5話
ギルドセンターに着いた俺は、目立たないよう気配を消して待合室に中に入るが──。
「…………」
「…………」
「…………」
屯していた冒険者達が示し合わせたかのように俺に気づき、無遠慮な視線で滅多刺しにしてくる。いずれも犯罪者を見るような眼である。
どうやら昨日の事件が知れ渡っているようだが、俺は被害者だ。職業差別と事実誤認に対して正しい知見と客観的な意見を述べたに過ぎない。その結果、ラファエロ達が大剣等の凶器を持ち出して俺を襲ったのだ。あれは立派な殺人未遂である。正当防衛が立派に成立する事案だったはずだ。
居心地の悪さを覚えながら受付カウンターへ向かうと、見慣れた受付嬢が眼を丸めて駆け寄ってきた。
「エイジさん、一体何をされたんですか……!?」
彼女の名はオーヴァル。俺がこのギルドセンターを訪れた時から相手をしてくれている顔馴染みだ。
緩く波打つ甘栗色の長髪とギルド職員の制服が相まって大人な雰囲気を漂わせるが、顔立ちそのものは童顔の女性である。以前酒の席で、その事がコンプレックスで悩んでいると頬を赤らめて愚痴を言っていたほどだ。そこで俺は、彼女がかけている眼鏡のデザインが少し子供っぽいのでは、と指摘したら、翌日には優雅な曲線を描く眼鏡に変えていた。
その行動力の高さは賞賛に値する。歳を取ってくると、やろうと思っても様々な『やらない理由』を考えて、やらなければならない物事を先送りにする癖がついてしまうものだ。オーヴァルを見習わなくては。
「出勤したら、センター内がエイジさんの話で持ち切りなんです!」
「ラファエロ達と乱闘してしまった。騒ぎを起こしてしまった事については謝罪する、すまない」
「あぁ、いえ。私は非番でしたし、センターの施設にも被害は無いので大丈夫ですが……エイジさんこそ大丈夫でしたか?」
「日頃から色々と備えていたからな、問題無い」
当然の事だが、ギルドセンターの施設内での冒険者同士による暴力沙汰は禁止だ。違反した場合、三カ月以上の冒険者活動禁止、及び五万以上十万アンス以下の罰金の対象となる。
俺はラファエロ達に襲われて、身を守る為にやむを得ず反撃に出た。ギルドの治安を維持する警吏達も俺の行動は正当防衛だったと認めてくれている。
「お怪我は無いようでなによりですが……ラファエロさん達と何が……?」
「ケンカ別れした。俗に言う追放だ」
「どう俗に言ってるんです!? 同僚からは、エイジさんがラファエロさん達にケチをつけて、あの三人から武器を巻き上げてボコボコにしたって聞いていますよ!?」
「オーヴァル。それは事実じゃない。俺は──」
「催涙と麻痺で前衛職の二人を行動不能にして、ミリアーノさんには魔術を封印する白く粘つく液体を大量にぶっかけて無力化、そのまま大量の冒険者達の前で武器を取り上げたって!」
事実は事実だが、もう少し言いようはなかったのか、同僚。
「オーヴァル。今君が言った事は事実だ。事実だが、それには事情がある」
「で、ですよね? エイジさんが何の理由も無く暴力を振るうなんて有り得ません……!」
ギルスの優しさによって緩んでいた涙腺が崩壊しかかった。これも歳か。異世界に来てから早一年。三十三歳になった肉体に老いを感じずにはいられない。
「そう評価してもらえるのはありがたい。売り言葉に買い言葉になってしまったのは認めるが、昨日の騒動は本意ではなかった」
「はい、分かっています。エイジさんは用意周到な方です。日頃から自分の事を奴隷のように酷使していたラファエロさん達に復讐をするのなら、入念且つ綿密な計画を立てて、然るべき時と場所で実行に移すはずです」
「君は俺を狡猾な犯罪者か何かと思っているのか?」
そういう評価は嬉しくなかった。
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