3話
「酷い目に遭った」
翌日。俺は台車を引きながらヘムズガルドの中央街道を歩いていた。
ヘムズガルドは近隣の貿易の中継地として栄えている都市国家だ。商人ギルドによって運営されている都合、平日休日祭日関係無く、街の至る場所で市場が催されている。特にこの中央街道の熱気には凄まじいものがあり、露天商達で大変な賑わいを見せていた。水揚げされた南の海の特産品の他、異国の食品や見慣れない衣服、生活雑貨の類が所狭しと売買されている。
錬金術師としては、海外製の薬品や触媒素材を見て回りたい衝動に駆られてしまうのだが──。
「今日は我慢しておこう」
引き摺る台車が邪魔だし、荷台に載っているラファエロ達の武具も邪魔だ。
(錬金術師は確かに直接戦闘は苦手だが、だからこそ俺が身を守る術を磨き続けていたと一年間も一緒にいて何故気付かないんだ?)
ラファエロの斬撃を横に跳んで回避し、同時にその顔面へ強烈な催涙効果を持つ煙玉を投擲。
間髪入れず銃を抜こうとしていたグレッグの口へ、超即効性の麻痺薬を投げ込み。
最後にあたふたしながら魔術の詠唱を始めたミリアーノに、魔術を一時的に封印する液体をぶっかけた。
「備えあれば憂いなしだった」
エイジ・サノ──いや、俺こと佐野詠司は転移者だ。ホワイトな労働環境ながら低賃金な会社で働き、土日や祝日にはのんびりと過ごすという、仕事とプライベートを両立させた毎日を送っていた三十二歳のサラリーマンだった。
それが、ある朝目覚めたらこの世界にいた。
「深夜アニメやweb小説を読んでいて良かったな……」
所謂『異世界転移』だと、一応は理解した。
何事に対しても雑食な俺は、俗に言うニワカな人間だ。オタクと呼ばれるほどアニメやマンガ、ゲームを嗜んでいた訳ではないが、一般人がある日突然異世界に転移して冒険に巻き込まれる的な作品はいくつか触れていた。お陰で混乱こそすれ、状況の把握はできた。まぁ、把握できただけで受け入れるまでに時間は必要だったが……。
やがて馴染みの武具屋につくと、看板を抱えて店先に出てきたヒゲ面の店主と遭遇した。
「よーエイジ。ついにラファエロ達とケンカしたって?」
「話が早くて助かる。彼らから回収した武具を買い取ってもらいたい」
「そいつは構わねぇけど……お前さんがいじった武器は取り扱いできねぇぞ? いや、売りに出したいのは山々だが、確実に問題になる」
台車のラファエロ達の武器を見て、恰幅の良い店主が眼を眇めた。
彼の名はギルス。冒険者をはじめた頃から世話になっている男だ。無知極まる俺に冒険者の装備についてレクチャーを授けてくれたのは彼だった。
ギルスがいなければ、俺は自らが備えた特異かつ異常なスキルの有用性を理解できなかっただろう。
「安心してくれ。『最終限凸』を解除した平凡なR武器だ。二束三文でも構わないから引き取ってくれ」
「ふむ……それなら構わないぜ」
査定は早々に完了し、金額が提示される。
「? 少し多くないか? 修復はしてあるが、それなりに使い込まれた代物だぞ?」
「これから先、しばらく一人でやるんだろう? 手持ちが多いに超した事はねぇ」
カミさんには内緒だぞ? と硬貨を差し出してくるギルス。
捨てる神あれば拾う神あり。この異世界も捨てたものではないと思いながら、俺はありがたく金を受け取る。
「ありがとう、助かる」
「けれどよ。これからどうするつもりだ? 冒険者、続けるのか?」
カウンターで頬杖をつくギルス。その表情には呆れとも憂慮ともしれない感情が浮かんでいた。
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