8話:そしてTSへ…
薄暗い人工的なダンジョンの中を裸足でぺたぺたと進む。
今の俺は完全に幼女メンタルになっていた。
「ふえぇ……こわいよぉ……さみしぃよぉ……」
そこには自信たっぷりなのじゃロリの俺の姿はどこにもなかった。まるで迷子の幼女だ。実際迷子だ。
スライムに追いかけられて、クワガタに追いかけられて、完全に道がわからなくなった。
途中でアイテムを拾う余裕もないし、剣も本も邪魔なので捨ててきた。
手元にあるのはポーションのみ。
「はふぅ。疲れたのじゃ……」
そういえば小腹が空いてきた。まだ夕食を食べてからそんなに時間は経っていないはずだが。
「ああそうじゃ。ローグライクならそのシステムもあったのう……」
空腹システムである。
ローグライクにおける理不尽な死の一つとして、空腹で倒れるというものがある。腹を満たすには落ちている食料が必要で、どんなに調子が良い冒険だとしてもお腹が空いたらその場で餓死。そんなことはよくあることだ。
モンスターは肉をドロップすることがある。腹が減ったからといってこれを食べるとたいてい死ぬ。毒だったり腐っていたりして死ぬ。肉を食べるような状況になったらすでに詰んでいるといって違いない。
「餓死は嫌じゃあ。嫌じゃあ……」
ぺとぺとぺと。俺は立ち上がり、ビクビクと辺りを見回しながら通路を進む。
そして再び小部屋。行き止まりの小部屋だ。ふにゃあ……心が折れそうだ。
「なんじゃこれは……祭壇?」
部屋の中のそれに気づき、俺の顔はぱぁと明るくなった。
祭壇はローグライクの中でも救済的なシステムな一つだ。祭壇で祈るとランダムな効果が発生する。大体良い事が起こるけど、取り返しの付かない悪い事が起こることもある。やっぱ救済じゃねえなこれ。
しかし今の俺の状況はもはや、神に祈るしか道はない。
「お、お腹を……」
いや待てよ。祈りが通じて満腹になったとしても根本的な解決になっていない。
ここは一つ、もっと挑戦的に賭けに出るべきだ。
「わちをダンジョンから脱出させておくれー!!」
……。すん。
いやだめか。そんな都合よくいくわけな――
「ゲートじゃあ!?」
祭壇に黒もやが出現していた。
「ふぉぉおお!!」
そして俺はゲートへ飛び込んだ。
しゅたっ。
「我帰還せり! 我帰還せり!」
よし大丈夫だ! ここは俺の部屋だ!
初の生還成功じゃ!
「お兄帰って来たん!? やべえ! やべえよそれ!」
「妹よ! わちは帰ってきたぞ! もちろんほれ! ポーションもあるのじゃ!」
「やったーポーション! いやそれよりもやばいってそれ!」
「なんじゃ?」
「気づけよぉ!」
いつもどおりのわちの姿じゃが?
「とりあえず写真とっとこ」
「生還記念じゃな!」
ぱしゃり。
そしてスマホで撮った写真を見せてきた。
「うむ。やはりわちはかわいいのう」
「だから気づけよぉ!! ここはどこだよぉ!」
「わちの部屋じゃが」
ふむ。確かに違和感を感じる。いつもより広く感じるのじゃが。
「なんでその姿のまま戻ってるんだよお兄!」
「ふぁ!? まじじゃ!?」
いつもは死んで戻っていた。
死んだら服など一部を除く全てを失い、俺の部屋に戻されていた。
今回は帰還した。全て失わずに戻ってきてしまった。
「わちがかわいすぎるんじゃがぁ!?」
「かわいすぎるぞ兄よ!」
ドアの先からカーチャンが階段を上る音が聞こえてきて「ちょっとぉうるさいわよぉ! 静かにしなさぁい!」と叱られてしまった。
俺たちは声を潜めた。
「どうするよ兄よ」
「ふむ。困ったことになったのう……」
この愛くるしい姿で風呂に入って良いのか? トイレは? トイレはどうしたらいいのじゃ!?
わちの中の男が一線を超えてはならんと言ってくるんじゃがぁ!?
