準備は万端、親父は感嘆
「同席させてくれって、しかし……」
言われて、考える。
バラクーダ伯爵がソニア王女の顔を知っているとは思えないから、身バレの心配はない。
ソニア王女のことだから、うっかり身バレするようなことを言ったりもしないだろう。
後は……。
「お話を伺うに、まずないでしょうけれど……万が一バラクーダ伯爵様が実力行使に出ても、マクガイン卿がいらっしゃるなら大丈夫ですよね?」
「それはもちろん!」
頭にその懸念事項が浮かんだ瞬間に言われ、俺は即答した。
いやだって、そんなこと言われたらこう答えるに決まってるじゃないか?
ソニア王女もそれを見越しての、振りだったのかも知れないが……それはそれで、手の平の上で転がされてる感が、これはこれで。
とか新しい扉を開きかけていたのに気がついて、待て待てと踏みとどまる。
そんな扉、開くだけならまだいいが、バレたらドン引きもの。
そして、バレない自信は無い。ソニア王女に見抜かれないとは到底思えない。
だから、開かない方が良いのだ。
「それに、私が同席することでこのお話が一気に片付く可能性は高くなるかと」
「それは、確かにそうなんですよね~……」
ソニア王女が言えば、俺はこくりと頷いて返さざるを得ない。
まず単純に、本当に婚約者がいるのか、断るために言っているだけじゃないかという疑念を払拭出来る。
また、納得出来ない、どちらがふさわしいか見定めてやる、とか言い出した場合に日を改める必要もない。
「あ、その際は、是非ともバラクーダ伯爵家のご令嬢もご同席いただければ」
「そ、そうですね、その方が話が早いですよね……」
なんだろう、とってもいい笑顔なのに圧が半端ない。
しかし大胆というか、強気というか。
言ってしまえば、同席してその場で見比べられても負けない、見劣りしない自信があるということで。
いや、実際ソニア王女が負ける相手なんて居るのかってレベルなんだけどな、確かに。
相手になるとしても、王妃教育を受けた公爵令嬢とか王女だとかになるんじゃなかろうか。
少なくとも、伯爵令嬢レベルだったら勝負にもならないはずだ。
……いや、俺の贔屓目が入ってるのはあるんだろうけども。
あれ、いや待てよ?
「……あ。そもそも俺基準で見比べるなら、間違いなくソニア様が勝つじゃないですか」
「えっ」
今更なことを俺が口にすれば、ソニア王女が珍しく驚いたような声を上げた。
見れば、実際驚いたのか目を見開いていて。
珍しいなと思って見つめていれば、じわじわと彼女の顔が赤くなってくる。
「あ、すみませんいきなり変なことを言って。気持ち悪いですよね、俺がこんな柄にも無いこと言ったら」
「い、いえ、そんなことは、ない、ですよ……?」
慌てて俺が謝れば、そう言ってくれながらもソニア王女は両手を胸の前で組んで目を逸らした。
うわ~、やっちまったよ。こういうのは、もっと似合うイケメンが言わないきゃだめだろ。
ともかく、このおかしくなった空気を何とかしないと。
「まあその、どんなご令嬢が来ようとも、俺が選ぶのはソニア様ですから、同席していただいても問題はないなと」
「は、はい、その、ありがとう、ございます……」
あ、あれ、おかしいな、あんまり空気が変わらないぞ?
他の話、他の話……。
「あ、それはそうと、確かバラクーダ伯爵は相当な強面のはずなんですが、それは大丈夫でしょうか?」
一回遠くから見たことがあるんだが、山賊か海賊の親玉かって風貌だった気がする。
お前のような伯爵が居るか! と言いたくもなるが、居るんだから仕方が無い。
なんでそんな人と面倒ごとになってるかなぁ、ほんと今更だけど。
で、そんな心配をする俺に、ソニア王女は立ち直ったのかさっきまでの笑顔を見せてきた。
「恐らく大丈夫かと。山賊の親玉みたいな方とお話したこともございますし」
……俺、心の中読まれたりしてないよな?
