69話:わちのちんちんがきっかけで世界大戦が起きかねん。
♪てんてけてんてん てんてけてけてけ てんてけてれてれてれてれ
目の前で死の恐怖に怯えた元幼女が頭を抱えているのに、脳内で流れてはいけない曲が流れ出す。
だって仕方ないじゃろう。四本指ネズミがいるんじゃから。
エレクトロでパレードして、ついでに金髪ふたなり巨根天使が頭をよぎる。ノイズが混じった。
「大丈夫? みょんみょ……ブフゥ」
妹は従妹を心配しながら思わず吹き出した。
なんてやつだとわちは責めきれない。従妹のネズミー化は、ネズミーはネズミーなのだが、付いているのはネズミーの特徴的なパーツだけで、基本の顔は妙果ちゃんだからだ。
姿的にはディズティニー好きが高じて、はしゃいでコスプレしちゃった系少女なのじゃ。
「うえええんっ!」
まあだけど無事で良かった。無事じゃないが。
ゴスロリ着物が妙果マウスのお漏らしで濡れていた。パパン……また洗ってくれ……。
おじさんに成り行きを話した。元に戻すには一晩泊まって、明日また妙果ちゃんをダンジョンに入れて殺すしかない。
そうおじさんに伝えると、「殺!?」と驚愕した。
それしか戻る方法はないのじゃ。すでに一度死んでるんだから気にするでない。
今日一日おとなしく家で過ごさせて、明日ダンジョンに放り込むだけじゃ。
だけどダンジョンを怖がった妙果マウスは、わちの部屋に近づこうとしなかった。
連れて行こうとしても、泣き喚くばかりだ。
いやまあしょうがないよね。ちょっと興味本位でダンジョン入ったら、ネズミーになって小麦畑でトロールに踏み潰されるとかね。トラウマしかないよね。
だけどもう一度入って死ぬしかないんだ。いいね?
「無理強いはダメだろう……」
とおじさんは言うけど、無理強いしないと元に戻れないのじゃよ?
ちなみにおばさんもうちに来たけど、娘の変身ショックがでかすぎると思うので色々ごまかしつつカーチャンと正月から泊りがけで出かけさせた。
「ティルちー。もうカプッちゃえ」
「カプッ? ああ……」
そういえばわちには使役能力があった。いや、吸血鬼じゃなくてサキュバスだったので使役じゃないのか。
うん? じゃあこの能力ってなに?
まあできるんだからいいかと、妙果ネズミの首筋にカプッと噛み付く。ニッシーの味がした。ぐっ! ネズミ属特有の味……!
「わちのダンジョンに入って死んでくるのじゃ」
「はーい」
妙果ネズミはてててててと素直に駆け出し、わちの部屋に入っていった。
これにて一件落着。何も問題はなかった。ちょっと妙果ちゃんが正月から重いトラウマを抱えただけじゃ。
高い勉強代かもしれぬが、これで本当にもっと怖いダンジョンに近づくことはないじゃろう。普通は死んだら終わりじゃからな。
1月3日。集まれるメンバーだけということで、わち、妹、竹林さんの三人でダンジョンに入った。
攻略が進まなくとも、ダンジョン1階でポーション集めをするだけで実入りが非常に大きいのじゃ。
みんな薄々と「これ、攻略しないで1階だけ回ってる方が美味しいのでは」と感じ始めている。実はわちもちょっと思ってる。
でもわちはまだ、元の自分の身体を諦めていないのじゃよ?
そしてダンジョン内ダンジョンから戻り、いつものようにプリンセス俺に会いにいった。
「ああ! なんてこったのじゃ!」
「のじゃの付け方雑じゃない?」
そうだ。プリンセス俺は病気という名の呪いで身体が変化していく。
しかも、なぜか変身した者がダンジョン内で死ぬと、その特徴の一部を受け継いでいるようなのだ。
そういうわけで、プリンセス俺に黒い丸い耳が付き、顔に黒い模様が付き、右手の指が四本になった。ハハッ!
