70話:このままでは姫様の力が発揮できません。
さてと。コンコンと壁を叩いて回る。コンコンココンコンココン。
リズムはやがて輪になって、地底湖に軽快なリズムが響き合う。
コンコンココンペチペチペチ
コココンココンドンテンチン
コンコココンコチーポンカン
「ティルちー、なに遊んでるの」
「あ、遊んでないのじゃ!」
うーん。わからん。
いや待てよ。こういう時のお約束といったら、空気の流れがほにゃららはんにゃら。
と、きたら。
「北神エルフよ。風を読んだりできないかのう」
「風ですか。そうですね……」
風読みといったらなんとなくエルフの出番かと思ったが、北神エルフはピンと来ないようだ。そうか、ここは洞窟の中。RPG的にもし種族補正があるとしたならば、洞窟内では鼻が利かなくなってもおかしくない。鼻かどうか知らないけど。
そんな話しをしていたら、全裸スカニシが坂を指さした。
「そういうことならこっちだ」
なんじゃと? ニッシーが解決するじゃと? そんなばかにゃ。
ふ、ふーん。本当にわかってるのかの?
わちが訝しがる中、ニッシーは先程下りてきた坂を上っていく。
「ここだここ。俺がさっきクシャミしたとこ。風の流れっていったらここだろ」
なんじゃと? ニッシーの全裸が解決するじゃと? そんなばかにゃ。
ふ、ふーん。本当に隠し通路があるのかの?
ニッシーが壁を叩いたら、ぼこっと岩壁の一部が崩れ落ちた。
「まじか! ニッシー凄い!」
「ふっ。全裸も無駄じゃあなかったぜ」
スカニシは隠し通路の前で仁王立ちをした。やめろ。隠せ。恥を知れ。
だが褒めてやる。よしよし。んー。届かないから腰を叩いてやる。
「お尻さわるなえっち!」
「ぷりんとしておる」
美少女ニッシーのお尻はぷるるんとしていた。新しい情報じゃ。
ニッシー情報は置いといて、わちらは腰を屈んで狭い隠し通路を進む。狭くて松明の取り扱いが危険じゃ。灯りの確保に魔導書をゲットできて良かった。
そして追加の宝箱2個ゲットじゃ。
【パワーアップの巻物】
【エーテル抗体】
うん。うん?
パワーアップの巻物は名前そのままの効果じゃろう。使った者の与えるダメージ上がるとかきっとそういう。
はて、エーテル抗体。これはエロイナの希少なポーションじゃったはず……。エーテル病という身体の変化を少し元に戻す薬。
ということはもしかして。もしかして。いっぱい集めればプリンセス俺の姿も元に戻れる?
「ぬぬぬぬ」
「どしたティルちー」
「一度帰還しようか迷っておる」
隠し通路を抜けた先は、今開けた宝箱と次の階へのゲートがあるだけのフロアだった。
次は3階。まだボスではないだろう。
だが、これまでの敵の難易度を考えると、突然死もありえて躊躇する。
以前のカタコンベにいた鎌ゴーストみたいなのが現れたら、うっかり死んでしまうかもしれん。
「まあなんとかなるっしょー。ティルちーが死ななければいいんだし」
「そ、そうじゃな」
わちの判断が重要か。
意を決して、わちらは次の階へと進んだ。
『ぐわおおおおッ!!』
水竜の咆哮がわちの耳をつんざく。
3階は再び湖面が広がる地底湖の岸。それが円形になっている、広いドーム状のエリアだった。
その中央には今まで現れた水竜より一回り大きいヤツが、首をぶるりぶるりと回している。
「これボス部屋じゃね?」
「まだ3階じゃなかったかのう!?」
今までの傾向からすると、ボスフロアは5階のはず!? ここに来て裏切られた!
まさか中ボスとか? そんなばかな!
「ティルちー! とりあえず、ひと当たりしてみようぜ!」
「う、うむ!」
そうじゃ。撤退で再戦を選ぶにしても、情報は欲しい。
「散開じゃ! 星野さん頼むのじゃ!」
「任せて!」
遠距離攻撃の手段は星野さんの包丁のみ。
あと、ニッシーの火炎放射か。しかし相手は湖の中。ふむ。ならば、なるほど。
「水竜を湖面から引きずり出す方法はないかのう」
「そしたらあたしも殴れる!」
「うむ。さてはて」
こういった場合はゲームだとどうするのじゃったか。
小腹が空いたので持ち込んだクッキーを取り出しもぐもぐ食べる。
「ティルちー危ない!」
「ぬあ!」
水竜が飛び出してきて、クッキーを奪われた!
