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バラクーダ伯爵迎撃戦

 それでも一応多少は打ち合わせをした頃に、バラクーダ伯爵親娘がやってきた。

 二人揃って黒っぽい服なのは、嫡男が戦死したから喪に服する意味合いがあるのかな。


「いやぁ、急な申し出にご対応いただき、申し訳無い!

 しかも新居に手を入れ始めたばかりだというのに、最初に押しかけたのが私とは!」


 と思ったんだが、この勢い、ちっとも悪びれた様子もない態度。

 ……やっぱ面倒な人だわ、この人。

 内心はどうあれ、嫡男の死を乗り越えて次の手を打とうとしている外向きの顔で、さらっと、俺とニアが婚約したてでまだそんなに準備が進んでいない、今からでも止められるとか臭わせてきてやがった。

 

 玄関エントランスで俺とニア、親父で迎えたその人は、山賊か海賊の親玉かと思う無精髭にざっくばらんな髪は焦げ茶色をした偉丈夫。獅子のたてがみってのはこんな感じなんだろうなと思わせるだけの圧を持っている。

 体格は実に立派で、四十代後半と聞くのに俺と遜色がない程。

 何よりもその足運び、佇まい。

 歴戦の勇者であることを、これ以上なく物語っている。

 

 ……正直に言えば、是非とも一手お手合わせ願いたいと思う。こんなことがなければ。

 アイゼンダルク卿とも良い勝負だろうな~……三人で総当たり戦とかやってみたいな。

 とか現実逃避したくなるくらいに見事な戦士が、そこにいた。

 これで上位貴族である伯爵だってんだから、色々どうかと思う。

 いや、アイゼンダルク卿も伯爵だったな。……多忙であろう伯爵だってのに、いつ鍛えてるんだろう。


 ともかく、伯爵であることは事実なのだから、まずはきちんと対応せねば。


「いえいえ、むしろ光栄ですよ、バラクーダ伯爵様。閣下の武名は若輩で物を知らぬ私も聞き及ぶところですから」

「はっはっは、こちらこそ貴殿の武名は聞き及ぶところ! 名高き『黒狼』殿とこうして縁が出来たのは実に喜ばしい!」

「過分なお言葉、痛み入ります。まあ、どんなご縁になるかはわかりませんが……」


 ああもう、返事一つにも気を遣うじゃねぇか!

 向こうはこっちと縁続きになったと言わんばかり、こっちはそんな気はないってのに。

 おまけに、一応否定もしきれないような言い回ししてきやがって……これだから腹の探り合いが絶えない上位貴族の世界に顔出してる武闘派は!

 しかし、こっちはこっちでその世界の頂点近くにいる腹黒氷山に毎日鍛えられてるんだ、簡単には言いくるめられねぇぞ?


 ……あれ、なんだか背筋が寒くなったんだが、気のせい、だよな?


