順風満帆、と思いきや。
こうして、表向きは運命の出会い的な演出をしながらの政略結婚が決まった。
我ながらこれはどういう因果なのかと言いたくもなるが、運命なのだから仕方が無い。
多分一番言いたいのはアルフォンス殿下だろうが、その殿下が後ろ楯として付いてくれたのだ、これで怖いものは何も無い。
ついでに、新居選びもさくっと決まった。
色々と物件を見て行った末に選ばれたのは、とある男爵家が手放した家。
男爵家の邸宅としては大きめ、子爵家の屋敷としては小さめ。そして、タウンハウスと考えるならば丁度良い、というサイズ。
そんな程よいサイズの家が売りに出されていたのは……主であった男爵が、先の戦争で重傷を負ったため、田舎に帰ることになったからだ。
そう、こないだ俺が気にしていた、安いけど曰く付きの物件という奴である。
もちろんそのことはソニア王女にはしっかりと説明したのだが。
「そういうことであれば、むしろ是非入居させていただきたいくらいです。
勇敢に戦われた方が、私達に住処を預けて心安らかに故郷で身体を癒やすことが出来るのでしたら、多少縁起が悪かろうと気になりませんよ」
とか言われて、俺はまた泣きそうになった。
彼女が地方に視察に行ったりしていた話は聞いていたから、現場の人間に対して理解があるというのもあるのだろう。
けれど、根本的には彼女の善性から来た発言としか思えない。
まあ、それだけでもなく。
「それに、遠からず領地を賜ってそちらに行くのですから、あまりタウンハウスにお金を使っても。
……お話から伺えるアルフォンス殿下の性格から考えるに、現地から離れる暇がないような領地を与えられる可能性が高いと思いますし」
と、とても現実的なお言葉を頂いたわけだが。
「あ、それは確かに。むしろ間違いないですね」
思わず、真顔で頷いてしまった。
ほんとこの人、洞察力高いな……いや、俺が愚痴るように言ったんだから、察するものはあったんだろうけども。
正直なところ、与えられる領地に関しては考えないようにしている。
考えようとすると、背筋に冷たいものが走るからだ。
つまり、ヤバイ。
めっちゃヤバイ領地が与えられる予感しかしない。
こういう時、俺の勘はよく当たるんだ……ほとんど100%な勢いで。
だったらもう、実際に与えられた時に考えたってあまり結果は変わらないんじゃないかと開き直って、考えないようにしてるわけだ。
逃げと言われたら逃げだが、人生たまには逃げることだって必要なんだ。きっと。
で、更に、だ。
「何より、マクガイン卿であれば多少の縁起の悪さなんて撥ね除けてしまうでしょう?」
とか言われたらだ。
それも、微塵も疑ってない笑顔で言われたら、だ。
引くなんて選択肢はなくなるのが男って生き物じゃないか?
「そんじゃ、即金で!」
「え、あ、はい!?」
俺がきっぱりと言い切れば、物件を案内してくれた不動産屋の職員はびっくりしてたが。
いや、貯蓄はかなり貯まってたんだよ。アルフォンス殿下、こき使った分はちゃんと出してくれるから。
ただ、それを使う暇がなかっただけで。
……いやまて、だからって、そして格安物件だからって屋敷一軒さくっと買えるのは色々おかしいな……?
