8話
「持病か?」
「そ……そうとも、言うかもしれない……これを持病と呼ぶのなら……! エイジ! あなたには私の持病を治して欲しいの!」
「オーヴァル。彼女に腕の立つ聖導師を紹介してくれ」
「承知しました。確か今手の空いてる方で……」
受付カウンターの裏側から分厚い書籍を引っ張り出したオーヴァルに、息を吹き返したマリィが縋りついた。
「違う違うそういう物理的な病気じゃない、例えよ例え! 比喩表現! ちょっとした冗談だからぁ!」
「冗談でも言って良い事と悪い事があるぞ、マリィ。人に心配をかけるような発言は慎むべきだ」
「そうです。ご両親もきっと悲しみますよ?」
「うわぁぁぁぁぁぁんガチで心配して怒ってくれてるこの人達ぃ! 良い人なのは分かったけどそうじゃないの話をも~ど~さ~せ~て~!」
バンバン床を叩いて何やら訴えたマリィは、そのままズバッと俺を指差した。
「エイジ・サノ! 改めて聞くわ! あなたは適性武器なんて関係なく好きな武器が使えるようにできる! 『最終限凸』ってユニークスキルで! そうでしょ!?」
「さぁ、どうだったかな」
「眼が泳いでる! これは肯定って事ね!」
この少女、とても失礼かもしれないが、意外と洞察力がある。
「という訳で! このクィーンデッドを私にも使えるようにして! お金なら払うから!」
「最終限凸は一回一千万アンスだ」
「オーヴァルちゃんだっけ? この街って臓器売買許可してる? もしくは臓器売買できる闇市場を知らないかしら?」
「ダメですし無いに決まってるじゃないですか!」
「そうだ。それに残念ながら、売っても問題の無い臓器はそう多くはない。君は若い女性だから健康状態に問題は無いだろうが、それでも──」
「エイジさん止めるのか推奨するのかどっちですか!?」
「やだやだ私は特大剣が使いたいの~クィーンデッドを使いたいのつぅ~かぁ~いぃ~たぁ~いぃ~のぉ~!!!」
特大剣を背負ったまま、床に大の字に寝転がって暴れ回る手斧少女。なんと器用な。
「オーヴァル、この子は一体何者だ?」
「ごめんなさい、私もはじめてお会いするので分からないんです……名簿をお調べするので少々お待ち下さい」
オーヴァルがカウンターに駆け寄って、そこに置いてあった分厚い書籍をペラペラとめくった。
古風かつ豪奢なデザインのそれは、世界中のギルドセンターに登録されている全冒険者の名簿だ。冒険者免許証と連動・同期していて、免許証が交付された時点で自動的にあらゆる個人情報が登録される。受注した依頼の内容とその成否をはじめ、冒険者としての活動記録も逐次記録されてゆく恐るべき書物だ。
冒険者ギルドの創設者がエヴァ神から授けられた聖遺物らしく、ギルドセンターが新設されると、エヴァ教の総本山である聖ミドラーシュ大聖堂に新たな名簿が現れるという。
なんとも眉唾モノの話だが、ジョブだのスキルだの適正武器だの、ゲームのようなシステマチックな異世界だ。そうした利便性の高いアイテムがあったとしても驚くには値しないし、むしろそういう代物がなければ世界中の冒険者達の個人情報の管理なんてできないだろう。この異世界にはインターネットという文明の利器が存在しないのだから。
「あぁ、ありました。えっと……ヌーヴェル地方のベリグゥという町の出身で、そこで免許証を交付されていますね」
「ヌーヴェル地方……? 確か、ヘムズガルドの東南の遥か彼方だったな」
「はい。乗合馬車を十二回乗り継いで、片道一カ月半はかかります。他に類を見ないほどの辺境です」
そこまで行くと辺境どころか秘境である。
ヌーヴェル地方とは、大陸の中央からやや北に位置している土地だ。北海と東海から流れる大気が衝突し、気候が非常に不安定だが、そうした厳しい環境が深くも美しい渓谷を生み出し、豊かな生態系を維持している──と書物で読んだ事がある。どこかの小国の領地だったはずだが、詳しくは覚えていない。
