後書きや活動報告にてお知らせさせていただければと思いますので、今後とも拙作「人質姫が、消息を絶った」を何卒よろしくお願いいたします!




