国境都市、ヴェスティゴへ
国境までは馬で数時間、昼前に出た俺達は、日が傾き出す前に隣国の国境都市ヴェスティゴへと到着することが出来た。
この街は国境の要だけあって、日が落ちたら特にブリガンディア側の門を固く閉ざす。
日の短くなってきた秋の中頃の今、後ちょっとでも遅れた場合には、ここらで野宿する羽目になっていただろう。
急ぎ出てきたためにろくな野営道具もない今、いくら体力に自信のある俺達であっても朝晩冷えるようになってきたこの時節で地面にごろ寝は勘弁願いたいところ。
……まあ、辿り着けたからって屋根の下で眠れるかはわからんのだが。
何せ、仕事熱心な門番達が、つい先だってまで戦争していた相手の国から馬に乗った騎士の集団が来たってんで槍を構えているもんだから。
やっぱりこっち側に配置される兵士は練度と士気が高いな、と妙な感心をしたりしながら、俺達は十分に距離を置いたところで馬を停止させた。
「先触れもなく突然の来訪、申し訳無い! 俺はブリガンディア王国のアーク・マクガイン子爵!
火急の用件があって来訪させていただいた、太守殿にお取り次ぎ願いたい!」
大きな声で俺が名乗り、用件を告げれば……あちらは騒然としだす。
やっぱり『黒狼』の二つ名を持つ俺の名は、こっちでは有効らしい。悪い意味で、だろうが。
俺が返答を待つ間に兵士達はあれこれと話し合いをしていて、結論が出たのか隊長らしき男が一人進み出てきた。
「貴殿の言う用件とは、先だってのゲイル殿の件か!」
堂々とした様子で言う様子に、俺は感心する。
なんせこれだけ堂々としているのに、彼の膝は震えているのだ。
恐怖だなんだを押し殺しながら、その上でこっちの用件を状況から類推しただけでなく、わかる人間にはわかる言い回しをしたのは大したもんだと思う。
「その通りだ! 用件を手紙にまとめた故、これを太守殿にお渡し願いたい!」
俺がそう言うのと同時に、部下が一人馬から下りて俺の元に来る。
用意していた手紙を渡せば、彼は剣を鞘ごと腰から抜いて、俺に預けてきた。
さらには両手を挙げて、攻撃の意思はないということを示し、隊長らしき男へと近づいていく。
こんな無防備な真似、本当は俺自身でやりたいんだが……残念ながら俺は責任ある立場だ、迂闊な真似は出来ない。
それに彼とて精鋭の一人だ、信じて託さねばその方が彼には悪い。
命を張る時には張る覚悟が出来ているのだ、彼も。
幸いにしてというか当然というか、そこまでして敵意がないことを示した部下に、あちらの隊長は攻撃などすることなく差し出された手紙を受け取った。
「確かにお預かりした、しばし待たれよ!」
そういうと隊長は部下に手紙を渡し、走らせる。
後はこの街の太守がちゃんと読んでくれるか、だが……恐らく大丈夫だろう。
以前から隣国であるシルヴァリオのことは色々と調べており、当然その中には各国境都市の情報も入っている。
ここヴェスティゴの太守はやや臆病なところはあるものの、状況を見ての判断が出来る人物である、ようだ。
だから王女の件でやってきたゲイル達の入城を許可し、先へ進むことも認めたのだろう。
贅沢を言えば、王女ご一行の到着が遅れてるとわかった時点で使いを出して欲しかったが……まあそこは仕方が無い。
王女が来ていない。何かあったらしい。
そんな状況に置かれて、慌てないでいられる奴はそう多くはないだろう。
だから、たまたまだ、明日には、と思ったりしてたんじゃないか、と推察する。
まあ、その結果より悪い方向に事態が動いているわけだが。
等と考えながら待っていれば、程なくして兵士が一人戻って来た。
どうやら、予想通りの返事を持ってきたようで。
「太守様からの許可が下りた! 我らが先導するので、ついてきていただきたい!」
「了解した、感謝する!」
呼びかけに答え、俺達は指示に従いながら整然と馬を並べて街へと入る。
そしたらまあ、奇異の視線を浴びること浴びること。
戦争直後に敵だった国の騎士が入ってきてんだから、何事かと思うわな。
