7話:妹、死す
放課後。妹は星野さんに部活に連れて行かれた。文化祭に向けた絵画がまだ終わっていないらしい。
そんな俺もだらっとした漫研の原稿が終わっていなかった。
「一年なのに原稿落とすんじゃねえぞアズマぁ」
「へへっ。さーせん先輩」
ゆるーい部活動だが、文化祭ではみんなの作品をまとめた同人誌を売り出す。これを落とすと実績にならずに漫研の存亡の危機となるので、ゲームばかりしていた先輩も真面目ムードになっていた。
かくいう俺は何もしていない。書き貯めたティルミリシア=フィレンツォーネちゃんのイラストでも提出しようとしたが、ダンジョンゲートの出現により本棚に入れておいたものをすべて失った。
「先輩は何描いてるんすかー?」
「あー? ダンジョンモノだよダンジョンモノ」
世にダンジョンが出来始めてから、世の創作物にダンジョン冒険モノが増えた。当然だ。身近な題材になったのだから。
ああそうか。俺もダンジョンモノを描けばいいんだ。
「じゃあ俺もダンジョンモノ描こうかなーなーんて」
「いいんじゃねえの? つーか、まだネームも考えてなかったのかよ」
「ふへへっ。いやぁちょっと書き貯めてたのあったんですけど。親にまとめて捨てられちまって。いやマジですってマジ。ああ、そういえば先輩から借りた漫画も一緒に処分されちまいまして。弁償しますまじすんません」
「おまっ!? あれ初版だぞぉ!?」
なぜかオタクは初版にこだわる。あるよね。
「なんとか、なんとか手に入れますんで」
「いやいいよ。いい。事故みてえなもんだしな。俺もそういうことあった。ちゃんと管理しとけよ今度からは」
先輩から借りたのはちょっとエッチなラブコメ漫画だったため、処分されたという言い訳が通じた。さらに許してくれた。ありがたい……。すまん嘘なんだ。本当はダンジョンゲートに消されちまったんだ。
さてはて。俺はネームを考える。というか、いま俺に起こってることを漫画にすればいいんじゃね?
のじゃロリ吸血鬼がダンジョンアタックして死にまくる話し。死にまくる話しでいいのか? まあいいや。ああクソ、スマホが生きてれば自撮りした姿を参考にして描くんだがなぁ。妹に描かせるか。それもありだな。
そして帰宅し夕食後。俺は妹を部屋に呼んだ。
「かわいい俺の姿を描いてくれないか?」
「はぁ? キモい。しね」
うんうんそうだろう。だが妹はちゃんと話せばわかってくれる女だ。
交渉の結果、おごりのパフェにパンケーキも付けることになった。
「どうじゃ? 描けるかのう?」
「うーん、まあ、なんとか……」
俺が描いたティルミリシア=フィレンツォーネちゃんより本物かわいい俺の姿を、マッチョ妹がメモ帳にボールペンでさらさらと描いていく。
問題は思った以上にモデルとしてじっとしている羞恥心が半端なく、そして妹は妹でマッチョすぎる肉体によって勝手が異なりイラストを描くこと自体に四苦八苦していた。
「写真が撮れれば早いんじゃがのう」
「しょうがないでしょ。持って帰れないんだから」
妹のスマホを持ち込む案は、故障の可能性が高いので却下した。
壊れた俺のスマホからデータを取り出すにしても、方法がわからないので駄目だった。
「はい。こんなもんでいい?」
「おお! 素晴らしい! 感謝じゃ!」
くっそうめえ。そして俺かわいい。
これでキャラクターデザインの問題は解決した。
「それでは冒険へ出発じゃあ!」
「おうよ!」
今日は妹は俺のシャツを羽織っている。ムキムキで服が破ける問題は、ノーブラワイシャツで解決した。なお突入前の姿をじっと見てると目つぶしをかましてくるので要注意だ。
そして俺はいつものワンピースに、スポーツ用のハーフタイツだ。ぴっちり収縮するので、最初から穿いたまま突入しても問題ない。まあ幼女姿だとゆるいっちゃゆるいが。
