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それは、紛れもなく

 すれ違った瞬間、彼女だと気付いた。


 聞いた話では腰の辺りまであったというサラサラストレートの髪を肩の辺りで切り、金色だったのを茶色に染めているのは、市井に紛れ込むためだろう。

 服装だってちょっと裕福な平民の服だし、抜けるように白いと聞いた肌も少しばかり日に焼けている。


 けれど、それでもわかってしまった。 


 徹底的に調べた彼女の部屋、そこに残っていたお手製香水の、明るいからこそもの悲しかった香り。

 それが、ほのかに香った、気がした。

 香りは記憶に結びつく、だなんて言っていた奴がいたが、もしかしたら本当なのかも知れない。

 彼女の部屋と、彼女の置かれた境遇が次々と明らかになって打ちひしがれた日々が蘇る。


「お、お待ちあれ! そこのお嬢さん、お待ちになっていただきたい!」


 気がついたら、そんなことを言いながら彼女を呼び止めていた。

 もし本当に彼女だとしたら、お嬢さんなど呼んでは不敬にあたるのだが、そんなことは頭にない。

 ただただ、この機を逃してはならない、きっともう二度とこんな奇跡は起きない、そう思ったから。


 そして、彼女が振り返った。


 驚いたような顔は一瞬のこと。

 胸元を手で押さえたのはこちらを警戒しての防御姿勢だろうか。

 そりゃ当然だ、いきなり街中で俺みたいなガタイのいい男に大きな声で呼び止められたら驚きもするだろうし警戒もしようってもんだ。

 目つきだっていいもんじゃない自覚はあるし。

 さて、何て言い訳しようか、と頭を回していた時だった。


 ある意味流石、と言えるのかも知れない。

 彼女の顔から、驚きの色はあっという間に消えて無くなる。


「あの、何かご用でしょうか?」


 それからそう言って、彼女は微笑みを浮かべた。


 俺が想像していた通りの、静かに距離を置く笑顔で。


「あ……あああっ、あ、っあ」


 途端、意味不明な言葉が俺の口から漏れる。

 柔らかで、穏やかで……薄い、しかし不可侵のベールを纏ったような笑み。

 彼女はそこにいるのに、遠くにいる。

 薄いベールの向こうに、一人でいる。

 近づかないように、触れないように……巻き込まないように。


 諦めているから浮かべられる、そう推測した通りの微笑みだった。


 そう理解した瞬間、俺は慌てて口を鷲掴みにして押さえ、声がこれ以上漏れないようにした。

 だが、目は塞げない。

 むしろ口を押さえたせいで圧力が増したかのように、ぼたぼたと目から涙が溢れ出す。


「あ、あの!? だ、大丈夫ですか!?」


 そんな俺を見て、彼女が慌てたように近づいてきて、どうしたものかとオロオロ俺を見たり周囲を見たり。

 しかし、いきなり泣き出したガタイのいい黒ずくめの野郎になんぞ近寄りたい人間など居るわけもなく、行き交う誰もがそそくさと逃げるように去って行く。

 

 ああ……そんな中でも彼女は、俺を気遣っているのだろう、この場を去ろうとしない。

 なんて優しい人なんだ……俺の中に、何とも言えない温もりが生まれてくる。


「だ、大丈夫、です……いえ、大丈夫じゃないかも知れませんが、大丈夫です」

「あ、あの、大丈夫なのか違うのか、どちらなのですか……? お、お怪我、とかではないのです、ね……?」


 混乱しながらも視線が動いているのは、俺の手足やらを観察しているから、のようだ。

 質問でなく確認口調なのはそういうことなのだろう。

 何て冷静で的確な判断力なんだ……。

 いや違う、単に俺が冷静さを失っているだけだ。

 二回ほど深呼吸して何とかある程度気持ちを落ち着けた俺は、改めて彼女へと向き直る。


「本当に、大丈夫です。……何と言いますか、思わず感極まってしまったのです」

「は、はぁ……え?」


 俺の返答に、よくわかってないような相づちを返して……すぐに、はっとした表情になった。

 さっきまでの微笑みは鳴りを潜めて、こちらへの警戒を滲ませながらも刺激しないよう、平静であろうとしている。

 ……これは、気付かれたな。

 恐らく顔見知りなどいないであろうこの王都で、彼女を見て感極まる程に感情を動かされる人間は限定される。

 例えば、彼女を捜索していた人間だとか。そこに彼女は思い至ったのだろう、この短時間で。


「あなたと、お会いしたことは……ありません、よね……?」


 自身の記憶と照らし合わせながらなのだろうか、探り探りな口調の問いかけに、思い出す。

 確か彼女は、隣国の王城に勤める使用人や騎士の顔を大体覚えていたはず。

 そして、この国の騎士であり貴族である俺の顔は、当然彼女の記憶にあるはずがない。


「はい、お会いしたことはありません。俺は、この国の人間ですから」


 まずは隣国からの追っ手ではないと開示してみるが、それだけで警戒は解いてくれないようだ。

 まあ、この国の人間だからって彼女に危害を加えないわけでもないからなぁ。

 となると、もうちょっと踏み込むしかないか。


「誓って、あなたに危害は加えません。突き出されたくないところに突き出したりなど、悪いようにもいたしません。

 少し、話をさせていただけませんか、」


 そして、小さく小さく、彼女にだけ聞こえるように呟く。

 『ソニア様』と。

 

 しっかり聞こえたらしい彼女は、ぴくっと一瞬だけ肩を振るわせて。

 それから、ふぅ、と大きく息を吐き出した。


「わかりました、そこまでご存じなのでしたら……あなたから逃げるのは難しそうですし、ね」


 そして浮かべる、先程よりも諦めの色がわずかばかり濃い微笑み。

 ああ……もうそんな微笑みを浮かべなくていいようにしたいのに、今の俺には到底出来やしない。

 いや、焦りは禁物だ、今出来ないだけだ、きっといつかは。

 俺は内心で自分に言い聞かせながら、表には出さないようにしてにこやかに笑って見せる。


「ご理解いただけて幸いです。あまり騒ぎになってもなんですし」


 抑えた声で俺が言えば、彼女はこくりと小さく頷いた。

 何しろある意味で彼女はお尋ねものだからなぁ……正確には違うんだが。

 その辺りの説明もしておかないとな。

 そんなことを考えながら、俺は彼女と共に場所を移動した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 調べて調べて調べまくった推しに会って感極まったオタクのようで好ましいですね…!!いや、そのままなんですが。 推しに推し過ぎるとガチ恋してる状況になりますもんねー。そこで冷静になれたのエラい…
[良い点] 『手作り香水』のおかげで○○っぽさがだいぶ減少したこと
[気になる点] ソニアさんがここまで優秀なのに、どうして他の王族はバカしかいないのか?他の王族の教育があまりにも悪いんですかね、、、
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