何か、随分と困惑してる空気を感じるけども。
ともあれ俺達は太守の館へと辿り着き、早速会見と相成った。
「噂に名高きマクガイン卿にここまでご足労いただくことになるとは、誠に申し訳なく……」
「いや、今は不要な社交辞令はなしにいたしましょう。一体どういう状況なのですか?」
「はい、それが……輿入れのため王都を出た、という先触れの連絡は受けていたのですが、当日になっても到着なさらず。
お輿入れの一行となれば人数も多く、ちょっとしたことで予定も狂うだろうと静観しておりましたら、未だお着きになられていないという状況でして、私にも何がなんだかさっぱりなのです」
大体俺の想像通りかよ、おい。
しかし、ちゃんと先触れは出されているとなれば、道中で何かあったとしか思えないんだが。
「太守殿、最近大規模な襲撃があった、などの噂話はありましたか?」
「調べさせましたが、ありませんでした。だから、何かあったとは思えないのですが……」
正確に言えば、『思いたくない』の間違いじゃないかとは思うが。
気持ちはわかるから、今は追及しないでおこう。
「こちらの騎士ゲイルが先行させていただいているようですが、彼からの連絡もないようですね。
となると、私達も彼を追わせていただきたいのですが」
「それは……それは!?」
俺の要求に太守は躊躇したのだが、俺がとある書状を見せれば驚いた顔で食い入るようにそれを凝視。
それから数秒ほどして。彼は、がくんと力無く首を縦に振った。
俺が見せた書状には、俺を外交特使として任命すると書かれている。
国際的な取り決めにより、特使として派遣された人間は戦時中すら通行を妨げられることがほとんど無いし、よほど明白な犯罪行為が無い限り拘束もされない。
何なら、自衛のために限定されるが武力行使すら許される。
これは、その昔に王城内で他国の特使を襲撃させたアホな王族がいたため、らしい。
なんせ使いが派遣先で抵抗出来ずに殺されていたら外交なんて出来ないし、言葉で語れないなら後は剣で語るしかなくなってしまう。
そんな事態は避けたいところがほとんどだから、この取り決めは結構守られているようだ。
で、そんな様々な特権を持つ外交特使に、こんなこともあろうかとアルフォンス殿下は任命してくださってたのだ、俺を。
……時々、あの人が一体どこまで先読みしてんのか怖くなる時がある。
「あ、それから、私達が王都へ向かうことについて街道沿いの街に先触れを出していただけますか。
何せこんな事態です、スムーズに進行して出来るだけ早く王女殿下をお探しした方がいいでしょう?
もちろん、太守殿が迅速な解決に尽力されたと国王陛下には奏上しますし」
「へ、陛下に? それなら……」
と、まだおっかなびっくりではあるが、太守もじわじわ覚悟を決めはじめたようだ。
もしも俺達を通して王女殿下ご一行が見つかれば、彼も解決に貢献したことになる。
更に外交特使である俺が奏上すれば、うちの国もそれを認めたことなり、彼の功績は国際的にも認められるわけだ。
ここで俺達を通さずに追い返し、更に王女殿下達がいつまでも到着しなかった場合。
条約不履行となって戦争再開になるか、賠償金上乗せかという事態を招くことになり、彼も責任を問われるのは免れまい。
ところが逆に、俺を通すだけで彼は最低限やるべきことはやった、という形を作れるわけだ。
まあ、これで俺が暴れでもしたら大問題になるわけだが、当然やるつもりはないので、実際そのリスクはないに等しい。
以上を考えると、彼からすれば俺を通す、なんなら便宜を図った方がいい、という結論になるわけである。
「我らの騎士を同道させてください。それであればご協力させていただきます」
なるほど、確かに俺達だけで行くのはあまりよろしくない。
良からぬ事を考えているなら別だが、当然そんなんじゃないから、むしろ同行してもらった方がメリットが大きいだろう。
「ご協力に感謝します。太守殿の賢明な判断に感謝を」
そう言いながら俺は、太守に対して騎士の礼の姿勢を取ったのだった。