9話
「ふぅんぬぅぅぅぅぅぅ~~~!!!」
排泄の為に踏ん張るゴリラのような顔になったマリィが特大剣を抜刀する。
背負われていた時は分からなかったが、馬鹿馬鹿しいほどに肉厚の刃だ。所謂ツーハンデッドソードの中でも特に大型とされるグレートソードと呼ばれる部類だろう。
「ゆっくりだ。ゆっくりでいい、その辺りに突き立ててくれ」
「ふぉおおおおおおおおおおっ!!! ぬぅぅぅんぅぅぅあああっ!!!」
十五歳の美しい娘が決して出してはならない野太い声を上げて、放り出すように特大剣を地面に突き立てるマリィ。
「はぁ、はぁ、はぁ……! ど、どう、エイジ!? じゃじゃ馬でしょ、この子!?」
「抜刀して持ち上げただけでじゃじゃ馬も何も無いと思うが、とにかく尋常じゃなく重いのは理解した」
パーティーを組む事になった俺達は簡単な依頼──植物採取──を受注して、ヘムズガルドの北にあるエヴァン渓谷に出た。
渓谷と言うものの、連なる山々の標高は低く、場所によっては盆地のような空間が広がる緑豊かな土地だ。見晴らしのいい小高い丘がそこかしこに点在し、動植物の宝庫と讃えられる深い森林がどこまでも広がっている。生息している魔物こそ多いが、深部に立ち入らなければ脅威となる獰悪な種と鉢合わせする事も無い。
ヘムズガルドが冒険者の登竜門と呼ばれる所以は、このエヴァン渓谷にある。この土地の環境が駆け出しの冒険者に適度な知識と経験、そして装備を要求するのだ。ここで赤銅級の冒険者達は研鑽を積み、巣立ってゆく。
ここならばレベル2のマリィを連れ立って歩いたとしても、不測の事態には直面しないと踏んだのだ。
「しかし、この剣は一体なんなんだ? 既製品には見えないぞ」
地面に突き立つ特大剣クィーンデッドを改めて観察する。
陽の光を弾いて鈍く輝く巨刃には一直線に溝が走っていて、そこに文字らしき模様が彫り込まれている。対して柄の方はシンプルだ。鍔の類が無く、握りや柄頭にも装飾品の類は無い。
刀身の文字模様に何を意味するものなのか、考古学者でもない俺には見当もつかない。それでもこの特大剣が、殺傷武器として質実剛健な性能を求めた拵えではない事は分かった。
ツーハンデッドソードは実際の戦場において、対多人数戦やハルバード等の長柄武器を装備した兵士との戦闘で重宝されたというが、マリィの特大剣は全長2メートルはある。重量も考慮すると、人間相手に使う代物ではない。
となれば式典等で用いる儀式剣か。握り手を守る鍔が無い事から巨大な魔物を仮想敵としている線もあるが、どちらにしろ、冒険者レベル2の新米が担ぐ業物ではないだろう。
「マリィはこれをどこで手に入れたんだ?」
「おじいちゃんの形見って話。詳しい事は父さんも母さんも知らなかったわ。物干し竿になってたくらいだし」
「他にもっと適任な道具はあっただろう……しかし、物干し竿にできるくらいナマクラなのか、こいつは」
「切れ味は無いに等しいわね! でも特大剣は圧倒的重量で敵を叩き潰すって使い方をした方が格好いいと思うの! だから問題無し!」
「だったらN武器の棍棒で事足りる。N武器は適性武器の影響も受けない」
希少価値がNの武器は適性武器として認識されない。棍棒はその代表格だ。理由は定かではないが、システム的に言えば『最弱武器』だからと俺は解釈していた。
稀にだが、剣闘士なのに適正武器が杖になってしまうなど、ジョブと扱える武器が合致しない場合がある。こうなると、まともな戦闘行動は不可能だ。
こうした非常事態に備えて女神エヴァンシェリンが用意した最低限の救済措置が、最弱武器はジョブに関係無く扱えるという『仕様』だ。昔遊んだRPGやアクションゲームの中に、初期装備や最弱武器が売却できない事があったが、アレと同じだろう。
無論、これは俺の勝手な想像に過ぎない。女神エヴァンシェリンがこのゲームのような世界を創造した時に意図せず実装した仕様かもしれない。
ともあれ、棍棒自体は武器として有用だ。鈍器なのでやや重いが、小回りが利き、切れ味を維持しなければならない刃物とは違って手入れも簡単。さらに安価なので使い潰しても替えが利き、どの武具屋でも格安で販売されている。俺も予備武器として忍ばせていた。
「棍棒が実用的なのは分かるけどさー。脳筋御用達武器じゃな~い……」
「特大剣なんて脳筋の極地にある武器だぞ。しかも君が持っているコレは切れ味が死んでいるんだろう? 用途が叩き潰すなら実質棍棒では?」
「実質棍棒?」
「実質棍棒」
「実質棍棒……」
右の人差し指と親指で細い顎を支えると、マリィが思案に耽る。
このまま棍棒にでも乗り換えてくれれば、この子のこれからの冒険者人生も少しは望みも──。
「でもクイーンデッドは見た目は超イケてる古代の特大剣だから! 実質棍棒でもやっぱり問題無し!」
駄目だった。




