6話
俺の言葉と表情からこちらの心境を察してくれたのか。オーヴァルは困った様子で眉尻を下げると、子供に語り掛けるような優しい声音で説明する。
「ラファエロさん達の冒険者等級は『藍鉄』です。対してエイジさんは『藍鉄』より低い『赤銅』……冒険者としての社会的信用度や実力は、ラファエロさん達の方が上となります」
冒険者は、その実力や実績に応じて、五つの等級に分けられる。
駆け出しの『無色』。
一人前の『赤銅』。
一流とされる『藍鉄』。
冒険者の到達点『天金』。
過去に数名しか認められていない『七曜』。
冒険者はその身分を示す為、ギルドの紋章を模ったバッジの着用を義務付けられているのだが、バッジの色はそのまま等級の色となっている。
俺の胸元に付いているバッジの色は赤。一年間無我夢中で頑張って何とか及第点を得られた。
この等級による冒険者の社会的信用性は非常に強く、赤銅級の俺は、どう足掻いても藍鉄級のラファエロ達にはかなわない。
「エイジさんがラファエロさん達に報復を行う場合、卑怯極まる手段で人知れず遂行しなければなりません。その事は、聡明なエイジさんならば寝起きの頭が動いていない状態で用を足している時でも思い至るのが道理……!」
「君は俺が非合法ギルドに身を置いていると思っているのか?」
「だからこそ! エイジさんが昨日! ここでラファエロさん達に酷い事をするなんて有り得ないんです! エイジさんらしくない!」
「然るべき場所ならば酷い事をする、という事になっているな、君の理論では」
「とんでもありません! エイジさんが感情に振り回されて衝動的な行動を起こす方ではないと、そう断言させていただいているだけです! ふんす!」
腰に手をやって胸を張り、自信満々に鼻息を荒げるオーヴァル。
受付嬢としての仕事は優秀だが、時々こうして人の話を聞かないところが玉に瑕であると、彼女の同僚と話した事がある。
確かにその通りだ。けれど、まるで自分の事のように怒ったり悲しんだりドヤ顔をするオーヴァルを見ていると、不思議と心が軽くなった。
「エイジさん?」
「ありがとう、オーヴァル。少し楽になった」
「? なんだかよく分かりませんが、お役に立てたのでしたら幸いです!」
「では依頼の話をさせてくれ。今日から当面単独で仕事をしようと思うんだが、何か無いか?」
「……それが、その」
途端にオーヴァルの歯切れが悪くなった。同僚からの視線を気にするように耳打ちしてくる。
「昨日の件が影響しているようなのですが。当ギルドで扱っている依頼のほとんどに、依頼主からエイジさんは除外するようにと連絡が来ていまして……」
「…………」
たった一日でこれか。不当な圧力、元請けがその立場を利用して下請けに無理難題を吹っかけてくるアレと同じ気配がする。下請法違反だ。
と──思ったが。
(俺がギルドを利用する依頼主だったとして、『藍鉄級の冒険者を悪辣な手段でボコボコにした赤銅級の冒険者』にはまず仕事を頼まないな。何が起こるか分かったものじゃない)
世の中信用第一。それは異世界でも変わらない。そもそも赤銅級の冒険者なんて掃いて捨てるほど存在している。ここは新人冒険者の登竜門──『初級者の街』ヘムズガルドなのだから。
だが、これでは金を稼げない。金を稼げなければ冒険者免許取得時の借金を返済できない。おぞましい速度で増えてゆく利払いさえできない。
「どうしたものか」
そうやって溜息をついた時だった。
「たのもー!!!」
溌剌とした元気の良い声が響いた。
待合室の出入口に、十代半ばほどの少女が立っていた。
右の側頭部で結わえられた琥珀色の長い髪。幼さと力強さを秘めた大きな碧眼。そして細い輪郭。充分以上に秀麗と呼べる容姿である。体躯も細くはあるが華奢ではなく、鍛えられたしなやかさを感じた。
ただ、些か身なりが不思議だ。ふわりと広がる黒のコルセットスカートは、ともすれば大衆食堂で働く給仕人の出で立ちだが、革製の軽鎧を着用した上、身の丈を遥かに超える特大剣を背負っている。ヘムズガルドは貿易の要所である都合、大陸の方々からあらゆる人種や民族が出入りするが、さすがに特大剣使いの給仕人なんて見た事は無い。
「あなたがエイジね! 錬金術師のエイジ・サノ!」
喜色満面で、そう確認してきた。
この少女、何故俺を知っている? 俺が覚えていないだけで、会った事があるのか? だが、これだけ特徴的な少女を忘れるとは思えない。
俺は警戒しながら訊ねる。
「そうだが、君は?」
「私はマリィ・フェルンストレーム! 可及的速やかに急いで迅速に無駄無く今この瞬間に私を助けて!!!」
とにかく切羽詰まっているのは分かった。