 軽く肩を動かして寒気を追い払った俺は、誤魔化すように小さく咳払いをしてからバラクーダ伯爵に向き直る。


「それから、こちらが私の婚約者となってくれました、ニア・ファルハール嬢です」

「ほうほう、こちらが」


 俺の紹介が終わるかどうかくらいのタイミングで割って入るバラクーダ伯爵。

 くっそ、あくまでも自分の制御下におくつもりだな、この人。

 だが、そこはニアも負けていない。

 恐らく伯爵が自身の娘、バラクーダ伯爵令嬢を紹介しようとしたのだろう、息を吸った一瞬に合わせて前に進み出る。


 あるいは、ニアがその身に纏った濃紺色という地味な色合いの、それでいて深みと品のあるドレスに驚いたのかも知れないが。

 いずれにせよ、文字通り呼吸を奪われた、タイミングを崩された伯爵が言葉を失った数秒でニアが披露したのは、完璧なカーテシー。

 遠目にしか見たことのない王女や公爵令嬢のそれと比べても遜色のない、あるいは凌駕しているそれに、流石のバラクーダ伯爵も態勢を立て直すことが出来ない。

 そして、支配した数秒をしっかりと使って自身の存在感を見せつけた後、ニアはこれ以上ない淑女の微笑みを見せた。


「ご紹介に預かりました、ニア・ファルハールでございます。

 我が国にも勇名轟くバラクーダ伯爵様のお目にかかることが出来まして、これ以上なき光栄と存じます」


 強すぎず、聞き取れない程弱くもない、適切な声量。

 冷たくはなく、緩すぎもしない、程よく柔らかな声音。

 文句の付けようも無い、そして、取り付く島も無い調子でニアが挨拶をすれば、バラクーダ伯爵は今度こそ言葉に詰まる。

 タイミングを崩されたのではなく、ぐうの音も出ない見事な淑女ぶりに、言葉を奪われたのだ。

 

 当然、本人からしたら相当な屈辱だったろうに……それでも、言葉を奪われていたのはほんの数秒でもあった。


「いやいやこれはこれは、ご丁寧な挨拶、痛み入る! なるほど、これは素晴らしいお嬢さんだ!」


 すぐに立て直し、ニアのことを褒める余裕さえ見せるバラクーダ伯爵。

 内心では焦ったりだとか色々あるだろうに、それが全く見えていない。……つくづく、面倒くさい。

 しかも面倒くさいのは彼だけじゃないのが、更に面倒くさい。


「しかし、当家の娘も決して負けてはおりませんぞ。

 エミリア、挨拶をしなさい」

「はい、お父様」


 促されて進み出てきたのは、まるでバラクーダ伯爵に似ていないたおやかな令嬢。

 いや、そのエメラルドのように輝く翠の瞳が放つ目力の強さは、親子だなと思わせるものがあるが。

 緩やかに波打つ金の髪は腰まで届き、その毛先に至るまできっちりと手入れをされている。


「お初にお目にかかります、バラクーダ伯爵が息女、エミリアでございます。

 マクガイン子爵様、そしてニア・ファルハール様におかれましては、ご機嫌麗しゅう」


 そして、見た目だけの令嬢でないことも、すぐに見せられた。

 バラクーダ伯爵令嬢であるエミリア嬢が見せたのは、これまた恐ろしく整ったカーテシー。

 公爵令嬢にも引けを取らぬであろう端整なそれは、見事の一言。

 これは、引かないのも納得は出来る。

 ただ……なんだろな、それでも俺の心は動かない。

 間違いなく美人さんなんだが。


「これは丁寧なご挨拶、痛み入ります。お会いできて光栄です。

 さ、ここで立ち話も何ですし、まずはこちらへ」


 と、挨拶を受けた俺が何でも無いように応接室へ案内しようとすれば、伯爵は全く顔が動かなかったのだが、エミリア嬢は一瞬だけ驚いたような顔になりかけた。

 まあな、彼女からすれば、自分の挨拶や美貌に心動かない男なんて滅多に見たことがなかっただろうし。

 彼女が引き合わされるのは大体伯爵令息だとか子爵令息だとかのはず。

 そして、そんな彼らからすれば、公爵令嬢にも匹敵しそうなお嬢様との出会いなんてほぼないだろうし、インパクトも大きいはず。

 多分俺も、ニアと会う前だったら揺らいでいたかも知れない。

 まあ、今となっては意味の無い仮定なんだがな!