「わち、そろそろ身体を諦めるべきかもしれん……」
「これならどう見てもティルちーのままの方がマシだよね……」
「わたしはティル様とティルオ様の二人になるのがベストだと思います!」
いや、竹林伯爵よ。それは無理じゃろう。
特にティルオを外に出すのはまずい。わちの正体がサキュバス、いや男ならインキュバスか? 金髪碧眼女装ショタ精霊インキュバス? 属性過多すぎない? そんな存在はダンジョン内に封印しておかないと、わちのちんちんがきっかけで世界大戦が起きかねん。
1月4日。みんなの予定が空き、久しぶりにフルメンバーが部屋に揃った。
冬休み中にがっつり攻略するつもりじゃったが、今日入れて4日しかない。8日から始業式じゃ。
わちは集まった、妹、星野さん、北神くん、南さん、竹林さん、ニッシーに宣言する。
「実はわち、吸血鬼じゃなかったようじゃ」
みんなの顔に衝撃が走る。
だが、わちが思ってた反応と違った。え? いまさら? という顔をしていた。
いつものように、クッションの上でわちを抱きかかえて座っている星野さんがわちを揺らした。
「サキュバスに路線変更したんだってー?」
路線とか、そういう話じゃないのじゃ!
まじなのじゃ! まじまじなのじゃ! のう、ニッシー!
「でも、サキュバスって男を誘惑するんだろ? アズマって女に好かれてね?」
は!?
「わち、女インキュバスじゃったのかもしれん……」
「待てティルちー。属性が混乱してくるからこれ以上は止めよう」
んむ。問題はそこではない。
「わざわざ集まって貰ってすまんのじゃが、もしかしたらわちはみんなに能力でもってダンジョン攻略を強いているのかもしれん。その可能性を思いついたら、言わずにはおれんかった。じゃからその……」
みんながわちに協力してくれるのは好意からだと思っていた。
だけどその好意は、わちの魅了的な能力が働いているに違いない。
わちはそれを黙っていることはできなかった。
「ティルちーそんなこと言わないでよー!」
星野さんがわちの身体をぐわんぐわんと揺らした。
「そうですよティル様!」
竹林さん……。
「一人じゃ何も出来ないマスコットキャラのくせに!」
い、妹……。おいこら。
「わ、わたしティルちゃんのこと、その、好きだから! ダンジョンには、潜ってない、けど……」
南さん……。好き。
「僕も好きですよ」
北神くん……。北神くん?
「どゆこと?」
ニッシー……。ニッシーはまあいいや。
「みんな……ありがとうじゃ……ううっ」
「ほら」
妹がわちにティッシュを差し出した。じゅびじゅばー。
「さあ、ポーションがあたしたちを待ってるんだぜ?」
あ、そういえば元からそういう打算的な協力だったっけ。
むぅ。わちの涙を返せぇ!
まあいっか! んふっ。んふふー。
「ティルちーが泣きながら笑ってて気持ち悪い……」
「みんなでダンジョン楽しいのじゃー」
今日はなんだか攻略が進みそうな気がするのじゃ!
ダンジョン1階を回ってみると、いつもポーションばかりなのに、今回は偏らなかった。
【ポーション】
【灯りの魔導書】
【投げナイフ】
【石灰袋】
かと言って、んー。微妙!
今回も包丁を4本ほど持ち込んで星野さんに持たせているので一本の投げナイフはあってもなあ……と言った感じ。拾ったナイフは北神エルフに持たせた。
そして石灰はでかい袋に入ってて持ち運ぶのは邪魔なので捨ててきた。すまん。なんか小麦無限に生えるし、真面目に農業するつもりはないのじゃ。
目玉アイテムは灯りの魔導書! これ!
「竹林伯爵に任せようかの」
「え!? わたしでいいの!? やったあ!」
竹林伯爵が灯りの魔導書の表紙に手を当てると、ふわりと光の球が浮き上がった。
そしてわちたちの頭の上をくるりくるりと回ってみせた。
「のうのう。インストールとかあったかの?」
「え? なんですかそれ。ティル様はあったの?」
「う、うむ」
なんでわちだけ? こわい。ずももも……。
「ティル様! 闇! 闇漏れてる!」
「ねえ、前から思ってたけどさ。ティルちーって魔導書なしで魔法使えてるよね」
「なんじゃと!?」
ほんとだ! なんか黒いの出てる!
え? インストールってそゆこと!?
「わちだけ魔導書なしで魔法使えるのかの!?」
「えー。ティルちーずるーい」
「すごーい! けど、闇出すだけって」
言うな! 闇魔法の使い道には言及するな! 闇出ちゃうじゃろ!
