『黒狼』と呼ばれる所以
※少々暴力的な場面がございます。
血が流れたりはありませんが、苦手な方は回避などしていただければと思います。
恐らく次話は、この話を飛ばしても問題はないかと思います。
そして数日後。
一度俺が承諾してしまえばトントン拍子、あれよあれよと決闘、というか試合の段取りは決まって、騎士達の試合などにも使われる闘技場に、俺の姿があった。
……決闘って言葉は使いたくないんだよな、相手の子爵殿に思うところは全く無いし。
そして、観覧席にアルフォンス殿下や例の横やりを入れてきた侯爵閣下二人や、話を聞きつけて見に来た物見遊山な観客達。
ちなみに、まだ子爵夫人の身分を手に入れていないニアは来ていない。
仮に手に入れてても来て欲しくないが。
多分今日の俺は刺激が強すぎる。
まず見た目からしてヤバイ人だからな。
俺が姿を現した瞬間、ちょっと観客席がざわめいたくらいだし。
戦功の褒美としてもらった黒一色の金属鎧ってのがまず威圧感たっぷりなんだろうが、それだけじゃない。
盾を持たずに長柄の武器一本だけ持って入場したわけだが、その武器に視線が集まっていた。
「お、おい、あれが『黒狼の牙』か……?」
「噂には聞いていたが、何とも剣呑な……」
なんて伯爵くらいに見える貴族二人が声を抑えながら言い合っているのが聞こえる。
抑えてるつもりみたいだが、聞こえちまうんだよな、俺の耳は。
感覚が人より鋭いってのも善し悪しだよなぁ、なんて思う事もあるが、まあ今は気にすまい。
で、彼らが噂していた『黒狼の牙』ってのが今手にしている俺の得物。戦場で振るったメインウェポン。
『狼牙棒』と呼ばれる武器がある。
この国から遙か東方で生み出された、鋭いトゲがいくつもついた柄の付いている棍棒のことだ。
形状は様々で、柄の長さが短い物もあれば長い物もあり、棍棒部分も膨らんだ形のものや細長いものなんてのもある。
こっちの武器だと鎖で繋がれてない方のモーニングスターが近いが、それのトゲの付いてる部分が長くなっていると思ってくれればいいんじゃないかな。
頂点部分にもトゲが付いているから、槍のように突くことも一応可能だ。
俺が使っているのは柄の長さが2mを越える、長槍並みの長さで両端に細長めのトゲ付き棍棒が付いてるもの。
そんな物騒なもん持って黒い鎧に身を包んでいれば、そりゃぁ不気味な格好に見えるだろう。
「マ、マクガイン卿……それが武器で、よろしいのですか?」
「ええ、もちろん。伊達や酔狂で持ち込んではいませんよ」
立会人である俺より年上の騎士が恐る恐る聞いてくるが、俺はあっさりきっぱりと答える。
まあ、彼の懸念もわかるんだが。
少しばかり遅れてきた相手の子爵殿を見れば、全身を金属鎧で覆い、左手には金属製の盾、右手には長槍という割とオーソドックスな格好。
……見た感じ、鎧は完全オーダーメイドで身体に合わせて作ってあり、手入れも良くされているし動きも滑らか。
槍も使い込んでいる風合いがあるし、どうやら実戦経験はしっかりある様子。
彼が持つ長槍に比べれば、俺の狼牙棒は長さこそ対等だが明らかに先端部の重量が違う。
当然動きも鈍重になり、腕自慢が操る長槍を捌くことは難しく、勝負にならないと思われても仕方が無い。
まあ、もちろん勝算はあるわけだが。
しかし、何でもありを言ってきたんだから、もう少し工夫してくるかと思ったんだが。
ってことは、やっぱり俺が、そしてこの武器がどんなもんか見たい、っていうのが正解なんだろうな。
相手の子爵殿も、滅茶苦茶やる気満々って感じじゃないし。
「マクガイン卿、本日は、その……お手柔らかにお願いいたします」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします。……お互い上の無茶ぶりに振り回されているようで」
彼にしか聞こえないよう声を抑えて言えば、苦笑が返ってくる。
これでほぼ確定、彼もまた上にこき使われる、言わば同類だ。
だったら、あんま手酷くってのも気が引けるなぁ。
とはいえ、こんなことに引っ張り出されるだけあって彼もまた中々の使い手に見えるから、油断も手抜きも禁物ではあるし。
さて、どうしたもんか。
なんてことを考えている間に、時間が来てしまったようだ。
「それでは、両者分かれて」
立会人の声に、俺達は闘技場の真ん中で向き合い、大きく離れる。
なんせお互いに長柄武器を使うんだ、間合いは剣のそれよりも格段に広く取らないとまともに打ち合えない。
いや、俺は近接距離でも何とか使える自信はあるが。
お互い十全に戦えない決闘、もとい試合にしてどうするんだって話になるし、ここは大人しく互いに槍を振るえる距離を取って。
向こうは左手に持つ盾を前に出して身体を隠しつつ、右手の槍は取り回しの良い中程を持って隙を探しているオーソドックスな構え。
こちらは両手で狼牙棒の片端近くを持ち、槍のように相手に向かって突き出して構える形だ。
「……始め!」
立会人の合図と共に、俺達は前に進み出て間合いを詰める。
武器の長さはほぼ互角だが、向こうは片手なせいで中程を持っているもんだから、間合いはこっちが有利。
とはいえ、彼の足運びを見るに、油断でもすれば一気に踏み込まれて今度はこっちが慌てることになるだろう。
てことで、こっちが有利なうちに仕掛けんと。
「ふっ!」
