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『黒狼』の板挟み

 こうして特権を振りかざして通行許可をもぎ取った俺達は、シルヴァリオ国内の街道を、王都を目指して走り出した。

 それ自体はいいんだが……どうにも街道の空気がよろしくない。


「どうにも殺風景っつーか、治安が悪いっつーか」

「戦争の影響がまだまだ残っていまして……主戦場はもう少し離れたところでしたが、そこから流れて来た者も少なくないようで」

「なるほど、それに関しちゃこちらもあまり大きな顔で物を言えませんが」


 道中、野盗にでも襲われたらしい荷馬車が転がっていたりなどしているのは、食い詰めた元兵士だとかがやらかした可能性もあるという。

 王女一行が使うような大きな街道でこれだ、こちらが把握していた以上にシルヴァリオ国内の情勢はよろしくないのかも知れない。

 こんな環境でトラブルに巻き込まれていたりしたら……そう思った俺達の進行速度が速くなったのは仕方ないところだろう。


 急ぎながらも途中の宿場町でゲイルが連絡要員として置いていった騎士と合流、更に辿って、また拾ってと繰り返す内に、数日でゲイルともある宿場町で合流が出来た。

 ……出来てしまった、というべきか。

 つまり、これだけ進む間に王家の馬車が見つけられなかった、目撃情報もなかった、ということなのだから。


「申し訳ございません、閣下」

「いや、お前が調べて見つからなかったのなら仕方がない。しかし……どういうことなんだこれは」


 殊勝な顔で頭を下げるゲイルを労いながら、俺は首を傾げる。

 他国へ王女が輿入れするという一行だ、それなりの規模で人目に付くはず。

 だというのにここまで目撃情報がないのは、あまりにもおかしい。

 他の街道を使った可能性もなくはないが、この街道以外は全て大回りになるか道が悪いため、使うとは思えない。

 

 となると、残る可能性は……。

 考えていた俺の頭に、ふと閃くものがあった。


「……ゲイル、街の住人達は、王女殿下の輿入れのことを知ってたか?」

「はい? それはもちろん……いえ、お待ちください、そういえば面食らった顔をしていたような……?」

「おいおい、これはまさか、そういうことなのか?」


 道中感じていた違和感。

 輿入れする王女を歓迎しようとする空気はなく、他国へ人質同然に出されることに悲嘆した様子もなく。

 戦争で荒れた生活に疲れた顔で、人々は暮らしていた。

 国境の都市ヴェスティゴに入った時も、王女が来ることを知っていたのなら例えば俺達を見て迎えに来たのかだとか思うだろうに、そんな反応は一切なかった。

 