 まずはあちらの思惑を外すことが出来た序盤戦、しかしまだまだ諦めた様子はない。

 などと思いながら応接室に通して、テーブルを挟んだ向こうにバラクーダ伯爵とエミリア嬢、反対側には俺とニア、親父は双方の間というか側面に座る形。

 ……板挟みになってますって顔になってるが、ここは我慢してもらうしかないだろう。

 こうなった原因の一つは、俺と連絡を取らずに進めてしまったってこともあるんだから。


「……ほう。これは、中々のお茶ですな」


 全員が席に着いたところでローラが出した紅茶を口にすれば、先に口をつけたバラクーダ伯爵が素直な賛辞を述べた。

 流石ローラと思いながら俺も口を付けたんだが、確かに美味い。っていうか、こんなの飲んだことないぞ、おい。

 この茶葉どこから手に入れてきやがった、って気持ちを込めてローラを見るが、やはり『それ、秘密です』という微笑みが返って来るばかり。

 まさかこいつ、自腹で高級茶葉買って来たんじゃないだろうな? うちにこんな高級なのなかったはずだぞ。

 ……ローラだったら、そんなもんでも手に入れてこれるツテがありそうだから困る……ほんと、敵に回したくないぞ、こいつ。


「お褒めに預かり恐縮です。こちらのローラはニアが連れてきた侍女ですが、実に優秀でして」


 と俺が紹介すれば、ローラもまたしずしずと頭を下げる。

 男爵令嬢出身だけあってかその仕草もまた神経の行き届いたもので、これは伯爵家の侍女にだって負けていないはず。

 実際、バラクーダ伯爵もエミリア嬢も、何も文句を付けてこれないでいる。


 ただし、ローラには、だった。


「確かに、そちらの侍女の技量は見事なものです。

 しかし、ニア・ファルハール様はいかがでしょうか」

「ほう。それはまた、ご挨拶ですね。何故そう思われました?」


 エミリア嬢の挑発とも言えるいきなりな言葉に、俺は不機嫌さを滲ませながら言う。

 この程度であれば、一応伯爵家に対しても失礼じゃ無いはず。先に失礼なことを言ってきたのはあちらだし。


「確かに子爵となられたマクガイン様の奥方となるのであれば、礼儀作法は必須でございましょう。

 しかし、それよりも必要なものがあるかと存じます」

「必要なもの、ですか。それは一体?」

「知れたこと、新たに子爵となられたマクガイン様をお支えできるだけの人脈、そして知識教養でございます」


 どこか得意げな顔で言うエミリア嬢。

 確かにそれは必要なものではある。特に、どこに領地をもらうかわからない今、人脈はあればあるだけいい、んだが。


「ご心配ありがとうございます。ただ、人脈に関してはアルフォンス殿下が気をかけてくださるとのことで」


 俺がそう返せば、エミリア嬢も伯爵もすぐには返せない。

 何せ第三王子殿下だ、アルフォンス殿下の人脈はとんでもないし、殿下が声を掛けてくれれば何かと便宜を図ってくれる家は多いだろう。

 もちろん、伯爵家が地道に築き上げてきた人脈に比べれば、こっちは与えられるだけなんだし、弱いものなんだろうが。

 それでも、即座に否定出来る程弱くも無い。


 だから、エミリア嬢はもう一つのとっかかりから切り込んできた。


「なるほど、それは確かに心強いでしょう。しかし、知識教養はいかがでしょう。

 そちらのファルハール様は、外国出身と伺っておりますが……例えば、賜った子爵領の食料自給が悪かった場合に、どこから輸入すべきか、ですとか……」

「確かにそれは懸念事項として挙げられますね。輸入する先として考えられますのが……」


 と、エミリア嬢の言葉に続いてニアが告げたのは、我が国に所属する穀物生産の多い貴族。それも一つ二つでなく、十に及ぶ程。

 おまけに東西南北偏り無く、どこに配置されても輸入の話を持ちかけることが出来そうだと考えられるだけ挙げてきて、これにはエミリア嬢もバラクーダ伯爵も、更には親父も俺もびっくりである。


「しかし、当然問題もございまして……例えば東方に領地を頂いた場合に考えられる問題点は、おわかりでしょうか?」

「くっ、それは、街道の整備状況と道中の治安状況ですわねっ! 途中の大都市が太守の交代によって関税なども上がっており……」


 逆にニアが問い返せば、エミリア嬢もまたすぐに答えを返す。

 なんだこれは、と思う間にまたエミリア嬢が出題し、ニアが回答したと思えば出題し返し……。

 呆気に取られてる俺達男性陣の目の前で、二人のクイズ合戦、知識によるマウントの取り合いが始まったのだった。

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[一言] 更新ありがとうございます。 なんか既視感があると思ったらゲーム三國志の論戦だ! 高級紅茶の代金はこの状況を招いたお父さんに払わせましょう。
[一言] きっとどちらも腹黒さん。 続きが実に楽しみです。
[一言] カット進行中の社会戦ってこんな感じなのかな?
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