表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/84

鬼手の種明かし

 こうして、俺とニアの婚約に横槍を入れてきたバラクーダ伯爵家は、ゲイルという有望な婿候補と出会うことになった。

 流石に出会ったばかりで即婚約、というわけにはいかないし、伯爵家の方で身辺調査もするだろう。

 それで問題なしとなれば、本格的に外堀を埋められていくことになる。

 ということは、もうほぼ囲われることは確定してるわけだ。あいつ程身綺麗な人間もそうはいないし。


「結果としては上手く収まったんじゃないかな」

「俺としては万々歳ですね、正直なところ」


 バラクーダ伯爵との話し合いの終わった翌日、事の顛末を報告しに顔を出した第三王子執務室で、アルフォンス殿下が絵に描いたような王子様スマイルで笑う。

 うん、絵に描いたような。整いすぎて寒気がするくらいの。


「俺だけでなく色んな方面が丸く収まる形になったとも言えますが」


 そう言いながら、俺は何となく指折り数える。

 

 まずエミリア嬢だが、彼女としてもゲイルは満更じゃない、どころかかなりタイプだったようだ。


「実はお前から報告と相談を受けた後、短い時間ながらバラクーダ伯爵家やエミリア嬢のことを調べたんだよ。

 そしたら、どうもエミリア嬢はゴリゴリの騎士タイプよりも知的なタイプの方がお好みらしいとわかってね。

 ただ、知的とは言っても線が細すぎてもだめ、ある程度鍛えていないと、ってことでお眼鏡に適う令息がいなかったらしい」

「なるほど、その点ゲイルならしっかり鍛えられてるのに顔立ちには知性が滲む感じで、丁度バラクーダ嬢の好みに一致した、と」


 そう考えると、昨日のエミリア嬢の反応も納得がいく。

 むくつけき脳筋二人が組んず解れつしてたところに、いきなり好みドンピシャな騎士がやってきたんだ、そりゃギャップで一層好みに見えたことだろう。

 ほっといたらそのギャップの効果も薄れただろうが、能力だとか条件だとかもばっちりだってんだから、エミリア嬢の熱が冷めることはそうそう無いだろう。

 ほんと、狙い通りと言いたくなる展開だったんだが、実はそうじゃなかったらしい。


「もっとも、わかったのが昨日だったから、出たとこ勝負でゲイルに行ってもらったんだけど」

「うわぁぉ、ほんとにギリギリと言うか何と言うか……おかげで助かりましたけど。

 ……うん? だったらゲイルに何も教えてなかったのはどういうことなんです?」

「教えてたら、あいつ絶対ガッチガチになるだろ? こういう類いのことだけはほんとに苦手なんだから」

「ああ、なるほど……」


 苦笑しながら言う殿下に、俺も頷くしか出来ない。

 何しろ酒場でお姉ちゃんに絡まれただけで真っ赤になる奴だからなぁ……変な女に騙される前に良いご縁があってほんとに良かった。


「正直に言えば、ここまで当たるとは思っていなかった。勝算が薄かったとも言わないけど、賭けだったのも間違いない。だから、こんなにポンポンと話が進むとはって感じなんだけど」

「まあ、バラクーダ伯爵的には、あの日で大体見極めたみたいですしねぇ……」


 苦笑を返しながら、昨日のことを思い出す。

 結局あの後、大体回復したところで伯爵がゲイルとの組み手を希望、軽く揉んでいただいて、ゲイルの腕を認めたらしい。

 そうなれば、元々ゲイルに対して良い印象を持っていたエミリア嬢が反対するはずもなく。

 

 後は外堀を埋めるだけだが、伯爵の助力もあるんだからゲイルの男爵昇爵は決定したと言っていいだろう。

 これで伯爵家への婿入りも可能になるし、アルフォンス殿下としてもゲイルの使い勝手が向上する。

 ゲイル自身も、ゴールだと思っていた男爵位が手に入る上に、伯爵家へ婿入りする流れにも乗れそうときた。

 伯爵家としても知勇兼備で清廉な騎士を婿候補として青田買い出来そうとあって、歓迎しているし。


「ゲイルがあのバラクーダ伯爵にも認められる程の男になっていたとは、我ながら部下の育成能力の高さに身震いしてしまうね」

「あ~……まあ、育ってはいますよね、はい」


 自画自賛するアルフォンス殿下に、俺は何とも言えない顔になる。

 何せ殿下の部下育成によって伸ばされた一人が、俺だ。

 やり方はとんでもないスパルタだったが。

 と言っても大量に使い潰して生き残った奴だけを掬い取るようなやり方じゃなく、本人も言ってた通り、各自の限界を見極めた無茶ぶりだったとは思う。多分。


「で、育てた結果、手の者がバラクーダ伯爵の内側に入り込めるようになった、と。流石にこれは予想外だったんじゃないですか?」

「そうだねぇ、しかもこんな理想的な形でなんて、ね。

 元々伯爵にちょっかい出すつもりもなかったんだよね、必要性も感じなかったし」


 アルフォンス殿下曰く、バラクーダ伯爵は理と利のある戦であれば出陣してくれるため、言うことを聞かせるための工作はほとんど必要ない。

 むしろ伯爵家への干渉を察知すれば敵対的になって守りに入ることすらあるため、ちょっかいを出すなど百害あって一利無しとすら言える。

 それが今回、腹心の部下と言っても良いゲイルが婿入りするのだから、アルフォンス殿下としても今後の戦略と策謀に大きなプラスとなるのは間違いない。


「流石にゲイルとエミリア嬢に当主を譲るのは十年後とかになるだろうし、今すぐ全面協力してもらうつもりはないけど……まあそれでも、某国攻略が前倒しに出来そうではあるよね」