彼の持つ槍の穂先と俺の狼牙棒の先が交差した瞬間、俺は息を鋭く吐きながら力を込める。
実はこの狼牙棒、俺がもっと若い頃に出会った老人が教えてくれたものだ。
東方からやってきたっていうこの老人がまた恐ろしく強い人で、小柄な身体なのに、パンチ一発で俺を飛ばしたりなんて離れ業が出来る人だった。
だから俺はこの老人に頼み込んで教えてもらったんだ……身体の使い方と基本的なトレーニング方法を。
また気が向いたら旅に出るつもりだと言っていた老人から色んな技を教わる時間はないと踏んで、地味で延々繰り返さないといけない基礎練ばっかりを習ったんだが、これが正解だった。多分。
何せ小柄であまり筋肉が付いてない老人でさえそんなパワーを発揮する身体を作るんだ、俺みたいなガタイもよくて筋力に恵まれてる人間が身に付けたらどうなるか。
「なんと!?」
予想以上の速さと重さに、子爵殿が驚いた声を上げた。
例えば。
普通の槍よりも遙かに重い棍棒を鋭く動かし、相手の穂先を弾く、なんてことも出来るようになる。
おまけにトゲ付きの棍棒なんだ、引っかけられて取り落としそうになり、子爵殿は慌てて槍を持ち直した。
そんな隙を、当然見逃すわけにはいかない。
俺は弾いた勢いで狼牙棒の先端を回し、子爵殿の盾へと狙いを定め。
「よいっしょぉ!!」
思いっきり、横殴りに振り抜いた。
俺が狼牙棒を好んで使うのには理由があって、一番大きいのが、刺さるのに刺さりすぎないってところ。
金属鎧を貫くのはかなり大変で、かといって貫くときに勢いが良すぎると今度は刺さり方が深すぎて抜けなくなる。
ところが狼牙棒は、トゲが程よく刺さったところを棍棒で殴るから、刺さりすぎる前にトゲが抜けるわけだ。
おかげで、加減だなんだ気にせずぶん回せば良かったから、戦場では楽だった。
もちろん普通はそんなにぶん回せるもんじゃないから、地道な基礎練の賜物だとも思う。
余談だが、そうやって狼の牙でも打ち込まれたような穴を付けられてる敵兵を量産したもんだから、ついたあだ名が『黒狼』というわけだ。
相手の子爵殿も即反応して、盾を身体に寄せながら少しばかり傾斜を付けて、横殴りの勢いを上に逸らそうとしているのは流石。
むしろ、そうしてくれるだろうと期待して横殴りを選択したんだが。
ゴギュア! と奇妙な音が響いた。
俺が振るった狼牙棒の牙が子爵殿の盾に打ち込まれ、鉄板だというのにいくつもの穴を穿つ。
ついで棍棒が直撃し、金属製の盾がひしゃげる。
これで普通ならば衝撃で相手が吹き飛び、トゲが抜けるところなんだが……子爵殿が盾を斜めにして衝撃を上に逃がしているせいでかえってトゲが抜けず、棍棒は斜め上へと走り……こそげ落とすように盾を変形させていき。
ついに歪みが限界を迎えたところで盾を腕に固定していた革ベルトの金具が壊れ、盾が吹き飛んだ。
……それに合わせて子爵殿の腕も持ってかれそうになったんだが、鎧の肩関節部分が腕の可動域以上に引っ張られるのは防いでくれたらしく、脱臼とかの心配はなさそうである。
きちんと作られた鎧じゃなかったらこうはいかないところだが、流石だ。
ガラン、とついさっきまで盾だった、ぐしゃぐしゃにひしゃげた何かが地面に落ちる音。
しんと静まり返った中、俺は狼牙棒を斜め上に振り抜いた勢いで先端を回して大上段に振りかぶり。
「……続けますか?」
と、動くに動けないまま俺を見ている子爵殿へと声を掛ける。
この人もこの人で、盾を殴った瞬間にも目を閉じてなかったし、その後もあの一瞬で必死に盾操作しようとしてたし、今もあんなもん見せられて呆然としてないしで、大した人なんだよ。
下手な奴だったら、衝撃を流せずにそのまま腕に食らって骨折、下手したらあばらまでやっちまうところ。
それをこの人、受け流して頭にも当たらないようコントロールしてたからなぁ。
……多分そこまで出来るだろうと踏んでのあの攻撃だったわけだが。
おかげで、下手に殴り飛ばすよりも衝撃的な場面が演出出来たんじゃないかと思う。
ニコニコしているアルフォンス殿下以外、観覧席の皆さん一様に呆気に取られた顔で一言も発せずにいるわけだし。
「……いや、これ以上は無意味でしょう。参りました」
そう言いながら子爵殿が槍を置き、両手を挙げる。
……盾を持ってた左手は、若干痺れてるようだが、それでもちゃんと動いてる。やっぱ大したもんだ。
俺のあの一撃を受けてすぐに左手を動かせる奴なんて、うちの面々でもそんなにいやしない。
だから子爵殿の腕は確かだし、おかげでこの衝撃の場面が演出できたんだから、これは相手が悪かったと周囲にも思ってもらえて、彼の名誉も守られるんじゃないかな。
「しょ、勝者、アーク・マクガイン子爵!」
我に返った立ち会いの人が宣言してくれるも、すぐには誰も反応しない。
仕方なしにアルフォンス殿下が拍手をすれば、やっと釣られるように他の人達も拍手を始めた。
うんうん、かなりインパクトを与えることが出来たみたいだな。
例の侯爵様お二方はどうかな、と見れば、既に我を取り戻していたのか、苦笑しながらこちらを見ていた。
あれはどういう意味かな?
まあいいや、後でアルフォンス殿下に聞いておこう。
とてもいい笑顔でお二方に近づいていくアルフォンス殿下へと胸に手を当てて頭を下げた後、俺は子爵殿とともに闘技場を後にしたのだった。