若干ローラやトムも引いてたし。
ま、まあ、買えたのだからよしとしよう。
と、こんな経緯で新居も決まり、俺は長らく住み込んでいた騎士団の独身寮を退去することになった。
……新居。
良い響きだ……。
もちろん退去するにあたって各方面に表向きの説明はしたし、その結果盛大にやっかみは食らった。
まあ、俺の奢りで全員巻き込んで酒盛りして酔い潰してやったら、それも無くなったが。
現場の騎士なんて連中は、大体こんなもんだ。
例外的にゲイルなんかはきちんと祝福の言葉をくれたが。
あいつは義理堅いから、抜擢した俺に対して今でも恩を感じてくれているらしい。
……また今度あいつを引き立てる機会があったらそうしよう、とか思う俺は単純だなとも思うけども。
多少の計算はあるかも知れんが、あいつはちゃんと仕事で結果も出すし、ちょっと利用されるくらいはいいんじゃないかな。
とか、色々ありつつも全体としては清々しい気持ちで退寮しようとしていたある日の休日。
俺に、思わぬ……そして、考えて見ればある意味当然な来客があった。
「結婚とはどういうことだアーク!!!」
と怒鳴り込んできたのは、俺の親父だった。
考えてみれば当たり前だが、今まで浮いた話の一つもなかった上に縁談を断りまくっていた息子がいきなり結婚とか言い出したんだ、慌てもするだろう。
しかも大体事後に連絡というか通達してる形だし。
「どういうことも何も、結婚するってだけじゃないか。何も問題ないだろ?」
「大ありだ、馬鹿もの!!」
親父の大声が、騎士団寮の応接室に響く。
もうちょっと落ち着いてしゃべれんもんかね、まったく。いや、元凶は俺なんだけども。
「何が問題なんだ、親父だって俺が結婚せずにフラフラしてたの心配してただろ」
「だからだ! お前のために縁談を纏めようとしていたところにいきなりだぞ!?」
あ、なるほど。
今まで俺は、貴族令嬢から見たら大して美味しい婚姻相手じゃなかったから、ほとんど声が掛かってなかったわけだが。
「あれか、戦が終わった後に、縁談がいくつか来たとかか?」
「いくつかどころじゃないわ! お前、自分がどんな立場かわかってないだろ!?」
言われて、考える。
一介の騎士爵から自力で子爵位まで来た弱冠二十五歳の独身男性。
おまけに傍から見ればアルフォンス殿下からの信頼厚く、様々な仕事を任され、それらをやってのけていて実績も十分。
なるほど、有望株と言われればそうだろう。特に下級貴族とか落ち目の伯爵家とかから見れば。
しかし、そう考えると、だ。
「親父、そっちこそ立場をわかってないんじゃないか? それともこう言った方がわかりやすいか? マクガイン男爵って」
「ぐっ……そ、それは……」
俺の言葉に、一気に親父は勢いを失った。
そう、俺は男爵家の三男坊。
家督を継ぐ可能性が低かったから自力で騎士として身を立て、結果、親父や兄貴達を爵位の上では追い抜いてしまった。
だからって兄貴達相手に偉ぶるつもりはないんだけどな、二人とも文官としてしっかり働いてるみたいだし。
俺のような武官は、文官が物資だ何だを用意してくれなきゃすぐに飢え死にする生き物だってのはよくわかってるからな。
それに、俺がこんな出世の仕方をしているのはアルフォンス殿下にこき使われているからで、かつ、偶々俺が生き残ることが出来たからってだけの話。
俺が誇れるとしたら、生き残る努力をしたってことくらいのもんだろう。
で、そんな状況なわけだから。
「爵位の上下は置いとくとしてもだ、俺は子爵位を賜って独立してるわけだから、縁談を親父に持ち込むのは筋が通らないだろ?
持ち込みたいなら俺に直接来るべきだろうに」
「そりゃそうだが、お前が一つ所に落ち着いてないから、先方も連絡の取りようがなかったんだろうが!」
なるほど、そりゃそうか。
確かにずっと戦地にいたし、戦争が終わったと思えば国境都市に出向いてからの一連の騒動だ、連絡なんてしようがないのはわかる。
わかるんだが。
「ってことは連絡取るツテのない、俺が子爵位を賜ってから初めて連絡取ろうとした家ばっかってことじゃないか。
それまで歯牙にもかけてなかったのに、流石に調子が良すぎないかねぇ」
「うぐっ……そ、それは……いやっ、お前が社交の場にろくに出てないからだろうが!」
「まあ、それは否定しないが。そうなると、どこかで俺を見そめたわけでもないってことで政略100%、しかもそれを取り繕う気もない相手ばっかってことじゃね?
