訳ありな婚礼事情
散々赤っ恥をかく羽目になりながら買ったホットドッグだったが、結局俺とニアは半分に切り分けられたそれを普通に食べた。
わかってる、俺がヘタレなせいだ、そこは認める。
一応、食べさせあいをしようとはしてみたんだが……そこで気がついた。
これ、最後まで食べさせるのか? そしたら指とかに口が触るんじゃね?
ってのが一つ。
もし一口二口食べさせてから残りは自分で食べたら、間接キスにならねぇか?
ってのがもう一つ。
できるわけねぇだろ!
と、ここが大勢の人で賑わう大通りじゃなければ叫び出すところだった。
あれだ、やっぱ恋愛小説の真似事ってのは、そういうのにはまってて、かつ色恋で浮かれポンチになってる奴じゃないと出来ないんだ。
いつか俺もそういうのが平気になるんだろうか。……ならない気しかしないが、ニアが望むならば頑張るしかない、のか……?
そうなれたら、それはそれでとも思わなくもないが……自分がそうなるのは怖いというか気味が悪いというか。
俺がそういうのに向いてないのは間違いないんだし、ニアも熱望してるわけじゃないし、今はこんなもんでよしとしておこう。
そんなこんなで多大な犠牲を払ってホットドッグを食べた俺達は、気を取り直して最初の予定である仕立て屋へと向かった。
場所は噴水広場から更に北、貴族街に入ってすぐの辺り。
大通りから一本入ったところにある仕立て屋はこじんまりとしており、ドレスを扱っているにしては派手さのない落ち着いた外観をしていた。
悪く言えば地味、とも言える店なのだが、決してそれだけの店ではない、らしい。
「お待ちしておりました、マクガイン子爵様、婚約者様」
俺達が店の前に立ったのとほぼ同時に入り口の扉が開き、一人の老紳士が姿を現した。まるで、文字通りずっと待っていたかのように。
そりゃまあ、予約っていうか訪問の約束を取り付けていたから大体の到着時間はわかっていたんだろうが、それでもタイミングがバッチリすぎる。
ってことは、ずっとドアの前で待機していたか……それとも。
この人が出てきた瞬間から気になってたんだが、立ち姿に隙が無い。
見た感じ物腰の柔らかい仕立て屋の親方なんだが……なんでか元剣士のような雰囲気を感じるんだよな。
そんな人だから、俺達が来た気配を感じ取った可能性がある。
ま、この人と事を構えるつもりはさらさらないんだから、気にしても仕方ないんだが。
「出迎えありがとうございます。こちらは私の婚約者のニアです。今日はよろしくお願いします」
俺がニアを簡単ながら紹介すれば、それに併せてニアが頭を下げる。
なんせこちらの仕立て屋はアルフォンス殿下から紹介してもらった店だ、横柄な態度なんて取ろうものなら殿下の顔に泥を塗ることになる。
ま、そうでなくともニアのドレスをお願いしようって相手なんだ、丁寧に接して気持ちよく仕事をしてもらいたいところ。
良い仕事ってのは良い人間関係からってのは、大体の業種業界で言えることだろうしな。
どうやら俺達の態度は悪くはなかったらしく、老紳士はにこやかな笑みのままだ。
多分だが、貼り付けたような笑みではない、はず。
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします。立ち話もなんですし、どうぞ中へお入りください」
と店内へ招き入れてくれた。
店内は……何と言うか、仕立て屋と言われて想像していたイメージよりも落ち着いて居るというか、なんなら厳かと言ってもいいような雰囲気。
婚礼だとか儀礼用の衣服、ドレスをメインに扱っている、というのもあるんだろうが。
抑えめの採光、青を基調とした店内のインテリア、そこかしこに配置された、神殿でよく見る紋様。
全体的に、神殿など宗教施設の雰囲気を漂わせているっていうのが大きいんだろうな。
と、店内をちらちら見ていたニアが俺へと話しかけてきた。
「あの、アーク様。もしかして婚礼を挙げる神殿は、かなり由緒正しい神殿だったりするのでしょうか?」
