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オノマトペの話

 窓の外では午前中はしんしんと降っていた雪がパラパラと雨に変わり、しとしと街を濡らしていた。ジャーッと車が水を撥ねる。

 何日も降り続く雨と雪のせいで屋内にジメジメがじんわりと広がり、登校する間に靴はびちゃびちゃに濡れ、靴下までぐじぐじと濡れていて気持ち悪い。

 しかしポタポタと滴が垂れる音を聞きながらしんとした中で本を読むのは気持ちが良い。紙をめくるペラリという音。ゴーゴーと鳴る暖房。たまに廊下を走るバタバタという足音。

 じっくり浸っていると、ドシドシと廊下を進む人が居た。ビクリとした後、急いで本をパタリと閉じ、薬缶をストーブにかける。シューと水滴が蒸発するのと同時に、部室の扉がバタンと開かれ、その主がずかずかと入って来る。途端に部室の雰囲気もガラリと変わる。

 カッカッと肩を怒らす先輩はドンドン足を踏みならしながら椅子にどっかりと腰掛けた。

 煎餅の入った袋をグイッと引き寄せ、ガサガサと探ってバリバリ噛み砕く。そして僕がスッと差し出した熱々のお茶を、気にすることなくぐいっと飲み干した。彼女の口内は熱を感じないのだろうか。それともキンキンに冷えているか。


「何なのよこの天気は! ぐずぐずいじいじと鬱陶しいわね!」

「そんなわーわー言わずに……」


 キーッとしながら机をバンバン叩く。その度に机がギイギイ悲鳴を上げて、先輩の力強さに背筋がひやりとする。

 先輩はいつもイライラを抱えているような人で、今日は天気に当たり散らしていた。

 ガミガミとうるさいのだが、対象が人でない分マシである。彼女が誰かに当たり散らした後は僕がペコペコと頭を下げて回らないといけない。その前に先輩にへこへこ頭を下げているが。

 先輩はじっとしていればあっと驚くような美人なのにもったいない。誰にでもキャンキャン噛みつく先輩が廊下を歩く時は誰もがそそくさと道を空ける。

 残り二枚しかなかった煎餅をすぐに平らげると、袋をくしゃくしゃにしてゴミ箱へポイッと放る。ポテンと外したそのゴミを先輩はちゃんとゴミ箱に捨て直した。

 普段が普段だけに、こういう何気ない仕草がチラッと垣間見える度にホッとする。僕がこの部活を辞めない理由がこれかもしれない、なんてぼんやりと考える。

 この部活はただボケーッと暇を潰すだけの部活だ。なので僕は黙々と本を読み、先輩は気ままに携帯ゲームに興じる。カチコチと時計の針が進む。

 カチカチとボタンを押す音が加わり、時折、部長のチッという舌打ちが聞こえる。


「雨、いつになったら止むの?」

「これから少し強まるみたいですよ。その後に晴れるって……」


 見ると、雨脚はいつの間にザーザーと強まっていた。カララと先輩が窓を開けたせいでより強くその音が聞こえた。今帰ると雨にビッシャリ濡れるだろう。

 ひゅうと入って来た風に体をぶるりと震わせる。「悪かったな……」とぼそりと言って先輩は窓をぴしゃんと閉めた。


「詫びにコーヒーでも淹れてやるよ」


 ビックリした。先輩は何をするにも人に命令する人で、自分では何もできないアッパラパーだと少し思っていた。


「……お前、今失礼なこと考えたろ」

「め、滅相もない!」


 ジロッと睨めつけられ、ギクリとしてあたふた否定する僕。妙な脂汗が体全体をじっとりさせた。じぃっと僕を睨み続けた先輩だったがフイッと視線を外すと、スタスタと給湯室の方へ向かった。

 うちの部室にはなぜか給湯室がある。

 そこから取ってきた僕のマグカップをコトリと置く。そして僕のカップと先輩の湯飲み、その両方にインスタントコーヒーをどっさり入れた。


「あの……先輩?」

「文句あんのか?」


 おずおずと言い出してみるが、ぴしゃりと撥ね付けられる。

 続いて砂糖がドサドサ入れられた。

 先輩は加減という物を知らないのだろうか。

 やがてシュンシュンと鳴る薬缶を手に取ると、ぐらぐら沸いていたお湯をドバッと注いだ。ぴちゃりと撥ねた水にもケロリとしていたので、僕がささっと拭いておく。

 そして最後にミルクをとくとく注ぎ、先輩のカフェオレは完成した。


「遠慮しないで飲めよ!」


 でん、と構える先輩を見る限り、きっと普段からこれをがぶがぶ飲んでいるのだとわかる。コーヒーの粉も砂糖もあんなにどっちゃり入れるのを見たことない。

 それを先輩はごくごく飲む。

 言いたい文句をグッと堪えてカップをガッシリ掴む。これから戦場に向かうような気分だ。もしも不味いなんて言ってしまったらガシャンと雷が落ちることだろう。

 クッと口に含むと、カーッとする甘さが喉をヒリヒリ焼くようだった。何とかちびちび飲んだがこれ以上は胃がげんなりしそうだ。

 見ると、カップの底でコーヒーと砂糖がデロデロになっていた。

 先輩と目を合わせるのが恐ろしくてチラリと窓の方を見る。

 いつの間にかざんざん降っていた雨はピタリと止み、日がさんさんと差していた。水たまりもキラキラと輝いている。この隙に、と考えているのか、ワラワラと生徒達が帰って行く。

 遠くの空ではキーンと飛ぶ飛行機がモクモクと飛行機雲を作っていた。

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