さあ、物語を始めよう
※終わり際に、アーク視点でなく第三者視点での場面が入ります。
こうして王城をダッシュで辞去した俺は、そのままの勢いでソニア王女達の住む家へとやってきた。
そんでもってアルフォンス殿下との打ち合わせ内容を説明したわけだが。
「なるほど……僭越ながらそれなりに知識もございますし、学者の娘の振りも出来るかと思います」
ソニア王女は、あっさりと受け入れた。まあ、予想はしていたけれど。
彼女のことだ、どこぞの子爵家に養子として入ることのリスクだとかは既に考えていたことだろう。
それに比べたら窮屈さがまるでなく、知識を披露する場面があるかも知れない程度である学者の娘という立場は、色々な意味で都合がいいはずだ。
「留学生としての身分証明はアルフォンス殿下が手を回してくださるそうなので、ご心配なく。
これをどうにか出来るのは第二王子のアルトゥル殿下くらいのものですし、両殿下の仲は良好ですからそんなことは起こらないでしょう。
あ、後は名前は……殿下のお名前、ソニアというのはそんなに珍しいものではないですが、変えた方がいいかも知れません」
「それはそうでしょうね、念のためにも。ニア、というのはどうかと考えておりましたが」
流石、この程度の懸念事項は織り込み済みだったようだ。
それにニアという名前はこの国だけでなく周辺諸国でも平民でよく使われる名前だから、十分紛れることが出来るだろう。
しかし、ニアか……何だかソニア王女の愛称みたいだよな……それを外では今後呼ぶことになるわけか?
これってすっげー役得じゃね??
などという下心を鋼の意思で抑え込み、俺はきりっとした顔を作る。
「そうですね、問題ないと思います。後は、どこから来たのか問われることも考えられますので、殿下のツテで、少し離れた国の学者で準男爵にある人物に父親の振りを依頼することになりそうです。
殿下曰く、研究以外頭にない人物なので、たっぷりの研究費用と一緒に依頼したら頷いてくれるはずだそうで」
「なるほど……ああ、そちらの国でしたら、基本的な情報は頭に入っておりますから、大丈夫かと思います」
殿下から聞いていた国の名前を言えば、ソニア王女はあっさりと頷いて見せる。
いや、そこそこ離れてる国なのに、なんで?? 凄いなこの人??
……まじであの国は宝を手放したんだなぁ……俺は、俺達は大事にしないと。
そうそう、大事にすると言えば、重要なことがあった。
「後は住む家になりますが、何かご希望はございますか?」
そう、住む家。
今ソニア王女達三人が住んでいる家は、平民が暮らすような家。
その中ではそこそこいい家ではあるんだが、一応形式上は俺と結婚することになるのだから、引っ越してもらわないといけない。
新居に。
……一人で盛り上がりそうになったのは内緒だが、顔には出さないように必死に堪えた。
そんな俺の内心など知る由もなく、ソニア王女は謙虚な姿勢を崩さない。
「いえ、特には。こうして手筈を整えてくださった上に住まわせていただくのです、贅沢は申せません」
「何て慎ましやかな方なんだ……」
「え、そんな、何をおっしゃいますやら」
「あっ、やべっ、声に出た!?」
思わず漏れ出た俺の心の声に、照れたのか少々慌てた様子を見せるソニア王女。まじかわいい。
いや違う、そうじゃない、そうなんだけどそうじゃない。
「と、ともかくですね、え~、申し訳ないですが、俺も子爵になりたての若造で収入もまだこれから、あまり贅沢はさせて差し上げられないかとは思いますので、そう言っていただけて、正直安心しているところはあります」
なんせ戦争が終わったばかりだ、物価もそれなりに不安定になっている。
それなり、で済んでるのが、第二王子アルトゥル殿下のおかげで物流のコントロールが戦時中もされていたからってのがまた……あの兄弟はどっちも化け物か。
第一王子? 知らない子ですね……。
そんな中、家に関しては『住む人間がいなくなった』なんて嬉しくない事情で安くなってる物件がちょくちょく目に入ってくるが。
俺一人ならそういう物件はむしろ使ってやりたいくらいなんだが、流石にソニア王女達にいわくつき物件に住んでもらうのは気が引ける。
他にも色々、気を使わないといけないところはあるんだろう。
っていうか、気を使いたい。
彼女の今までを考えれば、いくら気を使っても使いすぎるということはないだろう。彼女本人は遠慮するだろうけど。
でも、俺は出来る限りをしてあげたい。
「ただ、それだけでは申し訳ないので……出来る限りの気遣い、心遣いはさせていただきます。
……あなたには、出来る限り笑っていていただきたいので」
「まあ……」
俺が思い切って言えば、ソニア王女の隣でローラが砂糖と生姜の塊を口に突っ込まれたみたいな妙ちくりんな顔をしていたが、まったく気にならない。
なぜなら、ソニア王女が驚いたような顔になったと思ったら……また、はにかんだような笑みを見せてくれたのだから。
俺の中の何かが撃ち抜かれたような感覚があり、ぐあっと顔に血が集まってきたのがわかる。
やばい、なんかめっちゃ恥ずかしくなってきた。
そう思った俺は、慌てて立ち上がる。
「そっ、それでは、話も一段落したと思いますので、今日のところはこれで!