その問いに、思わず驚いて目を瞠る俺。何しろ、その通りだったから。
「ええ、その通りですが……どうしてそう思いました?」
「こちらに飾られているドレスの刺繍が、かなり精緻な紋様を描いていますから、そういう、正式なドレスや衣装に近いものが必要になるような格の神殿なのかな、と」
なるほど、そんなところで気付くのかと感心してしまう。
この辺りの神殿には、ガチの宗教施設から婚礼用に後から建てられたものなど、いくつかの種類がある。
で、数が多い下位貴族や平民の婚礼を捌くために作られた婚礼用の神殿なんかは、紋様が正確じゃないだとか、宗教的厳密さを欠いた衣装で婚礼を行っても神様はお怒りにならない、らしい。
後発なせいか利用者の信心が薄いからか、神様の意識がそれらの神殿にあまり向いていない説、凝った準備をする余裕のない下々の事情を理解してくださっている説などがあるようだが、神様に聞けるわけもないので事の真偽はわかっていない。
一つ確かなのは、由緒正しい神殿の場合、きちんとした婚礼を行わなかった夫婦は多くの場合不和になる、ということ。
これがまた、離縁どころか酷い時には血を見ることになったケースもあったらしい。
ただその分、きっちりこなせば御利益があり、末永く円満に、かつ平穏に過ごせるのだとか。
これが一般の平民や下級貴族ならそこまで気にしないところだが、何せこれから危険な国境地帯の領地に向かおうっていう俺達だ、御利益があるに越したことはないってことで殿下が手を回してくれたわけだ。
……ほんと、こういうとこでもそつがないから、ついていこうって思っちまうんだよなぁ。
しかも、だ。
「殿下のご厚意により、ニアコーヴ神殿で婚礼を行うことになりまして」
「ニアコーヴ神殿……それって、この辺りの旧第一神殿では!?」
「ええ、その通りです」
珍しくニアが感情露わに驚いたのも無理はない。
旧第一神殿とは、名前の通り以前はこの辺りで一番の神殿だったところ。
王都の中心近くに大神殿が作られ、今ではそこが第一神殿とされているのだが、由緒という意味では当然ニアコーヴ神殿の方が上になる。
そのため、婚礼を行うのは国王と王太子以外の王族や公爵家の嫡男以外など、由緒は正しいが、しかし大神殿を使って大々的に婚礼を挙げるほどではない立場の方々であることがほとんど。
少なくとも子爵風情が好き好んで厳密かつ厳粛な式を挙げる場所ではないが、王族としての教養を持つニアならばと許されたところもある。
ちなみに俺は、式までの三ヶ月弱でアルフォンス殿下から色々叩き込まれる予定である。チクショウ。
しかし、これもまた必要なことではあるのだ。
「何せお堅い分、口も堅いらしくってですね」
「あ……なるほど、そういう……」
俺の中途半端な言い方でも十分ニアには伝わったらしい。流石、賢い。
言うまでもなく、神様に対して嘘を吐くことは出来ない。
だから今回、儀式の中に『ソニア・ハルファ・シルヴァリオ』が『ニア・ファルハール』と名を改めた上で『ニア・マクガイン』となる、という内容を盛り込む必要がある。
当然、神殿の人達にはニアの正体がばれてしまうわけだが、そこは王族も使う神殿だ、神に誓って守秘義務を背負っている神官しかいない。
正直なところ、ニアコーヴ神殿を使わせてもらう一番の目的は実は情報漏洩対策なわけだが、『危険な領地に向かう俺に出来る限りの御利益を』という大義名分でカモフラージュできるわけだ。
「ということで、ニアコーヴ神殿で式を挙げるにふさわしいドレスを作れる仕立て屋としてこちらをご紹介いただいたわけです」
「なるほど、そういうことでしたら……心して、検討させていただきます」
きりっとした表情になるニア。
いや、そういう顔もとても素敵ではあるんだが……何か、説明の仕方を間違えたような気がする。
後悔しても後の祭り、結婚準備の浮かれた空気など欠片もない真剣さでドレスを選ぶニアを見ることになるのだった。