 と、とても良い顔で笑うアルフォンス殿下。

 この某国とは、もちろんソニア王女の故国であるシルヴァリオ王国だ。

 随分と舐めた真似をしてくれたこの国は早めに攻略してしまいたいのだが、それはもちろん感情的な意味で……というわけではない。


「どう考えても宝の持ち腐れなんだよね、あの王家にあの港は。

 先代だか先々代が余程優秀だったんだろうけど、当代と次代は活かしきれないようだし」

「まあ、活かせてたら先の戦争も長引いていたでしょうしねぇ」


 しみじみと言う殿下に、俺も同意せざるを得ない。

 シルヴァリオの王都にある港は、近隣数カ国の中でも最大のもので、王家の懐をかなり潤していると聞く。

 流石にその輸送力を内地の戦場に対しては使えなかったにしても、国外から食料だとか軍需物資を輸入してくれば、かなり面倒だったはずなんだが……そういった使い方はしていなかったようだ。

 

「戦時だってのに、平時と変わらない輸入内容ってのはいかがなものかねぇ。

 それも宝飾品だとか嗜好品だとか。もっと他に優先すべきものがあったと思うんだけど」

「戦争が短期間で終わったから発注が間に合わなかったのかも知れないと思って調べてみれば、どうも発注しようとした形跡も無かったですもんね。

 国内の備蓄だけで何とかなると考えたようですが、それが滞ったらどうしようもないですな」


 例の事件でシルヴァリオ側に乗り込んで、色々とこちらの言うことを聞かせた際、あちらさんの帳簿だなんだもこっそり調べてわかったことがそれだ。

 食料だとかを国内だけでどうにか出来ると踏んだのはわかるんだが、金に余裕があるんだから万が一に備えて別ルートでも確保しておくべきじゃないかと思うんだが、それをした形跡がなかった。

 まあ、計画的な侵攻ってわけでもなかったから、そこまで本腰を入れるつもりもなかったのかも知れないが。

 そこから下手を打ちまくって領土割譲までする羽目になってんだから、どうにも救いようがない。


「ま、こちらとしてはそんな下手を打つ相手であれば、遠慮する必要もないわけで」

「だから、奪った領土に俺を行かせるわけですね? 前線基地扱いするつもりですか」


 と、バラクーダ伯爵親子からリークされたネタをぶつけてジト目で見てやったんだが、流石微笑む氷山、良い笑顔のまま微動だにしない。

 それどころか、だ。


「ついでに鉱山開発もするから、機密漏洩をさせないだけの信頼と実績のある人間じゃないと困るっていうのもあるんだけど」

「ついでにでやらせる内容じゃないんですけどねぇ!?」


 楽しげに笑うアルフォンス殿下へと、俺は若干マジトーンで噛みつく。

 奪ったばかりの土地だ、普通の神経してたら、あちらさんだって奪い返そうとするだろうし、そのための諜報活動もするだろう。

 それで『鉱山技師集めて何かやってます』なんて気付かれてみろ、また紛争が……。


「……殿下、まさか向こうが勘付いてまた仕掛けてきたらそれはそれで、とか考えてないですよね?」

「やだなぁアーク、何のための前線基地、何のための一個旅団だと思ってるのさ」

「そんなに子爵領に駐屯させるつもりですか!?」


 聞けば、今回我がマクガイン子爵領となる土地には、王国軍の兵と騎士が総勢五千人とそれを支える輜重隊が配置されることになった。というか、既に二千人は配置されてるらしい。

 子爵領全体の人口は大体三万人くらいになるそうなんだが、その六分の一にあたる数の王国兵が来るのだ、石を投げれば兵士に当たるレベルである。


「……殿下、勿論食料だなんだは国が持ってきてくれるんですよね?」

「当たり前だろ、兄上が差配してくれるんだぞ、抜かりないさ」

「くっ……確かにこないだの戦争でも、飢えた記憶はないですが……」


 第二王子アルトゥル殿下によって、戦時中でも物流が落ち着いて居たのは以前言った通り。

 その物流能力で支えてくれるってんならこれ以上心強いものもない。


 何しろ常備軍として持てる人数の限界は、人口の3%だとか5%だとかって言われている。

 となると、今回子爵領に配置されるのはその何倍にもなる人数なわけだから、維持するのは至難の業。

 ただでさえ割譲されたばっかりで不安定なんだから、どれだけの生産能力を発揮出来るのかも未知数だし。


 その心配をしないで良いってだけで、かなり心理的な負担は減ると言って良いだろう。


「わかりましたよ、そこまでお膳立てされてるんだったら、やってやろうじゃないですか」

「何言ってるのさ、元々拒否権なんか無いよ?」

「わかってるんですけどねぇ!? こう、気持ちの問題っていうか気合の入り方っていうか!」


 思わず声を上げてしまう俺。

 いやほんと、よく不敬罪でしょっぴかれないよな。

 残念ながら、色んな意味でこれが当たり前になってるんだろうな、と思わず遠い目になってしまう俺だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] > 聞けば、今回我がマクガイン子爵領となる土地には、王国軍の兵と騎士が総勢五千人とそれを支える輜重隊が配置されることになった。というか、既に二千人は配置されてるらしい。 > 子爵領全体…
[良い点] ゲイルは好みにガッチリ嵌ってたけど平民出身だから候補に上がらなかったんだろうね 伯爵家の跡継ぎ問題を解決しつつ本人が顔を繋いだお陰でアークのバックアップも可能、流石だなぁ [気になる点] …
[一言] 将来的に最低でも伯爵領…辺境伯にする気満々ですね。状況によってはソニア王女の継承権を復活させて大公領にする青写真も描いてません? ……まぁ、その方が民にとっては幸福かもしれませんが。 この騒…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