四話 小さな女の子
「誰ですか? お母さんじゃ無いみたいですけど……」
女の子は突然起き上がって、表情一つ変えずに私の方を見て問いかけてきた。
私は女の子のあまりに整った顔立ちに一瞬、見蕩れていた。
黒髪のショートヘア、前髪は目上まであり、髪は少しボサボサしていた。
体格は十歳くらいの少女と大差ないが、少し痩せている。
無表情で、口が小さくジト目で、よく見ると左右の目の色が青と黄色で色が違った。
どこからどう見ても人形にしか見えかった。
少し焼け焦げた黒いローブを着て、じっとこちらを見つめている。
私はふと、横に転がっている死体を見て我に帰った。
まずい、非常にまずい……子供にあんなグロテスクな光景を見せるわけには。
ま、まずはバレないように証拠を隠ぺい……て、私は事件の犯人か! いや実際に犯人だけど。
どうしようかと考えていると、突然死体の体から紫色のモヤモヤしたようなものが溢れてきた。
そしてそれは、ゆっくりとこちらに向かって進んできていた。
慌てて避けようとすると、スッ、と消えていなく無くなった。
今のは何だったんだ? 何か出てきたみたいだったけど?
「あの…………もしかして! 霊体ではなく魂なのですか?」
えッ、今魂って言ったの? そういえばさっきもこっちを見て誰かと聞いてきたし………もしかして私の事が見えてるのかな?
「……話せますか?」
やっぱり私の事が見えている……もしかしてあのゾンビ達と同じ……には見えないし。
「あ、えっと、こんにちは」
「こんにちは。霊体だったのですね………それで、この方は?」
そう言うと女の子は転がっている死体を指差した。
「あの、えっと、君に酷い事しようとしてるのを見かけて」
「殺したのですか?」
女の子から出た、あまりに突拍子もない言葉に、一瞬思考が停止した。
もしかして、知り合いとかそういう……いいやあんな状況だったんだ、それは違うだろう。
ウゥン……自白するか。
「えっと、私がやりました」
「そうですか、安心してください」
そう言うと女の子は、死体にそばにいき手をかざした。
すると突然かざした手の平から炎の球が出た。
女の子はその炎を死体に向かって何のためらいもなく放った。
「えッ! 何やってるの!?」
「………こうしないと、アンデッド化するのです」
アンデッド化って……もしかしてあのゾンビ達の事?
だとしたらこの森で死にすぎじゃない? ていうか私、結構倒しちゃってたよ。
「そ、そうなんだ………」
「罪悪感を感じるのですか?」
罪悪感か……そういえば、さっきから不思議だった。
普通人を殺したら嫌なはずなのに、私はあんまり何とも思わなかった。
「………それが、よくわかんなくて……あまり罪悪感は感じないかな」
「それはきっと、愛されているからです」
「愛? 誰に?」
「邪神です」
邪神って…………急に神とか言われてもよくわからないな……いやいや、今はそんな事より目の前の燃えてる死体だ。
アンデッド化するっていう理由は漫画とかよく見るからわかるんだけど、なんでこの子は平気なんだ?
「平気なの?」
「何がですか?」
「その……死体とか」
「死体はそこら中を歩き回っていますし、私も死んでいますから」
え? 死んでるってどう言う意味?
私がしばらく黙っていると、女の子は辺りを見渡して、燃えている塔を見たあとこちらに振り返り、さっきとは違う少し張り詰めた声で聞いてきた。
「あの、あなたの他に人はいましたか?」
「え、えっと、大人達が四、五人いたけど、どっか行っちゃった」
「背の高い女性で、黒いローブを着ているのですが」
そんな人はいなかったような………うん、いなかった、皆んな男性だったし。
「いや、見なかったけど」
「………あの、塔の中を探してきてくれませんか?」
「塔の中って……あの燃え盛っている中に………? 自殺行為なんじゃ」
「安心してください、霊体にあの炎は効きません」
私がためらっているのを見て、火の中に飛び込んでいっても大丈夫とお墨付きをくれた。
「ほ、本当に?」
「ええ、急いでください」
淡々と、でも少しきつく言い放たれた言葉に促されて私は塔の中に入っていった。
確かに熱くない、でもあんまり長居したくないな……ん! あれは人……じゃなくて人形だった。
……特に人がいる気配はないな。
塔の中をくまなく探したが誰もいなかった。
それを伝える為に、塔から出て女の子のもとへ戻った。
女の子のもとへ着くと、燃えていた死体は肉片一つ残さず灰になっており、残った骨を女の子が踏み潰しているところだった。
「あ、あのォ」
「どうでしたか?」
「誰もいなかったけど……」
気のせいだろうか、女の子が少し悲しそうな表情をしたように見えた。
でも、多分探してるの知り合いだよね……こんな時なんて言葉を掛けたらいいのだろう。
「……名前は、何と言うのですか?」
「え……! ああ、私の名前は秋山ユウカ」
「あきやま?」
「ユウカでいいよ」
「そうですか、ユウカ……私はエレノアといいます」
エレノアか、エレノア………そうだ!
「じゃあ、ノアって呼んでいい?」
「………いいですよ」
「ありがとう、ノアちゃん」
なんか少し距離が離れたような気がする。
でも、やっぱり私幽霊だったんだ……ずっとこのままなのかな?
あと、この子どうしよう……置いて行くわけにはいかないし。ウゥン。
「ユウカ」
「ん、何?」
「来て欲しい所があるのですが」
「来て……欲しい所?」
「はい、ついて来てください」
そう言うとノアは、トコトコと森の奥に向かって歩き出した。
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結構進んだけど、まだかな。
そんな事を考えながらしばらく進んでいると、地面に空いた穴が見えてきた。
人が一人入れるくらいの大きさで、中には梯子がかけてあった。
「ここは?」
「ここは遺跡です」
遺跡……? 遺跡ってもしかして、ダンジョンみたいなやつかな?
だとしたら、攻略とかすればお宝が手に入ったりできるかな!
「そして私達の拠点でもあります」
「拠点……? じゃあ、さっきのあの場所は?」
「二つ拠点を構えているのです」
「なるほど二つ」
「ここでしばらく暮らしましょう」
「え! 私も!」
「はい」
おォ! これでしばらくはゾンビ達に気を配らないでいい!
眠くならないとはいえ、ちょっと疲れてた気がしてたからよかったァ。
ノアは梯子を降りていくと、下から私に向かって手を振った。
私も下へ降りるとそこには家具が設置してあり、隅には人形や見たこともない道具があり、奥には扉があった。
「おォ、なんか秘密基地みたい!」
「よくわからない物は触らないでください」
「あ、はいわかりました……」
ノアは小さい体で、真ん中にある椅子に腰掛けた。
「いろいろ聞きたいことがあるでしょう。わかる範囲でなら答えられます」
聞きたいことか……確かに、この世界に来てからわからない事がいっぱいある。
最初に光に包まれた時女の人の声が聞こえた事、そして召喚された後なんで私は殺されたのかとか。
でも……今一番気になる事は、ノアちゃんのことだよね。
だってさっき自分は死んでるとか言っていたし、なんであんな森の中にいたのか気になる。
「それじゃあ、ノアちゃんはなんであんな所にいたの?」
「………私達はお母さんの預言に従ってこの森にきたのです」
預言か………そういえば司教とかいう人も予言がどうのって言ってたな……あと私のことを男と勘違いしていたっけ……思い出したら腹が立ってきた。
「ちなみにどんな預言?」
「それは……あなたがこの森に来るという予言です」