4話
「気は進まないが、冒険者を続けるつもりだ。俺にも生活がある」
この稼業を始めたのは生きる為だった。識字も含めてこの世界の言語について何故か問題無かったが、見知らぬ土地で自活するには仕事を選ぶ余裕など無かった。
それでも冒険者の業務内容に対しての収入の低さには嫌気が差しているのは事実だ。依頼の危険度に比例して報酬は増額されるが、魔獣討伐や未踏査迷宮の地図作成など、『どれだけ積まれても割に合わない』。
ここは日本でもなければ地球でもない。医療保険や労働保険、生命保険等の現代的社会保障制度なんて存在しないのだ。負傷者への保障は最低限用意されているが、後遺症や障害が残るほどの重傷は対応不可。身体を壊した瞬間に詰む。そんな状態で獰悪なモンスターと戦うなんて論外だ。
危険の少ない依頼を慎ましくこなす。そういう指針を掲げていた俺を、ラファエロ達は嘲笑した。そんなに安全に生きたいなら貴族や聖職者にでもなるしかないと馬鹿にされたものだ。
ラファエロ達が無茶な依頼を受注する度に、俺は寝る間も惜しんで道具を錬成して仕事に望むしかなかった。幸運な事にラファエロ達も含めて五体満足に一年間を過ごせたが、あんなのはもう御免である。
「生活があるのは分かるが、金を稼ぐだけなら他にも手段はあるだろ?」
「……この街について理解した今ならな。だが、一年前は冒険者以外何も無かった。俺にとってここは見ず知らずの土地だったんだ」
「はは、懐かしいな。挙動不審で警吏にしょっぴかれそうになってた」
嫌な思い出だった。
「そもそも俺は冒険者教習所の免許費用という借金を抱えている。これを返すまで冒険者を辞める事はできない」
冒険者は免許制だ。登録書に名前を書けば誰でも気軽になれる職業ではなく、免許取得には結構な金額を要求してくる。車の免許証と同じようなものである。
この世界に来た直後、俺に経済力なんて無かったので、冒険者ギルドセンターのローンを利用したのだが、その返済が結構な重荷となっている。
「借金してまで冒険者になったってのに、適性のあったジョブは何をするにしても金のかかる錬金術師か。難儀なもんだな」
「その上、ラファエロ達の無茶に付き合わなければならなかったから、道具の材料費や諸々を節約する事もできなかった」
「おいおい。そういうのはパーティーで折半しなきゃ駄目だろうが」
「最初の内は折半していたよ。その内、お前の無能の穴埋めの為にどうして俺達が金を出さなきゃならないんだと言って、1アンスも払ってくれなくなった」
「……あの連中と切れて良かったじゃねーか。ユニークスキルも含めて搾取されてただけなんだよ、お前」
分かっている。だが、突然訳の分からない世界に放り込まれ、右も左も分からずに彷徨っていた俺に手を差し伸べてくれたのはあいつらだった。
「冒険者ギルドへの借金なんざサッサと返しちまいな。転職の面倒くらい見てやる」
「すまない、恩に着る」
「これまで稼がせてもらったからな。気にするな」
ゴツい中年男の優しさが心に染み渡る。
「だが、引退冒険者の転職先とは、具体的にはどういうものがあるんだ?」
「ジョブ次第って話だぜ? 冒険者引退してもジョブスキルはそのまま使っていいんだろ? 錬金術師のジョブスキルは便利だから引き手数多だ」
「悪用すれば重罪だがな」
ジョブスキルには犯罪行為に転用すれば有用なものが多く、冒険者の行動は現役、引退に関わらず、冒険者ギルドセンターによって厳しく管理されている。
仮にジョブスキルで悪事を働けば極刑は免れない。良くて辺境の開拓地で長期間の無償労働、悪くて即斬首だ。
「ところで免許費用っていくらくらいかかったんだ?」
「三十万アンスだ」
「結構するな。だが、それくらいならもう返せてるんじゃ……」
「利息が凄まじい。十日で一割だ」
ギルスが絶句する。古い言葉でトイチというヤツだ。いつの時代の消費者金融だ。
「そいつは利息返すだけで……」
「火の車だ。だからこの後も元気にギルドセンターに行く。せめて利息を支払うだけの依頼をこなさなければならない」
「……ウチの二階空いてるんだが、使うか? 格安で貸すぞ?」
「何から何まで済まない」
その暑く汗臭い胸板に飛び込みたくなった。ギルスには足を向けて眠れそうにない。
こうして懐と心を少しだけ暖かくした俺はギルドセンターへ向かった。
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