王都の名物。
※作中に出てくる『王都の休日』はタイトルが某映画に似せたものになっていますが、中身は全くの別物とお考えください。
こうしていきなり体力の大半を持って行かれたような気分になりながら、俺とニアのデートは始まった。
……改めてそう思うだけでまた頭に血が上りそうだが、いい加減慣れろ俺。
とはいえ、最初の目的地は決まっているから、多少浮ついてても大丈夫は大丈夫なんだが。
いや、そうもいかんな。
「おっと、大丈夫ですか、ニア」
「あ、はい、大丈夫です、ありがとうございます」
ニアの住んでいる平民地区から大通りに出て、それからドレスを注文する仕立て屋のある貴族街方面へ。
当然王都の大通りとなれば人でごった返して、歩くのもままならない程、までは言わないがスムーズに歩くのは難しい。
で、さっきのはニアと歩く人がぶつかりそうになったから、手を引いて回避させたわけだ。
「今の奴は多分大丈夫でしたけど、中にはスリなんかもいますからね、ぶつからないようにしないと。
まあ俺が気をつけてますから、余程の凄腕じゃない限りは大丈夫だと思いますが」
「あ、そうですね、気をつけないと。……というか、捕まえたことあるんですか?」
「ええ、駆け出しの頃は王都の巡邏をやってたことがありましたからね。
結構な検挙数だったんで、王都のスリ連中からはかなり嫌われてるはずですよ」
なんて思わず手柄自慢をしちまったが、ただの事実でもある。
アルフォンス殿下も信頼する俺の直感だが、戦場でなくこんな街中であっても結構な精度で発揮されてきた。
一度、祭りの日に十数人捕まえたこともあったからなぁ。
流石にあの時は、しばらくスリ連中も鳴りを潜めてたもんだ。
「でも、それだけ有名なら、アーク様の近くにスリ達は寄ってこないのでは?」
「そうですね、と言いたいところなんですが、流石に全員が全員俺の顔を知ってるわけでもないですし。
逆にね、だからこそ俺に一泡吹かせようって奴もいるんですよ」
そう言いながら俺がちらりと視線を向ければ、三十過ぎくらいの男と目が合った。
途端に男は顔を逸らし、そそくさとどこかへ逃げていく。
その顔に見覚えがあるんだが、確か前に捕まえたスリのはず。
まだ生きてたとは、何とも悪運の強い奴だ。
この国でのスリに対する罰は、手に焼き印を押した後に鞭打ちと決まっている。
まずこの鞭打ちがそもそも激痛で、刑罰の途中で痛みのあまりにショック死なんてケースもあった。
ちなみに、俺も対拷問の訓練でどれだけ痛いのかは経験済みである。
で、スリの証である焼き印が手の目立つところに押されてるから、解放された後は大体スリに戻らず何とか別の方法で生き延びようとするもんなんだが……それでも続ける人間がいるんだな、これが。
二度目も同じく焼き印と鞭打ち、三度目はもう更生の余地なしと見なされて死刑となるんだが……あの男はそれを免れているらしい。
あの目つきからしてカタギになってはいないようだし、多分まだ続けているんだろう。
「連中の逆恨みが俺にだけ向けばいいんですが……ニア、念のため外出の時は必ずローラかトムを連れてってくださいね」
「はい、私も前と立場が違いますし、そこは心得ています」
俺が注意すれば、ニアもこくりと頷いて返す。
今の一瞬でニアの顔を覚えたとは思えないが、それでも可能性がある限りは最大限気をつけたい。
ローラもトムも、ニアのためなら喜んでお供するだろうし、あの二人ならスリ連中に後れを取るとは思えんし。
逆恨みから俺に復讐する分には構わんが、周りに手を出すのは許せんからな。
何人か顔を知ってるスリに言い含めておこうかな、今度。
なんてちょっと黒いことを考えながらも歩き続けて、やってきたのは噴水広場。
ここで東西方向と南北方向の大通りが交わっているため、特に人が多い。
で、それを目当てに大道芸人もあちこちにいるから更に人が多くなっている。
「ニア、はぐれないように」
「……はいっ」
だから俺はニアの手をちょっとだけ強く握ってちょっとだけ俺の方へと引っ張ったんだが、返ってきたのはニアの弾むような声と明るい笑顔。
……うん、ちょっとさっきまでサツバツとしたことを考えてた俺の心には中々くるものがあるな?