わちのクッキー!
いや待て。普通にチャンスじゃあないか。
「ふっ。計画通りじゃ」
「さすがティルちー!」
餌で釣り出すのは常套手段じゃのう! 偶然なのは秘密じゃ。
「おるぁ!」
妹ゴリマッチョの蹴りが水竜の首に炸裂。ボス水竜もたまらずのたうち回る。
妹ゴリマッチョが単体でボスクラスの性能じゃからのう。
「私たちも行きます!」
星野猫人と北神エルフも爪とナイフで参戦。水竜の鱗を剥いで突き刺した。
水竜の身体から青い血が噴き出し、地面にのたうつ水竜が辺りに撒き散らす。
わ、わちも何かする!
水竜の血で足を滑らせてつるんと転けた。
「ティル様は安全なとこにいてください」
「ん……んむ……」
竹林伯爵は後方で灯りの魔法を維持。
全裸のスカニシは、何も出来ずにうろうろしておる。ふぅ、役立たずの仲間がいた。良かった。
いや安心してどうする。スカニシは何をしておる?
ああそうか、三人が水竜と戦ってるから、炎をぶっ放せないのか。ダンジョンはゲームではなく現実じゃから、味方の攻撃が当たるのじゃ。
「どりゃあ!」
妹マッチョのパンチがエラにヒット。水竜は苦しみもがき口を開いた。
待て、危ない! 竹林伯爵を狙ってる!?
「伯爵ぅ!」
わちは竹林伯爵が死に様を幻視した。竹林伯爵……ちょっとティル様呼びが気持ち悪かったけど良い奴じゃったよ……。
わちの心が闇に偏り、黒いもやが水竜に襲いかかる。
黒もやによって、水竜は攻撃対象を見失ったようだ。明後日の方向へ口からジェット噴射した。壁から削り取られた石が転がり落ちる。
ふぅ。
水竜は黒もやを嫌がって、湖の中へ戻ろうとしていた。
「逃がすかぁ!」
妹マッチョが水竜の首に掴みかかった。だがいくら妹マッチョが脳筋パワーとはいえ、質量さというものがある。地面がえぐられるほど踏ん張るが、妹マッチョは引きずられていく。
星野猫人と北神エルフが刃物による攻撃を続け、水竜は再び口を開いた。
そうだ!
「ニッシー! 口の中へ飛び込むのじゃ!」
「え? ええ!?」
戸惑うスカニシにわちは飛びつき、首をかぷって噛んだ。
待てよ。今のわちは金髪ショタ精霊じゃった。サキュバスなのはティルミリシアで、今の姿は別物じゃ。誰だ! ショタモードならインキュバスと言ったのは!
わちじゃった。
「わかった! 行ってくる!」
「お、おう……」
よくわからんけど、スカニシが水竜に向かって走り出したからいっか。
いっけぇ!
スカニシが水竜の口の中へ飛び込み、水竜のエラから煙がモクモクと立ち始めた。そして生臭い匂いに混じり、焼き魚の香りが洞窟内に広がる。
「ぬぅうう! 限界だ! 離れるよ!」
妹マッチョは暴れまわる水竜を手放した。
同時に星野猫人と北神エルフも離れる。
暴れる水竜は口とエラと目から煙を吹きつつ、湖の中へざばあんと帰っていった。
冷たい湖面が瞬間沸騰し、ぼこぼこと泡を立てる。そしてスカニシを呑み込んだ水竜は湖の中へ沈んでいった。
「やったか!?」
妹よ。フラグを立てるな。
だが、湖面がぱあと光輝き、それはモンスターの消滅を表していた。
「ニッシー? ニッシーぃい!!」
ニッシーもまた、浮かび上がってくることはなかった。
ニッシー、惜しい尻を亡くした……。わちの中でお尻の思い出が浮かび上がる。うう。良い尻じゃった。
「ゲート開いたよー!」
今は生き残ったもので勝利を噛み締めよう。みんな前を向き進んでいる。
「待てよ。このゲートの先はなんじゃ?」
「そんなの行ってみないとわからんよ」
水竜はただの中ボスでまだ先がある?
それともクリアでわちの部屋に戻る?
「ゴーゴー!」
悩んでるうちに妹マッチョが先に入ってしまった。んもう。
追ってわちもゲートに入ると、精霊姫の部屋だった。あ、ここに戻るのか。
「クリアおめっとー。いえーい!」
んー。クリアっぽい!
