デートのお約束。
ということで、その翌々日。
「お、お待たせいたしました……」
「いえ、今来たところですから……」
俺達は互いに照れながら、ニアの家の前でそんなベタなやり取りをしていた。
実はこれ、ニアからのリクエストだったりする。
何でも彼女が読んだ小説によれば、デートと言えば待ち合わせ、待ち合わせと言えばこのやり取り、と書いてあったんだそうな。
……恋愛経験がほとんどない俺でもわかる。それは、フィクションだ、と。
いやそもそも、彼女の家の前を集合場所にするのが待ち合わせと言っていいのかはわからないが……街中の待ち合わせスポットはローラの許可が下りなかったんだから仕方が無い。
こればっかりは俺もローラの判断が正しいと思うし。
で、妥協点として示されたのが、家の前での待ち合わせである。
こんなんでもニアは、雰囲気を味わえたからか満足そうなので、まあこれはこれでよし。
そもそも貴族や王族は、基本的に家の前まで馬車が迎えに来るもんだから、待ち合わせも何もあったもんじゃないしな。
ということで、おわかりだろうか。
俺は、今日ここまで馬車ではなく徒歩で来ている。
それもこれも、平民っぽいデートをしてみたい、というニアのリクエストに応えるためだ。
元は付くが、王女様が平民に扮して街中でデートをするだなんて昔に流行った『王都の休日』っていう恋愛小説みたいだなと思ったもんだが、当然のようにニアも読んだことがあったらしい。
ちなみに俺は読んでなくて、粗筋を知っているだけだ。
だから今日のデートコースは『王都の休日』通りじゃないし、そもそもあれは架空の王都のはずで、存在しないはずの場所も出てくるみたいだから、完全になぞることなんて出来ないんだけどな。
もちろんその辺りは、ニアも理解してくれた。
ということで、後は普通にデートを楽しむだけ、なんだが……。
「ええと、それじゃ……行きましょう、か」
「は、はい、よろしくお願いします」
俺がそう声を掛けて、ニアも頷いてくれたのだが。
ええと。
どうしたもんかな。
最初の一歩が踏み出せず、俺達は固まってしまっていた。
何しろ普段は馬車に乗って移動するから、二人一緒に歩いて移動する、なんてことはほぼない。
あるとすれば城だとか屋敷だとかで連れ添って歩く時だが、そんな時みたいにエスコートしながら歩くだなんてのは、この街中では浮きまくるのが目に見えている。
となると。
ええと、平民のカップルはどうやって歩いてるっけ。
とそこまで考えて、自分で脳裏に浮かばせたカップルという単語によって、俺の内心はパニックに陥りそうになっている。
そうだよな、カップル扱いになるんだよな、これって。
え、どうすりゃいいんだ、ますますわからなくなってきたんだが。
まさか、ニアを置いてそのまま俺一人で歩き出すわけにもいかんし。
ええと、となると、だ。
「あの、ニア。手を、繋ぎませんか」
「えっ、あ、は、はい……」
俺がどもりながら手を差し出せば、ニアも握り返してくる。
うわ、柔らかい。なんだこれ、人間の手か!?
いや間違いなく人間の手なんだが、同じ人間のものとは思えない。
俺の手なんかもっと皮が分厚くてゴツゴツしてるってのに。
あれ、待てよ。
「すみません、俺の手、痛くないですか?」
「え? い、いえ、大丈夫ですよ? むしろガッシリしていて頼もしいと言いますか……」
あ、ヤバイ。天に召されそうになった。
俺の唐突な問いかけに、きょとんとした顔のニア。可愛い。
それから、はにかむように笑いながら返してくるニア。可愛い。
可愛いの波状攻撃で心臓がもたない。ヤバイ。
「なんで家の前でいきなりクライマックスな顔してんですか、マクガイン様」
と危うく天に召されそうになっていた俺へと、ローラが辛辣な声を掛けてきた。
その顔は、予想通り砂糖と生姜の塊をまとめて口にぶち込まれたような顔で。
今更ながら、待ち合わせ場所であるニア達の家の玄関先から一歩も動いていないことを思い出す。
「あれですか、まともなデート経験なくて、ろくにデートスポット知らないからってここで時間稼いで、仕立て屋と食事に行く時間しかなくなった~とかするつもりですか」
「なななななないわけないわぁっ!」
呆れたような、若干挑発するような口調のローラに、俺は条件反射的に答えてしまった。
いや、ここは男の沽券に関わるから否定すべきところじゃないか!
とか思ったんだが。
「……あるんですか?」
と、きょとんとした顔のニアに問われて、俺は動きを止めてしまった。
ど、どうする。
正直に言ってしまえば、ない。
だが、ろくにデートしたことがないだなんて、こう、恥ずかしいじゃないか!
いやしかし、ニアからすれば、俺がデート経験豊富だったりしたら複雑かも知れない。
いやいや、嫉妬とかしてもらえるわけないだろ、いい加減にしろ!
いやいやいや、万が一があるかも知れないじゃないか、むしろ最初から悲しい前提で考えるなよ、それこそ悲しい。
いやいやいやいや、現実見ろよ、俺はそんないい男か?
いやそこはいい男のつもりでいろよ、ニアのために。
ここまで0.5秒。
我ながら必死すぎである。
「……すみません、嘘つきました。ないです」
そう言いながら俺は頭を下げた。
よくよく考えれば、ここで見栄張ったって、どうせデート中に不慣れなとこ見せてバレるに決まってる。
ニアほど聡い子が気付かないわけがない。
だったら今正直に言っちまう方が傷は浅い、はず。浅いといいなぁ。
そんな言い訳がましいことを考えていた俺の目の前で。
ニアが、ほっとしたように笑った。
「そうですか。……ふふ、ごめんなさい、ちょっと安心しちゃいました」
照れの混じる声。
はにかむような表情。
少し赤くなっている頬。
強烈な三連撃を食らって、俺は危うく地面に膝を衝きそうになった。
これは、どういう意味なんだ?
どう捉えたらいいんだ?
ちょ、調子に乗ってしまってもいいんだろうか?
いや、良くない。
落ち着け俺、冷静に、クールにいくんだ。
「なら、安心してもらったところで、行きましょうか」
と、自分に言い聞かせた俺は紳士的な顔を作ってそう言ったのだが。
大事なことを、忘れていた。
「はい、行きましょう」
そう言ってニアが微笑みながら、きゅ、と俺の手を握ってきた。
そう。
手を繋いだままだったのである。
……まじで心臓が止まるかと思ったのだが、そのまま力尽きそうになった俺は、しかしそれでも何とか踏みとどまったのだった。