それはさておき2階へ進む。
ローグライクではランダムで作られる地形が特徴だが、何度来てもこの2階の様子は同じことから、どうやらここは固定マップのようだ。そういうのもよくある。
2階に入って、まず【上級ポーション】をゲット。ばんじゃい!
ざぶんこと飛んで跳ねて顔を出した水竜を、星野さんが包丁を投げて撃退。
そして2階で2つ目の宝箱をゲット。
「草入ってた草」
「草」
「草」
みんな「草」「草」つぶやきながら、草が北神エルフに渡された。
「復活草ですね」
「お、いいじゃん!」
ナイス草。
ここはやはり主力の妹マッチョに持たせるべきか。
いや、待てよ。
「スカニシに持たせようかの」
「あたいでいいのかい?!」
「待て、ニッシーの喋り方が気持ち悪いのじゃ」
「ごめん」
謝ったから許すが。
なぜスカニシに持たせたかと言うとじゃな。
「虫来たのじゃ! ゆけスカニシー!」
「おう!」
縦穴下り坂フロア。襲ってきた虫に対し、赤髪美少女化したニッシーをぶつける。
ニッシーは火炎放射を手から発し、そして自らも炎上した。
どうやらこの元のキャラは、多大な魔力によって豪炎が身体から噴出するようだ。アニメでは赤髪美少女は燃えないが、リアルのスカニシだと燃える。炎に巻かれたら人は燃える。
「ぐああああ!!」
「ナイスじゃスカニシ!」
虫の大半を焼き尽くし、今なお燃え盛るスカニシに虫が突撃していく。いいぞ! 犠牲になれ!
その隙にフロア真ん中の下方から水竜が飛び上がってくるが、これを落ち着いて星野さんの包丁で再度撃退。水を吐かれる前に落とすことができた。
「ぐおおおお!!」
スカニシやかましいのう。
そして黒焦げになってスカニシは倒れた。うわあ……こんがり。
「妹よ! 残りは任せるのじゃ!」
「えー、嫌だなぁ……」
と言いつつ妹マッチョは残りの羽虫に立ち向かう。
妹マッチョはそこらの石を拾っていた。それを次々に投げつけていく。石つぶてが羽虫を次々に粉砕していく。
あれ? これスカニシが犠牲になる必要なかった?
「ふぅ。終わったぞー!」
妹マッチョが両手を掲げてガッツポーズ。全ての羽虫を撃退した。
こんがりスカニシは光を放ち復活した。復活草の効果だ。炎で草ごと燃えてダメかと思ったが、ちゃんと生き返った。全裸で。
「いやーん! えっちー!」
「気持ち悪いのじゃ」
「ごめん」
謝ったから許すが。
しかし中身はニッシーとはいえ、美少女を全裸で歩かせるのはこう、ちょっと問題がある気がしてくるのう。
「なんか目覚めそう」
「目覚めるな」
「大丈夫だって。気にするな」
「気にしろ」
火属性赤髪巨乳アニメ美少女ニッシーは全裸で腰に手を当て仁王立ちをした。堂々とするな。
まあいいや。先に進もう。
ここから先は未知のエリアだ。苔の生えた螺旋状の下り坂を慎重に下っていく。
モンスターは全て倒しきったのか、もう出てこなかった。この坂で羽虫に襲われても対処できないし追加ギミックがないのは助かる。
水が滴る音だけが聞こえる穴蔵の中、ひたひたと歩を進めていると、後方からくしゃみが聞こえた。
「へぶしょんっ!」
「んな! びびったぁ!」
全裸のスカニシが寒そうにしている。地下へ進んでひんやりしてきたの。
坂を降りきると、地底湖の岸まできた。
はて。次はどこへ行くのじゃ?
「道が見当たりませんね」
北神エルフの後を付いてぐるりと地底湖の岸を回ってみたけど何も見つからなかった。
ふむ。なるほど。
全員集合!
「ティルちーの見解は?」
「うむ。ローグライク的な考えで言うとあれじゃな。行き止まりならば壁の先に隠し通路があるやつじゃ」
一見なんでもない壁を攻撃すると、その先に道が切り開かれる。ゲームではよくあることじゃ。
だが、現実でそれをするには、ううん……。
試しにぺちぺちと壁を叩いてみるも、これで何か反応があるとは思えない。
せめてどこか見当を付けないと。
何かヒントは無かったかのう。




