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黒狼、自爆する

 親方である老紳士と長い時間検討した結果、ニアのドレスデザインが大体固まった。

 といっても、その大半は紋様についての話だったのだが……。


「それで、ドレスのデザインに組み込むことになった紋様がこれ、と」


 センスがない自覚はあるので、俺は後ろで見ていたのだが、ニアの拘りがわかったので有意義な時間だったとも思う。

 選ばれた紋様は『誠実』『固い絆』『信頼』を意味する三つ。

 なんで三つかっていうと、子爵の婚姻であれば紋様は三つまでという決まりがあるのだそうな。

 まあ、四つ以上は一気にお高くなるため、伯爵家以上じゃないと確かに払えんわなぁ、というものではあったが。

 

 そんな制限がある中でニアが選んだこの三つは、適切と言って良いものだろう。

 婚姻関係を築く上でこの三つが重要であることは言うまでもなく、選択することは何ら不自然ではない。

 その裏で、この婚姻をもってシルヴァリオ王家と決別するニアが、ブリガンディア貴族として裏切ることなく誠実に仕えるということを暗に示しているわけだ。


「流石ニア、いいチョイスです」

「そう言っていただけて何よりです。少し堅すぎるかなとも思ったのですが……」

「この式に関して言えば、堅すぎるくらいでちょうどいいんじゃないかと」


 若干迷いを残すニアに、俺は小さく首を振って答える。

 この儀式は、神様と王家に、ニアという人物を認めてもらう意味合いが大きい、というか大半なのだから、それくらいでいい。

 おわかりかも知れないが、ニアが選んだ紋様はそちら方面へ向けたものばかりで、例えば『愛情』だとかは選ばれてないわけだが、俺はそれでもいいと思っている。


「どうせ後日に盛大なのをやるんです、その時に盛るなり衣装替えするなりして弾ければいいだけですし」


 俺が笑って見せれば、ニアは一瞬驚いたような顔をして。


「それも、そうですね。そちらは、後で如何様にも出来ますから」


 そう言いながら、くすくすと笑った。


 ……これは、脈ありと見ていいよな?

 こう、スイートな空気が全く無い紋様を選んだことに若干の後悔を残しつつ、後日にはスイートな感じにしてもいいってことだよな?

 きっとそうに違いない。いや、思い込みは危険だ、落ち着け俺。


 ただ、少なくとも後日に改めて行う披露宴に関して、彼女が消極的でないことは間違いないし、それはありがたい。

 それまでに惚れてもらえたら、政略だけでない気持ちのこもった披露宴だって出来る、はず。

 どちらにせよ、まずは婚姻の儀式をきちんと行って神様と国に俺達二人を認めてもらわなければ何も始まらないんだから、まずはそっちを優先せねば。


「後は生地やドレスの型……ドレスの型は、ベーシックなものでいいとは思いますが」


 あっさりと言うニアに、老紳士はあまり驚いた様子がない。

 広げられたデザイン画に描かれているのは、シンプルなAラインのドレス。

 パニエだなんだでふくらませたりすることもなく、重力に任せてそのまま降りていく感じのラインで、その上にストールだとかを羽織るのがベーシックなもの。

 切り返しを胸の下辺りに持ってくるケースもあるみたいだが、ニアが選んだのはウェストに持ってくるタイプで、シンプルなベルトも巻くようにするようだ。

 見た目、女神官が儀式の時に着る祭服に近いものがあるんだが……多分ニアはそうとわかってやっているんだろう。


 これが普通の貴族令嬢なら、これもウェディングドレスだからってことでああだこうだ言うかも知れないが……というか、どうも話を聞くにそうらしいのだが。

 ニアはこれが儀式的なものであるということを優先して、ここであれこれ注文をつけるつもりはないらしい。

 だから親方であり、そういった貴族令嬢に対応してきた老紳士は機嫌がいいのだろう。

 ここで彼の印象を良くすることが出来たのなら、披露宴は後日、という形式にしたのはそういう意味でも正解だったのかも知れない。

 

 で、ここまでは問題ないんだが。


「生地の色は、どうしましょう」

 

