八話 叫ぶ獣
「何もないね」
「はい」
「………」
私達は扉の前で佇んでいた。
扉の向こうの空間は広々としていて、天井も高く、奥をよく見ると下へ続く階段があった。
今まで狭い通路を進んできた私には、この部屋がとても開放的に思えた。
だがその部屋の中には何か物が置かれているわけでは無く、誰かいるわけでも無かった。
なんだか拍子抜けだな。
てっきり扉を開けた瞬間ボス的な怪物が襲いかかってくるのかと思った。
「何もいないし、入っていいかな?」
「いえ、待ってくださいユウカ。一応念の為にスケルトンで探索を」
「ああ、そうだね念の為」
確かにそうだ、安易に入ったらさっきのスケルトンみたいに爆死するかもしれないし。
私はスケルトンに部屋の中へ行くよう命令したが、隅々まで探索させても何も起こらなかった。
「何もないみたい」
「そうですね………」
罠もないなんて、ここは何の部屋なんだ?
宝箱の一つくらい置かれていてもいいと思うんだけど。
「あの」
「ん、どうかした?」
「あッ……いえ、おそらくこの部屋には元々何かがいて、あの階段を守っていたのでしょう。もしかすると遺跡の終わりは近いかもしれません」
今何か言おうとしていたような……気のせいかな?
でも、この遺跡の攻略は近そうだ……! そしたらノアちゃんに私の境遇を話そうかな、ずっと隠しておくのも心苦しいし。
私達はスケルトンを引き連れて部屋の中に足を踏み入れたが、やはり何も起こらなかったのでそのまま階段へ一直線に向かって進んだ。
中間あたりまでくると、いきなり入ってきた扉が閉まった。
「な、なに!? と、扉が」
「……ユウカ何か聞こえませんか?」
「え? 何も聞こえ」
『ドン、ドン、ドン』
「ほ、本当だ何か聞こえる……なんの音?」
「……階段のほうから聞こえてきます」
聞いた事もないその音は階段のほうから聞こえてきた。
そして次第にその音は大きくなっていった。
「どどど、どうしよう、わわわ私は」
「落ち着いてください」
「は、はいすいません」
そうだ落ち着け私、逃げ道が封じられたからと言って取り乱すな!
深呼吸だ、すう、はあ、すう、はあ……ふう。あ、私人形だから息してなかった。
さらに音は大きくなる。
すると次の瞬間、ずっと目を離さず見てていた階段から、その怪物は姿をあらわした。
最初に見えたのはツノだ、しかもそのツノには既視感がある。
そう、そのツノは自分の元いた世界で見たことがある牛のツノだ。
さらにツノが生えているその頭はどこからどう見ても牛そのものだ。
そして上半身は人間の体、下半身は牛の足で、茶色の体毛が生えていた。
「こ、これって」
「み、ミノタウロス……」
み、ミノタウロスってあの!? 強いのか……? いやちょっと待て、あいつ手に何か持って……あああれって、はははハンマー!?
「ノアちゃん、あいつが手に持ってるの」
「「「「ブモォォォォォ」」」」
ほえたァァ!!
めめめっちゃ強そう、いや絶対強いよね。
すると突然ミノタウロスがこちらに向かってノシノシと歩いてきた。
「こっちきたよ! どうしよう!」
「ユウカ! スケルトンを」
「わわわかった、行けスケルトン!」
私は既に召喚してあったスケルトン全員を、ミノタウロスに向かって突撃させた。
スケルトン達は一気にミノタウロスの元へ走っていった。
そして膝あたりに攻撃しようとしたが、突然ミノタウロスは持っていた戦鎚を振り上げ、勢いよく振り下ろした。
『ドン!』
「なッ……一振りで」
その攻撃は強力だった。
たった一振りで十数体いたスケルトンを全て破壊した。
こんなのどうやって倒したら……大量に出し続ければいけるかな?
