隣のたらこは間違いなく赤い
赤いんだ。
絶対、あっちのほうが赤い!
○ ● ○ ●
中学の修学旅行で九州へ行った。
並べられた長机に向かってみんなでごはん。
その時のことだった!
「ふーひー。美味しそう!」
小熊木葉ちゃんがそう言ったのだった。
わたしの隣で、並べられたお膳の上のごはんを見て。
「九州っぽいメニューだね〜」
わたしはニコニコしながらうなずいた。
ミニもつ鍋、さつま揚げ、馬刺し、とり天、デザートにカステラ、かき氷みたいにスプーンで食べるミルクセーキ!
男子には不評みたいで、あっちで黒森マサシくんがぶーぶー言ってる。愛犬家燐太郎くんなんか「トンカツとハンバーグしか食べられないんだ!」とか恥ずかしいことを声を大にして主張してる。
女子はグルメだ。皐月湖ちゃんはミルクセーキを前にキャッキャ言ってる。家門チー子ちゃんなんか「ムツゴロウの塩焼きも食べたかった」とかマニアックなこと言ってる。
でも、九州といえば、博多明太子じゃないの?
なぜか小鉢に入ってるのはあんまり辛くなさそうな、とってもピンク色した、どう見ても『たらこ』だった。
「これ、たらこだよね?」
「うん、明太子じゃないと思う」
「たらこと明太子ってどう違うの?」
「色だよ、色。明太子は唐辛子色。たらこは素材のピンク色」
「原材料も違うんじゃない?」
「知らん」
物知りの日田真里ちゃんが風邪で参加してないから誰にもわからなかったけど、唯一みんな意見が一致したのは、これが明太子じゃなくて『たらこ』だということだった。
「いただきます!」
先生の合図で合掌して、みんなで楽しいごはんタイムが始まった。
むしゃ、むしゃ。あはは! うん、うん。おいしいっ!
その時、わたしはふと、気づいたのだった。
隣の小熊木葉ちゃんのほうのお膳に乗った小鉢──
そこにぽてんと盛られた『たらこ』が、わたしのよりも、とっても美味しそうなことに!
「赤っ!」
わたしは思わず声を出していた。
「えっ?」
小熊木葉ちゃんがびっくりしたような声を返す。
どう見ても赤い。わたしのより赤い。明太子みたいにじゃなくて、とても鮮やかな天然の赤が、すごく美味しそうだった。
しかも、でかい。わたしのたらこの1.3倍は大きさがある!
わたしは言った。
「わたし、そっちのほうがいいな!」
小熊木葉ちゃんは答えた。
「えっ? だめだよ〜。自分の食べな」
あっ、この子、たらこ好きだな?
しかもがめつい。ケチだ! いいじゃない、かえっこぐらい、してくれたって……。
「いいな、いいな〜……。木葉ちゃんのたらこ……。赤くて、大きくて、いいな〜……」
「だめ、だめ。これは運。運なの。たらこ大好きな木葉に食べなって、たらこの神様が言ってるの」
そう言って木葉ちゃんは、ぷいと顔をお膳に戻す。
いいな〜……。
赤くておっきなたらこ……。
いいな。
木葉ちゃんは好きなものは後に食べるタイプなのか、まだたらこには箸をつけてない。
わたしは自分のたらこを見た。ちっちゃくてピンク。
木葉ちゃんのたらこを盗み見た。でっかくて、赤々としてる。
ぽとっ。
涙が落ちた。
「ほしい……」
唇が震えた。ちなみにわたしの唇はたらこじゃない。
「そっちのたらこがいい……。わたし、そっちのたらこが食べたかった……」
泣き出したわたしを、信じられないものを見るようにチラリと見てから、必死に無視する木葉ちゃん。
わたしはしつこく、しつこく言った。
「いいな〜、でっかいたらこ。まっかっかなたらこ……。きっと美味しいだろうなー……。美味しそうだなー……。それが食べたい。わたし、それが食べたい。木葉ちゃんのたらこが食べたい。だってわたし、たらこ大好きだもん。木葉ちゃんに負けないぐらい、たらこが大好きなんだもぉぉお……んっ」
木葉ちゃんが、そっとたらこを差し出して来た。面倒臭そうに、それをわたしのお膳の上に置くと、仕方なさそうに、わたしのピンクのたらこを取って行く。
ぐすっ、くすんと鼻をすすりながら、わたしは機嫌が直った。何も言わなかったけど、心では『やったぁ』と思っていた。
目の前にたらこ。まっかっかなたらこ。木葉ちゃんのだったたらこ。今はわたしのたらこ。
すごく美味しそう。
いっただっきまーーす!
泣いたのが恥ずかしかったので、笑わなかった。泣き真似をしながら、赤いたらこをお箸で割ると、中はピンク色だった。外の赤さと中のピンクがすごくいい。わたしのものだ。これはもう、わたしのものなのだ。
涙を流しながら、幸せいっぱいで口に入れた。
もぐもぐっ!
ぷちぷちっ!
あれ……?
なんか……美味しくない、これ。
なんか大味……。しかも辛い! これ、辛子明太子と間違えて出したんじゃないの?
しかもちょっと生臭かった。見た目はすごく美味しそうなのに……。
「美味しいっ!」
隣で木葉ちゃんが声を上げた。
「このたらこ、すっっごく美味しいね〜!」
ほんとうに美味しそうな笑顔だ。
見た目はアレだけど、味はそっちのほうが美味しかったんだ……。
また涙が出そうになった。
自分のたらこを信じればよかった。
隣のたらこは間違いなく赤いけど、自分のたらこのほうが美味しかったんだ……。
泣いたけど、もう遅い。
わたしのたらこはもう、木葉ちゃんが食べちゃった。
物語に登場する人物は実在の人物及びなろう作家さんとは関係ありません