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第三部

 三人で五代樹の傍に戻ったとき、時間はもう四時になろうかとしていた。夕暮れまではまだ早いが木々に覆われた五代樹の周りの拓けた場所は適度に過ごしやすい環境になっている。

 五代樹の大きな根っこに体を預けてごろんと横になっているツヨシの姿が、すぐに目に入ってアケミがツヨシの名を呼んだ。

「ツヨシ!」

 アケミの声に反応して、ツヨシがゆっくりと体を起こした。

「よかった心配してたんだよ」

 ツヨシの前に座り込んで胸をなでおろすアケミだったが、ツヨシが顔を伏せたままなのに気づいて首を傾げる。

 どうかしたの? とアケミが尋ねると、ツヨシがぽつりと口を開いた。

「アケミ、悪い」

「え?」

「ゲートが閉じちゃった」

 さっと重い空気が空間を支配した。

 すかさず亨が五代樹の裏に回り込んで、ウロの中を覗き込むがウロの中はぽっかりと黒い闇が口を開けているだけで、鈍色に波打っていた光はもう消え去っている。

「ない。何にもない」

 重苦しい声が五代樹の向こうから聞こえ、歩は改めてツヨシに視線を送った。ひどく落胆しているようで、力なくうなだれた腕はぴくりとも動かない。

 自信満々でどこか偉そうだった少年の姿は、もう垣間見ることさえできない。

「誤作動が起きてシステムエラーが起こってゲートが一時的に閉じたんだ。多分復旧するだろうけど、その時ここに穴が通じるとは限らない。仮に通じたとしてもゲートが開いてる時間は最低でも日が暮れるまで。時間が足りなさすぎる」

 間を開けて、本当に悪い。とツヨシは再び呟いた。

 同時に沈黙が訪れる。ツヨシはもちろんアケミも歩も亨も、口を開くこともできずただ自分の立っている場所に釘付けになったような錯覚に捕らわれてただ立ち尽くすだけだ。

 風が二、三回五代樹の葉を揺らした時、ようやく歩が口を開いた。

「ゲートってこの町に開くの」

「ああ半径五キロメートルくらいに抑えきれるかもしれない。でもどうしても誤差が生じてしまう。同じところに開く可能性の方が少ない」

「つまり山の中だったり、ビルのてっぺんだったりする可能性もあるってことだよね」

「それだけじゃない。下手をすれば空の上だったり木の幹の中だったりする」

 亨の声に覆いかぶせるように絶望的な言葉をツヨシが並べる。

「でも可能性がないわけじゃないだろ」

 なんとか亨が希望的な観測をしようとするが、当のツヨシはもうすべてを投げ出しているかのように口元にうすら笑いを浮かべて首をふった。

「限りなくゼロに近い……お手上げだよ」

 再度の沈黙が四人を包んだ。


 その沈黙を破ったのは、短く震えるアケミの声だった。

「諦めるのはまだ早い。そうでしょ」

「……悪い」

「まだ早いって言いなさいよ!」

 唇を噛んでさらに深く俯いたツヨシの胸倉をぐっと掴んで、アケミは叫んだ。置いてけぼりを食らっても笑っていたアケミの豹変ぶりに、歩は驚いてアケミの肩に手を掛けてツヨシから引き剥がそうとしたが、アケミは構わずツヨシに叫ぶ。

「まだ帰れないって決まったわけじゃない。そうでしょ、じっとしてる暇があったら立ってゲートを探せばいいじゃない!」

「何にもわかってないな! いいかい、いくら詳細に事前にポイント設定していても地球は時速1400キロで自転してる、おまけに設定したのはこの時代じゃない。なんの誤差もなしに手の届くとこにゲートが現れるのなんて不可能なんだよ」

