小鳥が飛んだその先は
※引き続き、王女ソニアの視点で語られます。
「私が、隣国に、ですか」
「はい、左様にございます」
唐突に告げられた輿入れ。
それは、既に決定した事項として淡々と告げられた。
戦争が起こったことは知っていた。
開戦時は拮抗していたものの、ある時を境に一気に戦況が悪化し、敗戦と言っていい状況で終戦したことも。
結果、急に政略のコマが一つ必要になり、丁度良く私という、どう扱っても良いだろう姫がいた。
それ自体は仕方が無いと割り切れる。
ただ、告げられた形がどうにも納得出来ない。
何しろそれは、国王陛下の侍従から告げられたのだから。
そう、婚姻という重大事項においてさえ、血の繋がった親であるはずの国王陛下も側妃殿下も直接お話しにはいらっしゃらなかった。
これが、私の中での決定打だったのだと思う。
王家の人間として生まれたのだ、政略の道具として使われるのは仕方がないと思う。
そのための心づもりもしていた。そのつもりだった。
けれど、ここまで道具扱いされるとは思っていなかった。
せめて僅かばかりは娘として扱ってもらえるのではないか、と。
その後、出立の日まで、誰も私に会いに来なかった。
お忙しい国王陛下は仕方が無いかも知れない。
王妃殿下やお産みになられた第一王子殿下、第一王女殿下と第三王女殿下も仕方ないのだろう。
むしろ第三王女殿下に来られたら困る、まである。
しかし、血の繋がりがある上にそれほど業務の多くない側妃殿下や、私に取って同腹の兄弟である第二、第三王子殿下、第二王女殿下もいらっしゃらなかったのは……かなり、堪えた。
血の繋がりがあろうと、あの人達にとって私は、家族では無かった。
そのことを、改めて突きつけられた気がして。
ならば。
家族でないのならば。
私を道具として使い捨てるつもりならば。
王家に対して私が仕返しをしてもいいのではないか。
そう思った私を、誰が責められるというのだろう。
そして、ちょっと考えればわかることなのだが。
私が今までの扱いそのままで出て行くことが、最大の仕返しになるはずなのだ。
「これであんたの顔を見なくて済むと思うとせいせいするわ!
あ、勝手に荷物を持っていくんじゃないわよ!」
ご丁寧なことにというか好都合なことにというか、第三王女殿下がわざわざやってきて、私が持ち出す荷物に難癖を付けてくれた。
粛々と指示に従い、ついでにそっと記録も残して、私は言われた通りにだけ荷物を持ち出すようにした。
まあ、私にとって大事なものを彼女はほとんど把握してなかったので、何の問題もなかったし。
大した量でも無く、さして纏めるに時間の掛からなかった荷物を、やはり第三王女殿下に言われて使っている、紋章なしの粗末な馬車に詰め込む。
侍女のローラに御者のトム、それと私の三人がかりならばそれもあっという間。
二度と戻って来ないつもりの出立だというのに、荷物は小旅行に出かける程度のものしかないのは色々な意味で象徴的だし、私の中に残っていた最後の感傷も綺麗さっぱり拭い取られたような感覚にもなろうというもの。
そしていつものように王城の正門を、王都の門を潜れば後は隣国へと繋がる街道。
不穏な空気は感じつつも、何とか国境の都市ヴェスティゴの前にある最後の宿場町を越えて。
そこで野盗に襲われた……と思ったのだけれど。
「よ~しあんたたち、良い仕事してくれたよ、ご苦労さん!」
爽やかな笑顔で、侍女のローラが言う。
……ローラ、よね?
普段から快活な彼女ではあるのだけれど、今は何だか盗賊の女頭領のような貫禄で私達を襲ってきたはずの野盗達を労っている。
そう、この襲撃はローラの仕込みで、私はもちろん御者のトムも無事。
野盗、であるはずの彼らは私達が離れた後に馬車を壊し、襲撃があったように偽装して、その後、ローラから報酬を受け取ってホクホク顔で去って行った。
馬を二頭置いて。つまり、私達に移動手段を残して。
「……なんだか随分手慣れているわね……?」
「ええ、昔取った杵柄といいますか何と言いますか!」
呆然と私が問えば、ローラはとても爽やかな笑顔で答えてくれた。
あ、こっちがローラの本性なんだ、とすぐに理解出来た。
一体昔にどんな所業をしていたのか気になったのだけれど、『過去の秘密は女の香水なんですよ』とか名言風なことを言われて誤魔化され、結局いまだに聞けていない。
今度お酒で酔わせてしゃべらせようかしら。
その後は野盗の置いていった馬に荷物を括りつけ、ローラと私が一頭の馬に、もう一頭にトムが乗って移動。
お迎えが来ているはずの国境都市をそっと通過。
後に大騒ぎになったけれど、反対側、つまりシルヴァリオ王国側にばかり気が行っていたらしく私達を追いかけてくる人達はいない。
「まさか行方不明になったあたし達が、そのままこっちの王都に向かってるとか普通は思わないでしょ」
とはローラの弁。
そして実際その通りだったようで、私達は大した問題もなく隣国の王都に辿り着いた。
人目を避けるようにしながら転がり込んだのは、ローラが事前に用意していた家。
なんでも、いつかこういうことになるだろうから、と用意していたのだという。
……どうやって国外に用意したのかしら、と疑問に思ったけれど、答えてくれない確信があったから、聞かなかった。
そのタイミングで、私の夫となるかも知れなかった第三王子アルフォンス殿下が出立なさった、らしい。
英俊であると名高い彼であれば、私が残したあれこれから事情を読み取ってくれるに違いない。そうだといいな。
ちょっとは覚悟していたけれど、実際恐ろしいほどスムーズに調査は進んで、民に迷惑を掛けることなく王家への制裁だけで事は収められたのだとか。
そのことには、本当に感謝だ。
「これで姫様の心残りもなくなったでしょうし、気兼ねなく新しい人生を始められますね!」
なんてローラは言ってくれるけれど、残念ながら私はまだ切り替えられていない。
籠の中の鳥から、何者でもなくなった。それ自体は望んだこと。
ただ、その後何者になるのか、そこを考えていなかった。
ローラやトムは「ゆっくり考えればいいんですよ」などと言ってくれるけれど、とても申し訳ない。
早く立ち直って、何なら職の一つも見つけて二人に恩返しの一つもしてあげたい。
香水の売り上げだとか、ローラがいつの間にか持ち出していた宝飾品を売ったお金で生活にはしばらく困らないけれど、それにも限りはあるのだし。
けれど、どうしたらいいのかわからない。
何かきっかけがあれば、なんて思いながら王都を歩いていた時だった。
「お、お待ちあれ! そこのお嬢さん、お待ちになっていただきたい!」
いきなり、すれちがった男性から声を掛けられた。
黒を基調とした服装、黒髪黒目の、狼を思わせる精悍な顔立ち。
何よりも、まっすぐに私を見つめてくるその瞳の強さ。
私の中の何かが射貫かれ、どくん、と心臓が大きく動いた音がした。
※ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
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