 そう言いながら、ニアが俺の目を見つめてきた。

 思わずドキッとしてしまうが、それからすぐに視線は俺の髪へ。

 なるほど、そういうことかと合点がいく。


「俺の髪や目は、どっちも黒ですからねぇ……まさかこのまま使うわけにはいかんでしょうし」


 真っ黒な祭服風のドレス。どう考えても喪服である。

 この辺りでもドレスにパートナーの色を入れるのは流行っていて、例えば俺はニアの目の色である青をタイなりワンポイントで入れようと思っている。

 髪の色だと、元の色を使うわけにはいかんし、染めた後の茶色は嘘を吐くみたいであれだし。

 

 ということで、俺は問題ないわけだが……ニアの方が問題である。

 俺の色のドレスにしたら、喪服同然になってしまうわけだ。


「白をベースに黒で紋様を入れるという方法もありますが……」

「それだと、邪教の儀式みたいに見えなくもないですよねぇ」


 見ようによっては邪教の女神官である。流石にそれはまずい。

 

 何かこう考えると、黒髪黒目があまりモテないってのもわからんでもないなぁ。

 真面目なお付き合いしてたら、こういうとこでデメリットが出てくるとは。

 いや考えすぎだ、付き合う段階から結婚やドレスのことを考えたりはしないだろう、とも思うんだがこう考えるのは男ばかり、なんだろうか。

 女性は付き合ってたり婚約だとかの段階でも、夜会にドレスを着ていくし……その時の見栄えは気にするだろうし……。

 となると、女性の場合はそこまで見越して、付き合うかどうかとかアプローチするかとか考えるものなんだろうか。怖くて誰にも聞けないが。


「こういう時は、濃く深い青を黒の代わりに使うことが多うございますね」


 悩んでいた俺達に、さっと救いの手を差し伸べてくれたのは老紳士。この辺りは流石である。


「ああ、そういえば夜空の色は濃い青で表現するっていう画家もいましたね」


 言われて思い出したんだが、学園時代に美術教師がそんなことを言ってた記憶がある。

 ろくに参加したことのない社交パーティを思い出してみれば、確かに黒髪の男性が連れている女性に、深い青のドレスがいたような記憶が。

 ……そうか、俺が思いつかなかったのはともかく、ニアも思いつかなかったのは、社交界に顔を出したことがほとんどないからか。

 ここで言及することじゃないから、言わないが。


「しかしそれなら……あ、いや、何でも無いです」


 と、思わせぶりなことを言って、引き下がってみる。

 もちろんそんなことをすれば、かえってニアの興味を引いてしまうわけだが。

 あ、ちょっと親方も聞きたそうにしているな?


「何でもないって、何か思いついたことを言いかけましたよね?」

「いやぁ、言いかけましたけど、これは口にしない方がいいなって」

「いえいえ、何が参考になるかわかりませんし、是非ともお教えいただければ」


 親方である老紳士まで食いついてきた。

 う~ん、あんま大きな声で言うもんでもないが……と思いながら俺は店内をキョロキョロと見回す。

 予約を入れていたからか、今店内には俺達以外に誰もいないし……まあ、この二人に聞かせるのはいいか、自己責任ってことで。


「いやね、俺の二つ名がなんで『黒狼』になったかを考えたら、暗い赤もありかなって。

 すぐにそれはないって思ったんですが」


 と、フォローを入れたつもりなんだが、二人はやっぱりドン引きな顔になった。

 だろうな、そんな血生臭いイメージのドレスを着せるなんてありえないよな!


「だ、だから言わなかったんですよ!? 二人が聞きたいとか言うから!」

「それは……そう、ですけども」


 俺が必死に言い訳すれば、二人とも反論はしないが……明らかに物言いたげな顔。

 そりゃそうだろう、言わなかったとはいえ、そんな発想する時点でやばい奴だろうし。


 とまあ、俺がドン引きされはしたが……これで、ニアの知識が若干偏ってることは誤魔化せただろうか。


 それ以降は俺は大人しくしていて、ドレスの生地の色は濃いめの青ということで、無事に決まったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] そういうとこやぞ!
[良い点] 家庭事情的に社交関係の知識が希薄なのは仕方ないよねぇ ただ女性のドレスに濃い血の赤はないぞ…
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