流石に、そういう相手と信頼関係築ける自信ないぞ、俺」
「ぐぬぬ……」
俺が反論すれば、親父は完全に言葉に詰まった。
正直に言って、貴族家出身である以上政略結婚になるのも仕方ないとは思いつつも、金と権力だけで見られる視線が苦手だから逃げていたところはある。
っていうか、そこから多少は自由になれるんじゃないかと思って騎士の道に進んだところはあるし。
これで、こっちの価値観に多少は歩み寄りを見せてくれるご令嬢であれば、多少は考えたんだが……幸か不幸か、そういう人に会った試しがないんだよな、これが。
今となれば、それは幸いだったんだが。おかげで運命の人に出会えたわけだし。
だとか思ってることを、不機嫌そうな顔を作って隠しつつ。
「こう言っちゃなんだが、親父も俺を利用するって色気を出しちまったとこがあるだろ?
育ててもらった恩があるから、それを全部否定するつもりもないが。
流石に状況が違うんだ、せめて話を進める前に俺にも相談すべきだったろ」
「そうは言うがなぁ……伯爵家からの申し出とか、儂にはどうしようもないだろうが……」
「は? 伯爵家? なんでまたそんなとこが……いや、そうか、子爵家にだったらなくはないか」
言いかけて、俺は思い直す。
それこそ、さっき俺が内心で考えたことだ。
今の俺にだったら、新興で勢いがあるように見えなくも無い子爵家に対してであれば、伯爵家からだって声がかかってもおかしくはない。
ただし、子爵家に、であれば。
「その話を、俺に直接じゃ無くて男爵である親父に持ってきたってことは……あれか、援助か何か言われたのか」
「正直に言えば、それはある。だが、それ以上に良い話だと思った方が大きいのは確かだ。これは、お前の親として断言する」
「……親父がそこまで言うなら、信じるけどさ」
俺を真っ直ぐに見てくる目力の強さは、見覚えがある。
そう、誰あろう、俺だ。
こういう時に、間違いなく親父の息子であることを自覚させられるのは複雑なんだが……まあ、話がややこしくならないのなら、それはそれでありか。
親父が俺のことを考えて縁談を進めようとしたことは間違いないんだろう。勇み足だったが。
「まあでも、この婚姻に関してはアルフォンス殿下の後押しもいただいてるんだ、どうしようもないぞ?」
「は? なんでそんな大事に!? ……あ」
そこまで言って気付いたのか、親父が口を噤んだ。
うん、やっと裏があることに気付いたらしい。いや、俺も何も言ってなかったんだから、仕方ないんだが。
「そういうことだ。あ、勘違いするなよ、無理矢理とかじゃないからな。
政略面と心情面が上手く噛み合った結果だから」
「そ、それならいいんだが……いや、やっぱり良くないな。
あちらもかなり乗り気だし、まだ婚約の段階なら強硬手段を執るかも知れん」
嫌なこと言うな。確かにまだ俺とソニア王女は正式な婚姻は結んでないし。
親の承諾を得るため問い合わせ中、という体で例の学者先生に連絡、口裏を合わせてる最中なんだ。
だから二ヶ月から三ヶ月ほど時間をおく必要があったんだが……それが少々裏目に出たらしい。
「なんでだよ、なんでそこまで必死なんだ、向こうは」
そこまで言いながら、俺の頭の中で一つの仮説が浮かんでいた。
あそこの家なら、ありえなくはない、と。
そして、残念ながらそれは正解だった。
「申し込んできた先は、バラクーダ伯爵家だ。そう言えばわかるだろ?」
言われて、俺は頷くしかなかった。
バラクーダ伯爵家は、武家の名門。
そして、先の戦争で嫡男を失った家の一つだった。