「ユウカ、どうしますか」
「……スケルトンを一気に出せばいけるかなって」
「そうですね……あの武器を振り下ろした瞬間隙ができます。その間に攻撃できれば」
確かに、あんな重そうなもの振り回していたら、そりゃ隙くらい生まれるよね。
もう一回召喚して攻めよう。
私はスケルトンを一気に数十体召喚して再度ミノタウロスに突撃させた。
「行けスケルトン!」
突撃したスケルトンの大半は勿論一発でやられたが、ノアちゃんの見立て通りミノタウロスは少しの間硬直した。
私は攻撃のチャンスだと思い、残ったスケルトン達にミノタウロスを追撃させた。
「いける……! あッ」
もう少しでスケルトンの拳が届くところで、ミノタウロスは持っていた戦鎚を手放し素手で残っていたスケルトンを破壊した。
「うそでしょ」
「……ユウカ、一旦距離をとりましょう」
「あ、うんそうだね」
私達は急いで壁の側まで逃げた。
うゥん、あれでダメならもうどうすれば。
もっとスケルトンに細かい命令をして……細かくって言ってもどうやれば、戦略とか戦術とか全然わからないし。
「ユウカ、来ます」
「え? あッ!」
ミノタウロスは突然こちらに向かって突進してきた。
咄嗟に私は避けようとしたが、体が思うように動かなかった。
「「ユウカ!」」
「「うあッ!」」
突進してくるミノタウロスを前に動くことができないでいると、ノアが私を突き飛ばした。
と同時にミノタウロスの攻撃をくらい、ノアの体はバラバラになってしまった。
「「「ノアちゃん!!」」」
ミノタウロスは勢い余って壁に激突し、そのままめり込み抜けなくなっていた。
私はノアのバラバラになった体の元へ駆け寄った。
「の、ノア……ちゃん」
「ユウカ、今のうちです。ミノタウロスを攻撃してください」
確かに今なら確実にやれるかもしれないけど……そんなことよりノアちゃんをどうにかしなきゃ。
それにノアちゃんこのままを放置も危ないし。
「ユウカ、もし私の事を考えているのなら心配いりません」
「え、大丈夫なの?」
「痛みを感じないのかということなら、人形なので大丈夫です」
「いや、そうじゃなくて……死なないよね?」
は、違うそうじゃない。
ノアちゃんはもう既に死んでいるから。
「の、ノアちゃんの魂は」
「ユウカ、安心してください……大丈夫です」
「ほ、本当に?」
「はい、ですからあいつに攻撃を」
私は少しホッとして、ミノタウロスのほうを見た。
ミノタウロスは既に壁から抜け出していて、ゆっくりとこちらに体を向けながら睨みつけてきた。
もう抜け出してる。
とりあえず距離を十分にとらないと、あの突進は物凄く速いからね。
反応できるくらいに離れて……て、今の私は幼い人形の体だから歩幅が短いうえに、ノアちゃんを抱えているから走れない!
「どうすれば………あ! スケルトンに乗って移動すればいいじゃん」
そうだその手があった。
そうすればあの突進攻撃も避けられそうだ。
私はスケルトンを一体召喚して、その背中に乗った。
そしてミノタウロスから距離をとるように命令した。
「おお! 意外と速い!」
スケルトンの足は予想以上に速く、追ってくるミノタウロスから常に一定の距離を保ったまま走り続けた。
私はその間に、スケルトンを連続して大量に召喚した。
よし、こんなに絶え間なく大量に出し続ければ一二体の攻撃はくらうよね。
ミノタウロスは大量に出てくるスケルトンを一気に薙ぎ払っていく。
だが、ちょっとした隙を突いて一体のスケルトンが脇腹に攻撃を与えた。
ミノタウロスは一瞬怯んだが、すぐに立て直して攻撃したスケルトンを破壊した。
「あッ、惜しい」
だがスケルトンが与えた攻撃は意外にも効いていて、ミノタウロスは急に息を上げて苦しみだした。
そして攻撃を受けた箇所は目に見えて明らかにへこんでいた。
「よし! 倒せそうだよノアちゃん」
「………」
「ノアちゃん……?」
返事は返って来なかった。