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九月十四日 徳郁、再会する

 気がつくと、いつの間にか朝になっている。

 昨日、サンは姿を消してしまった。徳郁は、そこからの記憶がない。何をしていたのかわからないし、眠ったのかどうかすらわからない。サンに「あれ」が起きた後、どうやって帰ったのかさえ覚えていない。まるで、狐に化かされたような気分だ。

 リビングに行き、テレビをつける。内容も理解できぬまま、じっと画面を見つめていた。

 ふと周りを見回すと、いつの間にか、クロベエとシロスケが横にいた。二匹とも尻を床に着け、前足を揃えた体勢でこちらを見つめている。その表情は、どこか寂しげだ。二匹とも、何かを訴えているかのようにも見えた。

 ひょっとしたら、サンを呼んできてくれとでも言っているのだろうか──


「なあ、お前ら。サンはどこに行ったんだ? 居場所はわからないのか?」


 尋ねる徳郁だったが、言うまでもなく答えなど期待していない。それでも、誰かに問わずにはいられなかったのだ。

 徳郁はこれまで、ずっとひとりで生きてきた。藤村正人という例外はあったが、基本的に友人や知人などという者は存在しない。誰かを家に上げた事もない。彼は今まで、ずっとひとりきりだったのだ。

 サンがいなくなったとしても、何も変わらない。元のひとりきりの生活に戻るだけのはずだった。

 それなのに。この感覚は何なのだろう。胸に、ぽっかりと穴が空いて仕舞ったような気分だ。


 しばらくして、徳郁は立ち上がった。キッチンに行き、ドッグフードとキャットフードの袋を取り出す。

 リビングに行き、クロベエとシロスケの皿に餌をあける。すると、二匹とも皿に顔を突っ込んで食べ始めた。

 美味しそうに餌を食べる二匹の微笑ましい姿を見ているうちに、徳郁の気持ちも少しだけ落ち着いてきた。やがて、ひとつの考えが浮かぶ。


 これで、良かったのではないだろうか?


 サンは追われているのだ。それも警察でなく、ヤクザを初めとする裏の世界の住人たちに、である。もし捕まったら、どんな目に遭わされるかは容易に想像がついた。

 それに一昨日、正人は言っていた。


(俺は明後日、とある人間に連絡を入れる。この娘を捜している人間だよ)


(この娘はな、あちこちの組織の連中が追っているんだ。遅かれ早かれ、奴らはここを見つける)


 正人は一見すると軽薄だが、やると言ったことは必ず実行するタイプの男だ。今日になって、どこかのヤバい連中に連絡を入れたはず。となると今日か明日あたり、この家に追っ手が来ることになるだろう。

 だが、サンがいなければどうしようもないのだ。最悪の場合、自分も逃げなくてはならないが……少なくとも、サンだけは無事でいられる。

 彼女のためにも、これで良かったのだ。徳郁は、自分にそう言い聞かせた。


 その時、不意にクロベエが顔を上げる。何かを感じ取ったかのような様子だ。次の瞬間、パッと玄関へ走って行った。扉の前で尻を床に着け、じっと見上げている。

 と同時に、シロスケも動いた。すぐさま玄関まで走り、クロベエと同じ姿勢をとる。

 何者かが、表に来ている。クロベエとシロスケにとって、出迎えなくてはならない何者か……忠誠を誓っている者が、扉の向こう側に来ている。

 そんな者は、徳郁の知る限りひとりしかいない。


「サン!? サンなのか!? サンが来てるのか!?」


 叫ぶと同時に、徳郁は立ち上がる。玄関に走り、勢いよく扉を開けた。


「キラ……」


 想像通り、そこに立っていたのはサンだった。何とも表現のしようがない不思議な顔で、じっと徳郁を見つめている。

 一方、徳郁は呆然とした表情でその場に立ち尽くす。彼女の姿は変わり果てていた。しかし、サンであることはわかる。理屈ではなく、本能が教えてくれていた。

 何と声をかけていいのかわからなかった。ややあって、どうにか口を開く。


「サン、一体どうしたんだよ? お前の身に、何が起きたんだ?」


「ごめんね」


 そう言うと、サンはすまなそうに頭を下げる。


「本当にごめん。もう、来ないつもりだったの。サンのこと、嫌いになったでしょ?」


 うなだれているのだろう。徳郁は、そんな彼女をじっと見つめる。

 ややあって、口を開いた。


「嫌いになんか、なってないよ。早く入れ。クロベエとシロスケも心配してたんだぞ」

 



 徳郁は、キッチンで料理を作っている。ふと、リビングの方を見た。

 サン、クロベエ、シロスケが寄り添っていた。サンはテレビを観ながら、クロベエの背中を撫でている。それに対し、クロベエは嬉しそうにごろごろ喉を鳴らしている。その姿は見ていて微笑ましい。シロスケは、床に伏せた姿勢をとっている。その目は、じっとサンを見つめているのだろう。

 徳郁は、改めて幸せを感じた。


 サン。

 帰って来てくれて、本当に良かった。

 お前がどんな姿に変わろうとも、俺の気持ちは変わらないからな。

 俺は、お前を愛してる。


「キラ……こっちに来て。みんなでテレビ観ようよ」


 言いながら、サンは振り向く。徳郁は微笑んだ。


「待ってくれよ。今ごはんを作ってるから」


 徳郁はベーコンエッグを作り、ごはんや味噌汁とともにリビングへと運ぶ。


「ありがとう」


「これで足りるか? 足りなきゃ、また作るから」


「うん、ありがとう」


 そう言うと、サンは楽しそうに食べ始めた。すると、傍らで寝ていたクロベエとシロスケも起き上がり、サンの食べる様をじっと見つめる。

 徳郁はその三者の姿があまりにも可愛らしく、思わず笑みがこぼれた。


 ベーコンエッグを、とても美味しそうに食べるサン。時おり、クロベエやシロスケにも分け与えている。クロベエとシロスケもまた、いかにも幸せそうな表情で食べている。本来ならば、猫や犬に味の濃い食べ物を与えてはいけないのだ。しかし、今は注意する気にはなれなかった。一家団らんのごとき風景は、見ているだけで幸せを感じる。


 とうとう見つけたんだ。

 俺の、俺だけの幸せを……。

 この幸せだけは、何があろうとも守りぬく。









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― 新着の感想 ―
[良い点] とうとう見つけたんだ。  俺の、俺だけの幸せを……。  この幸せだけは、何があろうとも守りぬく。 徳郁、サンはあなたの宝物ですよ(´・∀・`)。 [一言]  サン。  帰って来て…
2023/07/20 09:43 退会済み
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