いや、読まれてたらもっとドン引きした顔になってるはずだから、きっと大丈夫なはず。多分。
まあしかし、彼女が大丈夫というなら大丈夫なんだろう。この人は、出来ないことは出来ないと言うタイプの人だ。
なら、俺からもう言うことはない、と一つ頷いて見せる。
「わかりました、では当日は同席をお願いします」
「はい、ありがとうございます。無事伯爵様を説得できるよう……頑張りましょう、ね?」
頷き返してきたソニア王女が、『ね?』と言いながら小首を傾げて見せる。
……危うく心臓が止まるところだった。
「は、はいっ、頑張りましょうっ!」
心臓は止まらなかったが、動揺も止められなかった。
上擦る声に情けない気持ちになりながらも、それを上回る幸福感で俺は有頂天になってしまうのだった。
そして、当日。
「はじめまして、マクガイン男爵様。ニア・ファルハールと申します。ご挨拶が遅くなってしまいまして、誠に申し訳ございません」
「は、はい、はじめまして……」
バラクーダ伯爵と会うより先に、打ち合わせも兼ねてソニア王女と親父を引き合わせたわけだが。
丁寧に挨拶の言葉を述べるソニア王女……ニア、に対して、親父はろくな返事が出来ずぽかんと彼女の顔を見るばかり。
そのまま沈黙が落ちること数秒。
流石に見かねて、俺は親父の肩を揺らした。
「お~い、親父、どうした。ニアも反応に困ってるじゃないか」
「うおう!? す、すまん……っていうかアーク! お前、どういうことだこれは!
女っ気が欠片もなかったお前が、こんな素敵なお嬢さんをどこで見つけてきたんだ!?」
「いやなんで文句付けられてんだよ俺」
感情を持っていく場所に困ったのか、俺に食って掛かる親父。
何でこっちにと思わなくもないが、そりゃニアの方には持っていけんわな。
いいんだけどな、素敵とか言われて照れてるニアを見られて俺としては眼福だし。
「ほんと偶然なんだよ、王都で困ってたところを俺が助けてっていう」
「ええ、あの時は本当に困り切っていたのですけれど、その、アーク様に声をかけていただいて本当に助かりまして」
……俺の名前を呼ぶ時に一瞬恥ずかしそうに溜めてしまうのが可愛いと思うのは俺だけか?
俺もまだ慣れてはないが、ソニア王女……ニアもまた、俺のことは普段マクガインの方で呼んでるから、慣れていないのは仕方ない。
それがまた堪らない、とか思っては居るが顔には出さない。出したら色んな意味で不審だからな。
頑張れ俺の演技力。
「は~……そんな偶然の出会いから、なぁ……アークお前、一生分の運を使い果たしたんじゃないか?」
「正直、そんな気はしてる」
「あの、お二人とも言い過ぎかと思います……」
親父と二人してそんなことを言えば、恥ずかしそうにニアが止めてくる。
こんな顔が見られるならもっと、と思わなくもないが、流石にそれは可哀想だ。
それに、現実的な問題もあるし。
「おっといけない、もう少ししたら伯爵達もいらっしゃるだろうし、打ち合わせをしとかないと」
と話題を変えれば、ニアはほっとした顔になる。
意識をそっちに持って行かれそうになるが、俺は必死こいて意識を引っぺがした。
何せ今日は、この最低限の体裁だけ整えた新居、マクガイン子爵邸にバラクーダ伯爵親娘をお招きしているんだから、どうしたって気を遣う。
ちなみに、内装やおもてなしの準備はローラとトムが頑張ってくれた。
特にローラ、お茶の準備とかは流石王女の侍女をやってただけのことはある。
だがな。内装業者をどっから手配したお前は。なんでそんなツテがあるんだ。
聞いてはみたが、「それ、秘密です」と笑顔でかわされてしまった。
ほんと底が知れないなこいつは……。
おかげで、伯爵家をお迎えしても何とか失礼でない程度に整えることは出来たが。
基本的には爵位が下の俺達が伯爵のところに伺うのがマナーというか礼儀というかなんだが、今回は伯爵が俺に対して婚姻の話を申し込んでいるという形式なので、あちらからやってくる形になっている。
これが男爵家に対してだったら、それでも男爵家の人間が伺うことになるんだが。
また、今回はバラクーダ伯爵の方から、こっちに来ることを希望したんだよな。
これがまた面倒な話で、婚姻の申し込みに断りを入れるなら、子爵家であるこっちが訪問するのが礼儀に則った形になるんだが、伯爵はそれを嫌ったわけだ。
つまり、断りを受けるのではなく、あくまでも話し合いの場を設けた形にしたい、と。
……もうこの段階でかなり俺はゲンナリしてる。
面倒くさい。この段取りが、ではなく、相手の伯爵が。
全然諦めてないし、何より、こんだけ気を回せるってことは絶対脳筋じゃない。
ってことは、説得するにも一筋縄じゃいかないだろう。
ただでさえ身分が上の相手がこうなんだ、面倒にも程がある。
だから、しっかりと打ち合わせをしておきたかったんだが。
「もういいんじゃないか? ニアさんなら大丈夫だろう」
「いやだめだろ、大丈夫は大丈夫だと思うが、それでも打ち合わせなしはだめだろ」
すっかり骨抜きになってしまった親父に、俺は溜息を吐きながら突っ込みを入れたのだった。