「とりあえず写真資料を沢山撮ってくれぬか」
「了解いたした」
俺は妹に教わりながらかわいいポーズを取り、妹はスマホで撮り続ける。
「いいよいいよー。もっと上目遣いで。そう! 手は頬に添えて!」
「こうかのう?」
わちのかわいい写真がいっぱい撮れた。満足じゃ。
「じゃあ今夜はあたしの部屋で一緒に寝ようか」
「なんじゃと?」
「その姿でお兄の部屋で寝て見つかったら超やばいって」
「たしかに!」
どうしようもないほど言い逃れ不可避じゃ。
「だからお兄。今夜はあたしの抱き枕になれ」
「ぐぬぬ……」
この歳になって妹と添い寝することになるとは。
「っていうか、お兄と呼ぶのも危ないね。なんだっけその子の名前」
「ティルミリシア=フィレンツォーネじゃ」
「いまなんて?」
「ティルミリシア=フィレンツォーネじゃ」
「てぃ……ティルでいいや。いいよね」
「よい。いやまずい。キャラ名で呼ばれるとめっちゃ恥ずかしいのじゃが」
「ふふふっ。ティルちゃーん」
「やめ! やめるのじゃ!」
ぷにぷに幼女になった俺は完全に妹扱いされた。
だが急にお姉ちゃんぶり始めた妹のおかげで、なんとか風呂もトイレも達成した。
一緒に風呂に入ったのなんて何年ぶりだろうか。
お風呂にはどぼどぼと持ち帰ったポーションを入れていた。
あっ、星野さんと分けてという話を妹に言ってなかった。
「目を開けてもいいのかのう」
「その姿ならかわいいから許す」
「言っておくが、元の姿でも興奮することはないのじゃぞ?」
「ゆるさん。ころす」
「ひえっ」
カーチャンには妹が「お兄が調子悪いから早く寝るってー」と伝えていた。
これで俺は明日は風邪引いて、学校を休んで、部屋から一歩も出ないで寝込んでいる、ということにする。
「それじゃおやすみティルちゃん」
「うむ。おやすみなのじゃ妹よ」
「違うでしょ。お姉ちゃんでしょ」
「ぐっ……おねえちゃん……」
「んふふふー」
妹が俺のことを抱きしめる。
やばいこいつロリコンだやばい。
「ずっとその姿でいればいいのに」
「嫌じゃ。ダンジョンで死ねばきっと元に戻るはずじゃ」
「戻らなかったらいいなぁ」
「そしたらもうイモ……オネエチャンはダンジョンに入れんのう」
「え? なんで?」
「生還したら一生ムキムキマッチョの男になるのじゃぞ?」
「げぇー!? いやぁああ!!」
「じゃろう?」
「いや、ありかも」
「よくないじゃろ!?」
「だって、そしたらあたし超モテモテになるぜ? それに男の方が絶対いいじゃん。楽じゃん」
「わちは女の方がいいと思うがのう」
「それならこのままでいいじゃん!」
「それとこれとは話しが別じゃ」
危ない。一瞬このままでもいいかもと思い始めてしまった。
気を確かに持つんだ俺。
そして取り留めのない話しを俺たちは続ける。
「まあいっかー。ティルちゃんがポーションを持ち帰り続けて美少女になれればあたしは満足だし」
「言ってなかったかの? 今回帰れたのは偶然じゃ。そう簡単には持ち帰れぬ」
祭壇で偶然帰れたが、本来祭壇は何が起こるかわからないものだ。
こんなことは二度と無いと思っても過言ではない。
「げえ!? まじかー。じゃあやっぱりその姿のままでいようよ。うんそれがいい」
「よくないのじゃ……妹よ」
「お姉ちゃん」
「姉よ……」
そして夜は更けていく。
そしてぱっちりお目々を開けたらもう朝だ。すごいな幼女の身体。熟睡じゃん。瞬きしたら朝だったレベルで、「ここはどこ? 俺のちんこはどこ?」なんて混乱も起こらなかった。
「おあよー」
「ママには『風邪引いたお兄の部屋にゼリー飲料大量に置いといたから放っといても平気』って言っといたから」
「助かるのじゃ」
俺の部屋のダンジョンゲートは20時間くらいで復活する。
さくっと入って死ねば夕方には元に戻れる予定だ。戻れる、戻れるよな? 少し不安になってきたのじゃ。
「あと、しのっちにも伝えといたから」
「何をじゃ?」
「ほら見て見てー」
妹はLIMEの画面を見せてきた。
『お兄がダンジョンで美少女になって帰ってきた』
といったメッセージとともに、俺のかわいい姿が送信されており、星野さんは返信で戸惑っていた。
「なにばらしてんのじゃ!?」
「え? 駄目だった? いいじゃん。かわいいじゃん」
「それもだけど、ダンジョンの事も秘密だって言ったじゃろう!」
「え? 聞いてないよ?」
「言ッ……言ってないかもしれぬ……」
「言ってないのじゃ」
「失敗したのじゃ……」
「なんで秘密だったのじゃ?」
「だって生還できぬダンジョンじゃし……わちは美少女化するしのう……」
妹はふむふむと頷いた。
「それならバレたからもう問題ないのじゃな!」
「ぬぉぉぉぉ……」
俺は妹のベッドの上で頭を抱えた。