訳ありの名物
「へい、おまちどお!」
屋台のおっちゃんが威勢良く言いながら、ホットドッグを差し出してきた。
……長さが俺の知っているものの2倍くらいな奴を。
受け取りながら俺が慌てたのも仕方が無いことだと思う。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、なんだこの長いの?」
「ん? お兄さん知らないのかい? こいつが『王都の休日』スペシャルホットドッグってやつさ!」
「ス、スペシャル? この長いのが、か?」
得意げにおっちゃんが言うのを聞きながら、改めてホットドッグへと目をやる。
受け取ったのが俺だからまだいいが、これがニアだったら持て余しそうな長さ。
少なくとも、彼女一人で食べるには色々と不都合があるだろう。
「……『王都の休日』ってのは、どっちかっていうと女性に人気な小説だったよな? なのにこの長さなのか?」
「何言ってんだいお兄さん。だからこそ、じゃないか!」
「は?」
おっちゃんの言葉に、首を傾げたのも仕方ないところだろう。
どう考えても理屈が合わない。
ただそれは、俺が色々と経験が足りないせいだった。
「女一人じゃ持てない、だから彼氏さんが持って食べさせてやるってわけだ!」
「なるほど。……はぁ!?」
反射的に頷いて、それからすぐに俺は声を上げた。
やべ、また顔が赤くなってきそうだぞおい。
「……もしかしてニア、知ってたんですか……?」
そう言いながら振り返れば……ニアは真っ赤な顔でプルプルと首を横に振っていた。
「ヒ、ヒロインがお姫様だと気付いていた相手役の男性が、毒見だと言って一囓りしたのを、反対からヒロインが食べるシーンはありましたけど、まさかこんなサービスが流行ってるだなんて」
なるほど? 確かにそれは、食べさせてると言えば食べさせているかも知れない。
しかし今、聞き捨てならないことも言ったぞ?
「は? 流行ってる……?」
思わず周囲を見回せば、カップルらしき男女や仲の良い女友達同士で食べさせあいをしている二人組があちこちに居る。
そりゃ女性ファンの多かった小説なら、真似しようとするのも女性になるわな。
しかも、だ。
「ひ、一つのホットドッグを、反対側からも食べてる、だと……?」
いや確かにニアも、『反対からヒロインが食べる』って言ってたけども!
まさかお互い同時に食べるとは思わんだろ普通!
「……あ! これがこんなに長いのは、これ一本で二人分ってことか!?」
「そりゃそうだろ、だからカップル限定って書いてるじゃないか」
「まじだ……まじか!?」
適当に目に付いた屋台で買ったせいで見落としていたが、確かに屋台の看板には「『王都の休日』スペシャルホットドッグ ※カップル限定」と書いてある。
……女友達同士でもいいみたいだから、二人組であればいいんだろう。
いや本当にカップルなのかも知れんが、詮索するもんでもないし。
今問題なのはそこじゃない。
「つまり、これを二人で食べろと」
「いやまあ、お兄さんだったら一人でも食べられるだろうけども?
それで彼女さんが不満に思わないかは知らないよ?」
「かっ、彼女って……」
ニヤニヤしているおっちゃんに言われ、俺は思わず言葉に詰まる。
彼女どころか婚約者なんだから、確かに彼女扱いしても問題はないはずだ、形式上は。
だが実際の心情面は……。
そう思いながらニアを見る。
真っ赤である。
……こ、これは一体、どういう意味で赤くなってるんだ……?
表情からして多分「絶対にNO!」ってわけじゃないと思うんだが、しかし推測だけで行動するのも……。
妻帯者の先輩が言っていたんだ、「ちゃんと言葉で確認しろ」と。
その人は何でもかんでも聞きまくった結果、デリカシーがないと奥さんに怒られていたが。
しかし別の先輩は「言わされるのが負担になることもあるんだ、察するのがスマートなやり方だ」と言っていた。
その人は勝手な思い込みが重なって離婚騒動になっていたが。
だめだ、参考にならねぇ! ってかだめすぎるだろうちの先輩達!
どうしたらいいんだとニアの表情を窺おうとするも、俺と目が合ったら顔を伏せるもんだから、まったくわからん。
と、もだもだしていたら、おっちゃんが豪快に笑い出した。
「お兄さん、見かけによらず初心だねぇ」
うっさいわ、ほっといてくれ。
と口には出さずに目に力を込めておっちゃんに訴える。
「おおこわ。ま、うちはそういう初心なカップルのために、半分にカットするサービスもしてるから、そっちにしときなよ」
「先に言ってくれよ、そういうことは!」
絶対このおっちゃん、俺がこうして慌てふためくのを楽しんでたろ……。
いや、むしろそうやって楽しむためにこのサービスをやってるまであるんじゃないか、これ。
などと内心で思いながらも一旦おっちゃんにホットドッグを返せば、慣れた手付きで半分にカットしてくれた。
といっても、真ん中で真横に、じゃなくて斜めにだったんだが。
「お? 変わった切り方するな?」
「ああ、注文するのは女の子が多いからな、口の小さい子にはこっちの形の方がいいんだよ、ちょっとずつかじれるから」
「あ~……なるほど、最初の一口に苦労するだろうな、確かに」
ホットドッグを真ん中で切ってもらったら、どっちから食べると言えば、切られた方から食べる人が多いんじゃないかと思う。
だが、真ん中ってのは一番厚みがある場所なわけで、俺みたいな口のでかい奴はともかく、女性はかぶりつくのも一苦労じゃなかろうか。
中には、大きく口を開けるのがはしたないって人もいるだろうし。
女性狙い撃ちなサービスやってるだけあって、こういうところの気配りは感心しちまうな。
「で、これなら食べさせあいもしやすいってわけだ」
「おいちょっと待て!? これでもやるのかよ!?」
「むしろこっちならお互いに食べさせやすいだろ?」
「知らねぇよ、やったことねぇから!」
思わず大声で言い返しちまったが、これもしかして、俺の経験の無さを自分で言いふらしてねぇか?
慌てて周囲を見回したら、数人からあからさまに顔を背けられた。
その態度を見れば、お察しである。
ちくしょう、とんだ赤っ恥だ!
「あ、あの、私は気にしませんから、ね?」
と、ニアがフォローを入れてくれるのがありがたくもあり、申し訳無くもあり。
ただ、彼女から経験不足に対して幻滅されなかったことだけは良かった、と言えるかも知れない。
それがせめてもの慰めだった。