いやいや、ここで油断するわけにはいかんのだ。
「ここは人が多い上に人目を引く大道芸人が多いんで、それ狙いのスリも多いんですよ」
「な、なるほど……それで先程からあちこちをちらちらと?」
「ええ、睨みを利かせるだけで連中は動きにくくなりますからね。
……言っておきますが、街を歩く女性に目移りしたりなんてことは決してないですからね?」
と、ここまで言ったところで俺は言葉に詰まった。
『王都の休日』に、粗筋しか知らない俺でも知ってる台詞がある。
あれって確か、こういう流れだったような……。
ちらりとニアの方を見れば、何かを待っているような顔をしているし。
多分、やっぱり、そうなんだよな?
……ええい、こうなったら男は度胸!
「もう俺は、あなたしか目に入らないんです」
……うっわ~~!! なんだこの台詞、こっぱずかしい!
よくこんな台詞口にしたな、『王都の休日』の優男! いや、俺も言っちゃったけどさ!
むしろ俺なんぞが口にして良かったのかこの台詞、と思わずには居られなかったんだが。
「なら、ずっと私だけを見て。あなたの瞳を、私に頂戴?」
とか頬を染めながらニアが返してきた。
ってことは、ご満足いただけたんだろう。
なんて冷静に考えていられるのは脳の1%くらいしかなかった。
こんなこっぱずかしいやりとりを、街中で。
顔は真っ赤になるし、だらだらと変な汗が出てくるのが止められない。
何ならこのまま全速力で走って逃げ出したいところだが、まさかニアを置いてそんなことが出来るわけがない。
八方塞がりという奴である。
しかし思考が止まりかけている俺と違ってニアはご機嫌で、なら、思い切った甲斐があったと言えなくもない。
と、思えるようになりたい。今は無理。
「あ、アーク様、あれ見てください」
なんて色々と一杯一杯になっている俺の手をくいっとニアが引き、空いた手で屋台のある方を指し示した。
見れば、軽食や飲み物なんかを売ってる店がいくつもあり、大道芸を見ている人達が見物のお供にと買って行っているようである。
「……もしかして、屋台で買い食い、なんてシーンも『王都の休日』にはあったんですか?」
「ええ、そうなんですよ。ホットドッグというものに憧れがありまして……」
何とか頭を動かして聞けば、はにかむようなニアの笑顔が返ってくる。可愛い。
いやそうじゃなくて。いや、いいのか?
ちなみにホットドッグとは細長いパンに細長い豚の腸詰めを挟んだもの。
第一王子殿下を籠絡した例の男爵令嬢が子供の頃に考え出して流行らせたもので、『王都の休日』にも登場している、らしい。
そういや『王都の休日』には男爵令嬢が流行らせたものがちょこちょこ出てきてたから、一時期あの男爵令嬢が書いたんじゃないかって噂もあったな。
流石にそれはないと思うが。
ちなみに、なんでホットドッグというかは不明だ。
なんでも、当の男爵令嬢も知らなかったらしい。
なんじゃそりゃ、とは思うんだが、まあ今更どうでもいいことか。
で、男爵令嬢が独占してたホットドッグが数年前彼女が辺境送りになったことで一般に解放され、今や街のあちこちで見かけるようになった、わけだ。
そんな経緯だから、美味いとは思うが、食べる度に複雑な気持ちになるんだよな……。
まあいくらニアでも多分そこまでは知らないだろうから、言わないでおこう。
「んじゃ、あの屋台にしましょう。俺が知る限り、ここらで一番美味いとこです」
「そうなんですか? では、そこにしましょう!」
明るく笑うニアに癒やされながら、俺達はその屋台へと向かった。
だが。
俺は、知らなかったんだ。
まさか『王都の休日』で、ヒロインとお相手の優男が、一つのホットドッグをシェアしてただなんて。
だからその後俺は、さっきの台詞と同じかそれ以上に恥ずかしい目にあうことになった。