ともあれ、そんな秘境から刃渡り二メートルはある特大剣を背負ってやってきたというのか。とんでもないガッツだ。
「年齢は十六歳で、冒険者登録をされたのは半年前。冒険者レベルは2。ジョブは隠術士でジョブランクは最低のEランク。依頼の受注記録はありません」
「レベル2で受注記録が無い……? 半年も何をしていたんだ?」
「特記事項には、『特大剣を使えるようになるまでは宗教上の理由で依頼は受けたくない』とあります。特大剣に憧れて冒険者になったそうなんですが、適性武器が手斧だったので不貞腐れてしまったのではないでしょうか」
子供か。
「マリィ。すまないが、君の要望を聞き入れる事はできない。諦めて手斧を握れ。体格的にも手斧が君に相応しい。確かに地味かもしれんが堅実に戦えるぞ?」
「地味なのが致命傷なの~~~~!!! 女の子が重さ数十カロはある鉄の塊みたいなデッッッッッカイ剣を振り回すのが格好いいの! ロマンが溢れるのよ!!!」
「ロマンで腹は膨らまない」
冒険者に深い憧憬を抱き、その道を志す者は少なくない。
己の知識と経験と技術を武器に一攫千金を狙って生きてゆく──彼女の言う通り、そこにはロマンがある。
収入の問題も、藍鉄級まで昇級すれば報酬の水準が上昇・安定するので解決する。依頼の危険に対しても手練れの者達とパーティを組む事で対応もできる。
だが、藍鉄級に昇級するまでが大変だ。未熟故にリスクの高い依頼を受注して再起不能の怪我をする、または死亡するという話は枚挙に暇が無いのだが──。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん! やだやだ私はクィーンデッドで超絶格好いい凄腕特大剣使いの冒険者になるの~~~!」
手足をバタつかせて号泣するマリィ。やはり子供か。
すると周囲から批難する眼を向けられた。電車の中で号泣する子供の親を見る眼だ。
待ってくれ、俺はこの子とは初対面だ。断じて保護者ではない。オーヴァルも困惑した様子で俺とマリィの間で視線を彷徨わせている。
「む……」
俺のユニークスキルを使えば、確かにマリィの要望を叶える事はできる。
だが──。
「……分かった。その特大剣──クィーンデッドを君に使えるようにしよう」
「ホント!?」
マリィが跳ね起きて希望に満ち溢れた顔を近づけてきた。
「ただし、一つ条件がある」
「臓器売ってくる!」
「そうじゃない。俺とパーティーを組むんだ」
すると、マリィは意味が分からないといった表情で首を傾げる。
「俺は昨日、これまで所属していたパーティーから追放された。錬金術師が一人で活動できるほど冒険者家業は甘くはない。君は隠術士だろう? 汎用性の高い前衛職だ。そこで」
「冒険者として活動するには前衛職が必要だから、私と組みたいってワケね!」
「そうだ。依頼の成功報酬は折半。パーティーを組むのは、君がその特大剣の扱いには慣れて、一人前の冒険者になるまで。どうだろう?」
「冒険者の先輩から色々教わりながらお金も貰える……! いいわねいいわね! うん、いいわ!」
マリィは満面の笑みを浮かべ、スカートで右の掌を擦ると、そのまま右手を俺に差し出してきた。
「改めてよろしくね、エイジ!」
彼女が握手を求めている事に気づくまで、少し時間がかかった。
「? どうしたの?」
「あ……いや、なんでもない」
握手を交わす。握ったマリィの手は思った以上に華奢で小さく、そして硬かった。
ラファエロ達と一年間パーティを組んでいたが、彼らと握手をした事は無かった。
出会った時も、はじめての依頼を達成した時も、貰ったささやかな報酬で食卓を囲んだ時も──。
「……他人の手は、暖かったんだな」
そんな当たり前の事すら忘れていた。