ま、また来ますので、よろしくお願いします!」
どもったりつっかえたり、何ともかっこがつかない挨拶。
けれど、ソニア王女はそんな俺を馬鹿にした風もなく。
「はい、また。……お待ちしております」
そう言って、それはもう柔らかく微笑んでくれた。
あ、ヤバイ、頭に血が限界以上に上ってきそう。
「は、はいっ、ではっ!」
それだけを何とか言い返すと、ドアを潜るまでは、何とか堪えたものの。
ドアを閉めた瞬間に俺は、全速力で駆け出した。
慌ただしくアークが走り去っていった後。
ローラが気づかわし気にソニアの方を見ながら問いかけた。
「姫様、本当にいいんですか? こんな、御身を捧げるようなことまでなさって……」
何しろ彼女からすれば、相手はシルヴァリオ王国にとって不倶戴天の敵。
いや、そのシルヴァリオ王国に見切りをつけたのだから、そこまで憎いわけではないが……それでも恐るべき戦士であり油断できない相手であることは否めない。
アークがそう評価したように、ローラもまた、トムとの二人がかりでも正面からならアークには敵わないと見ている。
そんな相手の懐に入ってしまえば、ソニアを守り切れるか不安にもなってしまうのだが。
当の本人であるソニアは、まるで気にした様子がなかった。
「いいのよ。それに私、捧げるだとか我が身を犠牲に、だとか思ってないわよ?
だって、いくら私でも、絶対に嫌と思うような人相手にこんな手は打ちません」
「え。だ、だって相手はあの『黒狼』ですよ!?」
「ふふ、そうね……とっても鼻の利く狼さん」
悲鳴のようなローラの声に、ソニアは微笑みながら答える。
思い返すのは、あの見つけられた時。
少し上ずった声は決して格好の良い響きではなかったのに、何故か心をざわめかせた。
そして迷うことなく向けられた視線の、その必死さに胸を射抜かれたような気持ちになった。
今まで感じたことのない動きをする心臓に驚いて、思わず胸を押さえてしまったことを今でも覚えている。
彼は、会ったこともないのにソニアを見つけてくれた。
「何者でもなくなって、どこにいけばいいのかわからなくなった私を、顔も知らないのに見つけてくれた人」
どうしてわかったのかと問えば、『直感としか言えない』なんて曖昧な根拠で。
なのにあの王都の人込みの中からただ一人の自分を違わず見つけ、迷わず自分へと向けて手を差し伸べてくれたのだと思ったら、また心臓が変な動きをして胸を押さえてしまった。
そんな出来すぎとも言える出会いを表す言葉なんて、博識なソニアであってもたった一つしか知らない。
「……ね、ローラ。私だって一応女の子なんだもの、運命を感じてしまったらだめかしら?」
ローラは雷に打たれたように硬直し、何も言えなかった。
向けられた、はにかむようなソニアの微笑みは……紛うことなく恋する乙女のそれだったのだから。
※ここまでお読みいただきありがとうございます!
これにて短編版で書いてきた内容は終わりとなり、次回から新しいエピソードとなりますが、切りがいいので一旦明日はお休みをさせていただき、書き溜めをしようかと考えております。
また、週明け以降は毎日の更新が難しいかと思います、申し訳ございません。
何しろもう一本連載を並行しておりまして……そちらと交互に更新できたらなと考えております。
もしも『つべこべ言わずに書くんだよぉ!』と思われる方は、感想、ポイント、いいねなどで鞭を入れていただくと更新速度が上がるかも知れません。(笑)
ちなみに、もう一つの連載作に関しては下の方にリンクを貼っておきますので、もしもご興味いただけましたら、お読みいただけると幸いです。
それでは、今後とも何卒よろしくお願いいたします。




