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九月十二日 徳郁、決断する

 サンは、ずっと眠り続けていた。

 昨日から、一度も目を覚ましていない。揺すっても声をかけても、起きる気配がないのだ。どうにか服を着せたが、それ以上は何も出来なかった。




 徳郁は、ずっとサンのそばに座っている。クロベエとシロスケも、不安そうな様子だ。サンのそばを、片時も離れようとしない。


「なあ、サン。お前の身に、いったい何が起きているんだよ?」


 思わず呟く。しかし、サンからの返事はない。時おり手足を動かすものの、その瞳は閉ざされたままである。

 こんな時、一体どうすればいいのだろう?


「サン、ちょっと外に出て来るからな。美味しいのをいっぱい買ってくるから、おとなしく寝ているんだぞ」


 声をかけた後、徳郁は玄関の方に歩いて行った。扉の前で立ち止まり、もう一度リビングの方を振り返る。ひょっとしたら、顔を上げてくれるのではないか……という淡い期待を胸に、彼女を見てみた。

 しかし、サンは眠ったままだった。規則正しい寝息を立て、横向きで寝ている。その傍らには、クロベエとシロスケが寄り添っていた。あたかも、女主人を守る召使いのようである。

 彼女を、このまま置いていっていいのだろうか? 後ろ髪を引かれるような思いを感じながらも、外に出て行った。

 不安な気持ちをまぎらわせるため、徳郁は外を走った。ゆったりとしたペースで走っていると、体から汗が吹き出してくる。今は九月の半ばだ。まだ夏の暑さは残っており、少し動いただけでも汗が出てくるような陽気である。

 その汗とともに、徳郁の感じていた不安も、少しずつだが和らいでいく。あのまま家でじっとしていたら、余計なことばかりを考えた挙げ句に気が狂ってしまいそうだった。

 やがて、徳郁はコンビニに到着した。店内へと入っていき、目についた物を買っていく。インスタント食品やお菓子などといった、サンが好きそうな物をカゴに入れていった。

 レジに行き買い物を済ませると、ビニール袋をぶら下げて店を出る。戻った時にサンが目覚めている事を祈りつつ、帰り道をゆったりとしたペースで歩いた。




 しかし、サンは目覚めていなかった。

 徳郁が出かけた時と、まったく同じ姿勢で眠っているのだ。その傍らでは、クロベエとシロスケが不安そうな面持ちで彼女を眺めている。

 そういえば、二匹の様子もおかしい。昨日までと違い、何かに怯えているような、そんな落ち着かない態度なのだ。徳郁は今まで、クロベエやシロスケと共に生活してきた。この二匹と、かなりの時間を共有してきたつもりだ。しかし、こんな表情を見るのは初めてである。


「なあ、お前ら。サンは大丈夫なのか?」


 思わず、二匹に向かい尋ねる。すると、クロベエがこちらを向いた。

 直後、にゃあ……と、か細く鳴いた。普段の姿からは、想像もつかない弱い声だ。歴戦の強者といった雰囲気の黒猫も、不安は隠しきれていない。

 徳郁は手を伸ばし、クロベエの頭を撫でる。サンがこの家に来たのは、つい一週間ほど前の話だ。なのに今では、自分たちにとってかけがえのない存在となってしまっている。

 もう、こうなっては仕方ない。藤村正人に連絡して、秘密を守ってくれるような病院に連れて行くしかない。徳郁は立ち上がり、スマホを取りに行った。

 そして、彼の番号にかけてみる。


(ようノリちゃん、何度も電話したんだぜ。無事なのか? 何かあったのかい?)


 電話口から聞こえてくる正人の言葉は、いつもと同じ軽いものだ。しかし、声は普段とは違う。どうやら、彼は彼で切羽詰まった状況であるらしい。

 だが、今はそれどころではないのだ。


「実は頼みがあるんだよ。医者を紹介して欲しいんだ。秘密を守ってくれるような医者を、な」


(医者だぁ? 何だってまた、医者なんか? ああ、ひょっとして獣医か?)


「それは……」


 一瞬、言葉に詰まった。出来ることなら、サンのことを言いたくはない。だが、今はそんな場合ではないのだ。


「今、ここに女がいる。眠ったまま目を覚まさないんだ。ひょっとしたら、何かの病気かもしれない。医者に診せたいんだ」


(えっ……お、女だとぉ!? お前、彼女がいたのか!? 人間の女かよ?)


 すっとんきょうな声が聞こえてきた。電話越しにも、正人が驚いているのがはっきり分かる。徳郁は何故か赤面し、憮然とした表情になっていた。


「あ、ああ、人間の女だよ! 何か文句があるのか!? 女がいたら悪いのか!」


(いや、文句はないけどよ……そうだなあ、今からそっちに行ってみるよ)


「えっ、今からかよ?」


 思わず顔をしかめる。あまりに急な展開ではある。だが、正人は話を止めなかった。


(ああ、今からだ。ヤバい病気なら、すぐに車で運ばなきゃならんだろうが。お前は車の運転が出来ねえし、俺を頼るってことは救急車にも乗せられない。そんな事情があるんだろうが)


「そうだよ」


 そう答えざるを得なかった。確かに、その通りなのだから。サンのような人間を救急車に乗せたら、何が起こるか分からない。


(だったら、善は急げだ。確か白土市には、闇医者がいたはずだ。まずは症状を診てみないとな)


「診てみないとな、って言われても……お前は医者じゃないだろうが」


 そう言いながら、徳郁は不安を覚えていた。正人は、一応は友人である。だが同時に、裏の世界の住人でもあるのだ。自分よりも、遥かに顔が広く知り合いも多い。

 一方、サンは何らかの事件に巻き込まれている可能性が高いのだ。万が一、サンが裏社会の人間に追われているとしたら……。


 そんな徳郁の思いをよそに、正人は一方的に話し続ける。


(とにかく、今から大急ぎでそっちに行くからな。じゃあ、そういう事でよろしく)


 直後、電話は切れた。


「なあクロベエ、俺はどうすればいいんだろうなあ……」


 電話を切った後、呟くように言いながら、クロベエの背中を撫でる。しかし、クロベエはこちらを見ようともしない。じっとサンを見つめている。シロスケもまた、伏せた姿勢のままサンを見ていた。

 どうやら、この状況で自分に出来ることはないらしい。徳郁は改めて、無力な自分を呪った。











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― 新着の感想 ―
[良い点] ひょっとして獣医か? 人間の女かよ? 友人にそんなふうに確認されてしまうほど徳郁は孤立していたんですね(´;ω;`)。 [一言] 秘密を守ってくれるような病院(o゜Д゜ノ)ノ。 …
2023/07/06 10:05 退会済み
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