「そんじゃ昨日みたいに周っていくのじゃ」
「よっしゃ」
マッチョ妹がモンスターを殴り殺してサクサク進む。
そして5分もしないうちに、なんとポーションがドロップした。
「うおおおおお!」
「うおおおおおおお!」
だがこの喜びはぬか喜びだとすぐに気がつく。
「なあ妹よ。この姿で使っても意味ないんじゃないかのう?」
「まじか!? 確かにそうだ!」
その場ですぐに使おうとした妹を止めた。
妹の姿はマッチョメンである。現実の姿とは似ても似つかないダンジョン内だけの仮初の姿だ。
美容目的で使うならば、元の姿で使わなくてはならない。
「お兄のダンジョン酷すぎるよぉおお!! 馬鹿お兄!」
「わちに文句言うでない!」
一階をひたすら歩いて周る。コウモリに棍棒マン。時々ゾンビ。一階のモンスターはこんな出現らしい。
そして拾ったアイテムはドロップのポーション。小部屋に落ちてた赤い草。中が真っ白な本。そしてショートソード。
「剣じゃ! 剣じゃぞ妹よ!」
「おー。剣だなぁ」
はしゃぐ幼女と、それを冷ややかに見つめるマッチョ。
「で、それでスライムに勝てるの?」
「……無理じゃな」
男の子は剣を持ったらはしゃぎたくなってしまうものなのじゃ。幼女だけど。
「拾えたものはこれだけ? もう全フロア周ったんだよねぇ?」
「そのようじゃ。ぐるりと一周したからのう」
メモ帳の地図上で合計で7つの小部屋があり、それがぐるりと通路で繋がっている。
俺の姿を描かせていた最初の小部屋に戻ってきていた。
「気になるのはその本ね。何のアイテムなのそれ」
「ふむぅ……。わからぬ。何か使えるのかもしれぬし、ただの武器かもしれぬ」
「武器……本でしょ?」
辞書のように分厚い本だ。本だが鈍器のように使うゲームもわりとよくある。
「このまま二階に行っても死ぬのは確実じゃのう」
「だよねー。うわー! ポーションロストしたくねえよぉ兄……いや幼女ぉ! かわいいなぁ!」
「よせ! 頭を撫でるでない!」
妹の言動がロリコンになってきてやばい。
「勝てぬとなれば戦うことを避けて、帰還のスクロールを見つけるしかないのう」
「え? なにそれ」
「こういうゲームにはそういうものが割とあるのじゃ」
「よし見つけるぞそれを!」
俺たちは二階へのゲートへ飛び込んだ。
しゅた。
「前方安全よーし」
「後方安全よしじゃ」
ひとまず安心。
一階とは違い、壁の灯りがほんのり黄色になっている。
「よし進むのじゃ」
「おうけぇい」
俺たちはこそこそと通路を進んでいく。隠密行動だと妹の姿がでかすぎて不便だ。屈んでいても俺よりでかい。
「しっ。何かおるのじゃ」
「なんじゃなんじゃ?」
おい妹よ口調を真似するな。
そんなことより、通路を曲がり角の先に、でっかいクワガタみたいな昆虫モンスターが居た。
「うげ、虫じゃん」
「虫じゃのう。勝てるかのう」
「無理でしょ。だって虫だよ?」
妹の言葉に俺はうなずいた。こういういかにもパワータイプな虫モンスターというものは物理攻撃に強い。そういえばスライムも物理に強いな。くそ、妹の筋肉が完全に対策されてるじゃあないか。
「回避しようにも通路が塞がれておる」
「やるしかないか」
「やるしかなさそうじゃのう」
ムキッ! 妹の肉体はでかいクワガタなんかに絶対に負けない!
「うぎゃああ!!」
妹はハサミで胴体を真っ二つにされて死んだ。
わち一人でどうしろと?
「うみゃああ!!」
非力な力で、剣を投げ、本を投げ、赤い草を投げつけた。
すると赤い草が赤く光って火炎を起こし、巨大クワガタを炎上させた。
「ふぉええぇええ!?」
巨大クワガタは消え去り、わちの身体が白く輝く。レベルアップだ。
「おお倒した……。じゃが一人でどうしろと」
さみしい。さみしいよう。