 そしてもう到着予定日から一週間以上経っている上に、ここは王都から国境までの道中の半ばほど。

 いくらなんでもここにすら辿り着いていないということはありえないし、ろくに話題になっていないのもおかしい。

 そもそも、普通王女が輿入れするならば、その一行をスムーズに通すため様々なお触れが途中の街には出されているはずだ。

 それがない、ということは。


「そもそも出立してすらいないってことか、こりゃ」

「い、いえ、そのようなことは! 王女殿下が出立されたという先触れは来ておりますし!」

「ええ、太守殿もそうおっしゃってましたね。しかし、これは……」


 真っ青な顔で、シルヴァリオの騎士が否定する。

 そりゃまあ、もし本当に王女を出立させていなかったとしたら、条約を守るつもりがなかったってことになるわけで。

 こっちからすりゃ喧嘩売ってんのかってことになるし、そうなりゃ停戦合意は破棄、もう一度剣と槍と弓でお話しましょうってことになりかねない。

 正直俺個人としても避けたい事態だが、国がどう判断するかはまた別問題。やれと言われたらやるのが騎士である。


 ……とはいえ、ここまで道中を共にして、彼らに多少の情が湧いていないわけでもない。


「先触れが来たのであれば、出立はされたのでしょう。

 しかしその知らせは、あなた方騎士階級以上はご存じのようだが平民達には周知されていないように見えます。

 こうなると、王都付近、いや、王都にも足を伸ばして調査する必要性はあるかと思うのですが」

「それは、そう、ですね……わかりました、我らから先触れを出しておきますので」

「お願いします。……両国の友好のためにも、是非」


 悲壮な覚悟で告げる騎士へと、俺も重々しく頷いて返す。

 何しろついこないだまで命のやり取りをしていた連中を王都にまで引き入れる許可を得ようってんだ、どんなお咎めがあるかわかりゃしない。

 仮にこの事態の原因が王家にあったとしても、それとは別の話として処罰するような理不尽なことは、残念ながら往々にしてある。

 それでも、このまま放置して再び戦争が起こり、仲間や民草が苦しむよりもまし、と考えたのだろう。


 当然、俺としてもこれ以上血生臭いことになるのは避けたいところ。

 戦争で大暴れした俺がノコノコと相手国の王都に行って生きて帰ってこれるかはわからんが、ここで調査を打ち切れば戦争まったなしなのだ、覚悟を決めるしかない。


「やってやりましょう、この事態に収拾を付けるために!」


 俺が声を上げれば、両国の騎士達が揃って頷き返してくる。

 ……こんな光景を見ちまったら、絶対にこんな形での戦争再開は避けねばと思ってしまうじゃないか。

 もう一度互いに頷き合った俺達は、それぞれに決意を胸に行動を開始した。


 



 開始したのはいいのだが。

 改めて宿場町で確認しても、領主はともかく平民で王女殿下の輿入れを知る者は一人もいなかった。


「これは、少なくともシルヴァリオ王家は、この輿入れを祝う体裁すら取らなかったという事になるな」

「それに関しては否定のしようもなく……しかし、別れを惜しむための見送りにすらしなかったということになりませんか?」


 集まった証言を元に、俺とゲイルは頭を悩ませた。

 あまりにおかしい。

 普通、王女の輿入れとなれば盛大に祝うか惜しませるかして、国民の感情を動かして次に繋がる一手にするもんだ。

 だというのに、そのどちらもない。何もない。

 まるで、国民には知られないよう送り込もうとしていたかのように。


「……まてよ? 第四王女のソニア殿下のことを、俺はほとんど聞いたことがないんだが……」


 呟いてからシルヴァリオの騎士の一人を見れば、彼は一瞬言葉に詰まり。


「……ソニア殿下は、あまり国民の前にお出にならない方でして……私も、お顔を拝見したことはありません」


 と、申し訳なさそうに返してきた。


「なるほど? 存在感のない王女殿下をこちらに輿入れさせて、国内の動揺を最小限に抑えようってことですかね」


 それはそれで、舐めてんのかって話にはなるんだが……向こうからすれば、一応条約は守っているという形は取っていることになるのだろう。

 やっぱ舐めてんのかってなるわけだが。

 これもう、王女が見つかっても王都まで行く必要あるな、こうなってきたら。

 見つかりました見つかりませんでしただけの話をしたら、それこそガキの使いじゃねぇんだぞって話になるし。

 

「あ~……何か胃が痛くなってきたなこれ」


 思わずぼやきも零れるってもんだが。

 そんな俺を、他の面々がぎょっとしたような顔で見てくる。


「え、今頃、ですか? 私達なんてとっくに胃薬の世話になってますよ?」


 一同を代表して、ゲイルが呆れたように言う。

 煩いな、俺の胃は丈夫なんだよ、殿下に無茶ぶりされるのに慣れてるから。

 なんて不敬なことは口に出来ず、俺は曖昧に笑うだけに留めたのだった。

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[気になる点] × 一「堂」を代表して、ゲイルが呆れたように言う。 ○ 一「同」を代表して、ゲイルが呆れたように言う。
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