妹とハイタッチ。その勢いで押し出され、わちは後ろ向きにごろごろと転がった。ごろごろ。
「えっと、とりあえずプリンセスの様子でも見ようかの?」
状況はわからんが、とりあえずいつものダンジョン脱出と同じ雰囲気じゃ。
プリンセス俺に会えば何かわかるかもしれぬ。
「ぬあ!?」
プリンセス俺に左肩から3本目の鱗の付いた腕が生えていた。
もうどうしようもねえ!
わち、こんな姿に戻りとうない……。
『水竜。それが水の汚染の原因だったのですね』
なんかプリンセス俺が勝手に語りだしたぞ?
いや知らんし、その設定。
『精霊姫、あなたのおかげで瘴気汚染が食い止められそうです。これでわたくしの身体も……げふっごふっ』
『ひ、姫様!』
侍女が駆け寄り、ハンカチでプリンセス俺の口を抑えた。
何この寸劇。
『このままでは姫様の力が発揮できません。身体が元に戻りさえすれば、清浄なる風を取り戻すことができるのに……!』
ふむ。で?
『このままでは姫様の力が発揮できません。身体が元に戻りさえすれば、清浄なる風を取り戻すことができるのに……!』
わかった。わかったから。
せっかくだから使ってみるか。エーテル抗体。
『新しい薬ですね。ありがとうございます』
侍女が薬を受け取り、プリンセス俺に飲ませた。さてはて。
プリンセス俺の身体が光り輝き、肩から生えた3本目の鱗の腕が消えていく!
『姫様! 薬の効果がありました!』
『ふふっ。ありがとうございます。精霊姫のおかげですね』
んんー! 他の変異は元に戻ってなぁい! ダメかぁ! ネズミーでサイコガンで三つ目でキノコが生えてて角が生えてるぅ!
待って。これどうすればいいの? ひたすらエーテル抗体が出るまでマラソン? でも変異は進むよね? 詰んでない?
『このままでは姫様の力が発揮できません。身体が元に戻りさえすれば、清浄なる風を取り戻すことができるのに……!』
わかった! わかったから!
その方法を考えておる!
ゲームのNPC的な会話ループすな! 頭おかしくなるじゃろ!
会話が成り立たないし、わちらは部屋に戻ることにした。しゅん。
「お、おかえり」
「ただいまじゃ。南さん」
「な、なにがあったの?」
んむう……。赤髪巨乳全裸のスカニシが部屋に転がってるもんな。そりゃ気になるよね。
ニッシーに適当に妹の服を着せて、みんなで話し合いじゃ。
何があったかを一から説明していった。
全て聞いた後、南さんがおずおずと手を挙げた。はい、南さん。
「あ、あの! わたしファーミングプリンセスをクリアしたのですけど、その、ネタバレになるかもしれないですけど」
「うむ。何か知ってるなら教えて欲しいのじゃ」
「聞いた感じ、みんなが入っていたダンジョンは、ラストダンジョンな気がします……」
「まじか」
え? じゃあこれで終わり?
「いえ、ラスボスは別にいます」
ファーミングプリンセスには瘴気の風を起こしている邪竜がいる。
ラスボスと戦うフラグを立てるには、病気を治したプリンセスを外に連れ出す必要がある。
「それと、パン作りで85点以上を出す必要があるんですけど……」
「あ、それはクリアしておる」
クリスマスケーキ持ち込んだら90点くれたのじゃ。ずるって言うな。
ゲームシステムの穴じゃ。いや、ダンジョンはゲームじゃないが。
「聞いた感じだと、元に戻すの大変そう、だね?」
「うむ……」
元のゲームではエーテル抗体はないが、精霊の食事による浄化で元に戻っていくとか。
んー。ここまで来て農業ゲー? それともケーキを持ち込みまくる?
なんだか病気の進行の方が早そうなのじゃが。
「はい!」
「なんじゃ、妹よ」
「お兄の身体を諦めて、ポーション拾い続けるのが良いと思います!」
「こらこら!」
そうだねって雰囲気になるから止めるのじゃ!
そうなんだよね。クリアしたところでメリットが……。いや、クリアするごとに報酬が美味しいダンジョンに成長してるのだから、きっと次も美味しいはず!
わちを信じろ!
「なあなあ。身体を元に戻せばいいんだろ? 俺に一つ当てがあるだが」
なんじゃと? ニッシーが解決するじゃと? そんなばかにゃ。
またニッシーに妙案があるじゃと? ニッシーの活躍に嫉妬! HOLY SHIT!