 鼻がくっつくほど顔を近づけて睨みあう二人だったが、ついにアケミが手を離し無言で踵を返し、歩き出した。

「どこに行くんだよ」

「そこにいなさいよ。私はゲートを探すから、私は諦められない」

 振り返らずにそう言いきったアケミは一人、姿を消してしまった。

 残された三人の内、一番に動き出したのは意外にも亨で立ち上がりながらまだ動けないでいたツヨシに質問を投げかける。

「ツヨシ、ゲートってのはあの光のことだよな。あれって実際どんな形してるんだ」

「……空中に形成されても地面や壁に形成されても水を床にこぼしたみたいな歪な形をしてる」

「了解。高科さん俺部活のみんなに協力してくれるように頼んでみる」

 歩が頷くのを見届けると、亨は勢いよく走り出してすぐに姿を消していった。


 これで残されたのは二人だけ。

 何をすべきかはわからない。しかし何ができるかは歩は知っていた。

「ツヨシくんみんな行っちゃったよ」

 返事はない。予想通り。

「アケミさん怒ってたよ」

 また返事はない。これも予想していた。

「でも、一度もツヨシくんのこと責めなかったよね」

 ぴくりとツヨシの肩が動いた。歩は静かに言葉を続ける。

「タイムマシンを造ったツヨシくんはすごいけど、でもここで諦めないって前を向いてツヨシくんを責めずにアケミさんもすごいよ。何よりも強いと思う」

 言いきってから、ツヨシに背を向け歩は歩き始める。その途中で歩を止め、振り返り言葉を丁寧に投げかける。

「私は信じる。アケミさんとツヨシくんがタイムトラベラーだって。だから協力するよ、絶対にゲートを見つけるから。だってほら友達でしょ」

 スカートを翻して歩が去り、最後の一人が残されたこの場所はひどく静かだ。ツヨシは五代樹の手に広げた葉々をぼんやりと眺めて、ぽつりと口から言葉を吐く。

「……カッコ悪いな」

 ツヨシの声は、さざ波のような葉の音にあっという間に飲み込まれ空気の中に埋もれていってしまった。


 陽は傾き、眼下に広がる町並みはうっすらと夕陽に染まり始めていた。山道を駆け降りる歩の右手には色が変わりつつある太陽が、歩の心を焦らせる。足が絡まないように注意しながら砂利を蹴りあげて、踏んずけて、ある人の背中を目指して走り続けた。

 息はあっという間に切れてしまい、顎が自然に上を向いて速度が落ちそうになるがぐっと堪えて歯を食いしばって前を見据えた。

 砂利道がアスファルトに変わったちょうどその時、肩を落として歩く人の背中が現れ歩は大きな声でその人の名前を呼んだ。

「アケミさん!」

「歩ちゃん」

 振り返って立ち止まったアケミの目の前で急ブレーキをかけ、肩で大きく息をしながら歩はなんとか声を絞り出す。

「て、手伝うよ。ゲートを探すの」

「ありがとう」

 にこりと笑みを作ったアケミとその「ありがとう」は張りぼてのようにつぎはぎだらけで、夕日に照らされていたアケミの瞳には堪えても堪え切れないほどの涙が浮かんでいて、歩は言葉を失った。

 歩の表情を見て、アケミは苦笑した。その拍子に一筋の涙が瞳から零れおちる。

「あーダメ。水島くんの時は我慢できたのに」

 ぽろぽろと音もなく零れはじめた涙は夕陽を反射して鈍く光り、とても綺麗だ。しかし涙が流れるアケミの顔に浮かぶ笑みは、歩には見るに絶えないほど痛々しいものだった。

 あの時ツヨシを怒鳴りつけたアケミが本当の彼女なのか、出会ったときに感じた儚い雰囲気のアケミが本当の彼女なのか、それともこうして気持ちを押し殺して笑っている彼女が本当の彼女なのか歩にはわからない。

 ただ不思議なことに、お互い顔を合わせてたった数時間しか経っていないのにこれじゃいけない、何かを変えなければならないと確信していたのも事実だ。

「大丈夫だから。探しに行こう、走ろうか」

 先に駆けだしたアケミに向かって、歩は叫んだ。

「私の前だったら泣いてもいいよ。出会ってちょっとしか経ってないけど、同じ時代ときの人じゃないけど、でもだからこそ私の前なら無理して笑わなくても構わないから!」

 アケミはくるりと身軽に半回転して、とんっと両足を地面につき歩の方に向き直る。

「言ったでしょ。もう大丈夫、でもありがとね」

 夕陽が眩しくて、眩しぎてやけに明るい声の主が一体どんな顔をしていたのか歩は知ることができなかった。


 半径五キロ以内の範囲ををただ闇雲に探すというのではさすがに無策というわけで、部員たちと落ち合った亨と連絡をとり、裏山を中心として北側と東側を美帆と亨などの部員達が探し、西側をアツミと歩が捜索することになった。

 残る南側を探せる人数はおらず、そこにゲートが現れないことをただ祈るだけだ。

 学校にいったん戻り自転車を引っ張り出すと荷台にアツミを乗せて歩は勢いよく学校から飛び出して、坂道を下っていく。生ぬるい風を全身に受けながら二人はあちこちに視線を配らせる。

 ゲートは普通の生活していたらまず見ることな出来ない特殊な色彩だ。もし人目に着くとこに出現したら騒ぎにもなるだろう。

 視覚、聴覚、吸覚、肌に触れる風さえからも情報を得ようと歩は必死に意識を集中させる。自分達が繋ごうとしている望みは糸よりも細く小さなものだ。

 それでも前を向く。

 嘘だろうと強がりだろうと泣いていようと後ろに乗るタイムトラベラーは、大丈夫と笑ったのだ。だったら後は時が来るまで足掻くだけだろう。

 自然と歩のペダルを踏む足やハンドルを握る手に力が入る。

 そして歯を食いしばりながら歩は強く祈った。


 どうか、奇跡が起こりますようにと。


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