挽回なるか
こうして、少しばかりあれこれはありつつも無事ドレスの発注を終えた俺達は、仕立て屋を出た。
「あら……もう、日が落ちてきましたね」
「ですね……今日は色々とありましたし」
むしろありすぎたくらいだが。
噴水広場で昼食がてらホットドッグを食べ、それから仕立て屋でドレスを注文。
やったことと言えばこの二つだけだが、それぞれの中身が濃かったというか、なんやかんやありすぎた。
時間だけでいうならばホットドッグにはそこまで時間をかけてないはずなんだが、精神的疲労で言えばそちらの方が大きいくらいだ。
仕立て屋も仕立て屋で精神的プレッシャーはあったんだが……こう、勝手がわかってる分、まだましだったと思う。
それでも、なぁ。
「なんだか今日は、締まらないとこばっかり見せてしまったような気がしてならないんですがね」
がしがしと頭を掻きながら俺はぼやく。
どうにもこう、かっこ良くエスコート、ってのからほど遠かったような気がしてならんのだが。
いやまあ、苦手というか普段近づかないようなフィールドが多かったんだから、仕方ないっちゃしかたないんだろうが。
それでも初デートなんだから、もうちょいかっこ良くしたかったんだがなぁ。
なんて内心で反省している俺の隣で、くすくすとニアが笑う。
「あら、私は色々なアーク様が見られて、楽しかったですよ?」
天使かこの人は。
確かに振り返ってみれば、俺がかっこ悪いところを見せても笑ってはいたけれども見下してるとかいう感じではなかった。
ドレスの色の時は引かせてしまったが、あれは俺も引くと思うから仕方ない。
だからまあ、ニアが楽しんでくれたのは多分そうなんだろう。
……これで俺の直感でもわからんくらいに感情を隠すことが出来るとかだったら、怖いが。
今まで会ってきた中でそんなことが出来たのはアルフォンス殿下くらいなもんだから、それ以上とかまじ勘弁である。
いやまあ、それで実はニアのいいようにされている、というのはそれはそれで、と思わんでもないが。
「そう言ってもらえたら、ちょっとばかり安心はします。
……ああ、ここですね」
俺が足を止めれば、ニアも止まって俺の隣に立つ。
それから、店を見上げて。
「まあ、こちらが」
「ええ、馴染みの店なんですが、味は保証します」
目を輝かせるニアに説明しながら、若干複雑な気持ちになる。
連れてきた店は、主な利用者は子爵・男爵といった層だが、一応伯爵を連れてきても文句は言われない程度の格式はある店。
いわば下級貴族御用達な店だから、元々の身分が王族であるニアを連れてくるのは若干気が引ける。
同時に、そういう格式の店に連れてきて目を輝かせるニアを見ると、彼女の今までの境遇も思い返されてしまう。
敢えて嫌な表現をするが、この程度の店にも連れてきてもらったことがなかったんだろうな、と。
男爵家出身で騎士として自立し、子爵となった俺でも、ちょっと頑張れば何回も通える店。
王族なんぞ連れて来た日には、店も恐縮するし王族はぶち切れかねない。
……アルフォンス殿下は場末の酒場でも楽しそうだったから、あの人は例外だ。
ちなみに、お忍びでも隠しきれないオーラで周囲の客が萎縮したりザワついたりしてたんで、一回しか連れていっていない。
たまに連れて行けと言われるんだが、二度とご免である。
話が逸れた。
とにかく、そういう店にも連れてこられたことがなかったらしいのはわかっちゃいたが、改めて実感させられると、またこみ上げてくるものがある。
偉そうかも知れんが、ニアを幸せにしなければいけない、と。
義務感というよりは俺の願望なわけだが、これくらいは思っても構わないんじゃないだろうか。
俺に出来ることがどんだけあるかはわからんが、出来る限りはしたいと思う。
「では、行きましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
そう言いながらエスコートのために肘を曲げて腕を差し出せば、ニアがそっと手を添えてくる。
……俺が幸せを感じてどうする。
いや、ニアもわくわくというか楽しみにしている顔をしてくれてるから、きっとこれはこれでいいのだろう。
勝手に自分で納得しながら入り口へと向かえば、ドアマンが会釈しながらドアを開けてくれた。
すると、開いたドアの向こうで待ち受けていたイケオジの給仕係が恭しく頭を下げてくる。
「ようこそいらっしゃいました、マクガイン様」
「ああ、今日はよろしく頼むよ。特に今日は、婚約者が一緒だからね」
「はい、伺っております。とてもお美しい方でいらっしゃいますね、こちらとしても身が引き締まる思いがいたします」
予約した際に婚約者連れであることは伝えていたんだが、当然彼にも情報共有はされており、お世辞まで言ってくるあたりそつが無い。
いや、ニアが美人なのはその通りだから、ただ事実を述べただけの可能性もあるが。
ともあれ社交辞令的なものではあるのも間違いないんだが、慣れてないニアははにかんでいる。可愛い。
「そんな、美しいだなんて……今日はどうかよろしくお願いいたします」
照れ笑いを見せながら頭を下げるその仕草、プライスレス。
給仕係も普段の愛想笑いとはまた違う雰囲気になっている辺り、彼のようなベテランでも嬉しくなってしまったらしい。流石ニアである。
すまん、贔屓目が過ぎている自覚はある。
「はい、誠心誠意おもてなしさせていただきます。
……マクガイン様は素晴らしい婚約者様を迎えられたようで」
「だろう? だから今日はいいところを見せたいんだ」
「え、ちょっと、アーク様?」
給仕係の世辞に俺が真顔で頷けば、動揺したニアが軽く俺の腕を引く。
そんな可愛い反応をされるとますます褒め称えたくなるんだが、あまり入り口付近でやるもんでもないか。
そこは給仕係の彼も読んでくれたのか、にこりと笑って。
「かしこまりました。ご満足いただけますよう、精一杯務めさせていただきます。さあ、どうぞ中へ」
そう言いながら、中へと案内してくれた。
案内された店内の内装は、どちらかと言えば落ち着いた内装。
置かれてる調度品も自己主張控えめな、いわゆる品が良いと言われるタイプのものばかり。
「あら、これは……かの巨匠の、若い頃の作品では?」
「流石、お目が高い。左様でございます、こちらは……」
と、気付いたニアと給仕係が会話をしている内容からわかるように、物も確か。
今や有名となった芸術家達が駆け出しの頃にオーナーが見定めて買い集めた品々らしく、当時はあまりお高くなかったのだそうな。
売りに出したら多分えらい値段になるはずなんだが、それを一切しようとしないのも好感が持てるところ。
そういう美意識のオーナーだから、この店は居心地のいい空間になっているんだろうな。
こういう経緯を聞いたので、俺もここの調度品については一通り調べて、作者だとかについての知識はある。
殿下からも、「聞かれた時に困らないよう、事前に覚えておけ」と言われたしな。
中には、ここのオーナーが買ってくれたことがきっかけで有名になった陶芸家なんかもいたりして、驚いたもんだ。
だから俺は、ニアと給仕係の会話に口を挟まない。
自分の功績をひけらかさないオーナーが調度品を揃えた店で、自分の浅い知識をひけらかすのは、きっと滑稽なことだろうから。
それに、巨匠の若い頃の作品なんてものに出会えて目を輝かせているニアと、わかってくれる客相手に誇りを持って解説している給仕係の楽しげな空気は、見ているだけでも楽しいもんだからな。
これは良い時間が過ごせそうだ、と確信しながら、俺はニアとともにテーブルへと案内されていった。




