67話:夢オチ怖い!
アンケートの結果、わちは高確率で吸血鬼じゃった。
「まじか」
「ほーら言ったとおりじゃったろう? がははっ!」
妹はわちのほっぺたをみょーんっと引っ張った。いたいのじゃが。
さて、ダンジョン攻略だが、一向に進んでいなかった。
まずニッシーが女体化したクリスマスの次の日。26日にダンジョン2階の攻略を目指して例の巨大羽虫縦穴フロア、まるで地球を防衛するゲームのようなフロアに対し、左手にサイコガンを得た新たな我がチームのエース、ニッシーをぶつけた。
その結果、ニッシーは虫にビビって縦穴に落下して死んだ。
いやいいんだよ。人間失敗することもあるし。離脱魔法でリカバリー余裕だからね。また頑張ろう!
「ああ俺、年末年始に他のダンジョンにも誘われてっからさー」
と、ニッシーは女体化を拒否した。
ダンジョンのモンスターはよほどの事がなければ大人の人間が死ぬほどの強さを持たないが、それでも人間という脆弱な生物は脳みそから軽く出血したら死ぬものだ。ダンジョンという慣れない場所へ気軽に足を踏み入れてしまう事は、部屋着のまま富士山の頭頂を目指すくらいの心持ちに等しい。
ならばこそ、ダンジョンというものは危険か否かでいうと、車道を横切る程度に危険である。
そんなダンジョンに対し、左手を外すだけでビームを発射できるニッシーは文字通り歩く兵器。ライフルをダンジョンに持ち込んでヒャッハーする米国人とは違い、日本では個人がダンジョンに持ち込める武器なんかせいぜいボウガンやパチンコくらいなのだ。(ただし、米国では狭いダンジョンで銃を使ったことによる跳弾の事故が多発しているので、銃の持ち込みは自ら危険性を高める行為と言える)
つまりニッシーは、引く手数多の超人気物件になっていたのだ!
「どうしたのティルちー。なんか難しい顔して新聞なんか読んで」
「ニッシーの人気に嫉妬しとる」
わちはゴロゴロゴロと新聞の上に転がった。わちもあれほちい! サイコガンほちい!
「えー。ティルちーも人気だよ。もうすぐ登録者数10万人で、期待のダンユーバーとして紹介されてんで」
「なんじゃと」
10万人とか凄いじゃないか。ばんじゃーい!
しかし何があったのじゃ?
「ノースちゃんとのポッキーゲームの切り抜きがバズった」
「ぬあああ!!」
わちはクッションに顔を埋めて蠢いた。うにうに。うにうに。
ダンジョン系TOUYUBERとしての注目のされ方じゃないじゃあないかあ!
「2020年最弱ダンジョン系TOUYUBERとしてノミネート」
「ぬあああああ!!」
このわちが最弱じゃとぉ!?
「コメントによると、『うちの猫より弱い』だって」
「ね、猫には勝てるのじゃあ!」
その後、外で野良猫にフーッとされてビビって尻もちを付いて敗北した。
そんなわちはごろごろと年末を怠惰に過ごした。ごろごろー。ごろごろー。
ゲームもした! ゲームもしたのじゃぞ!
そろそろファーミングプリンセスをクリアせねば。ゲーム内で南さんとイチャついてたのじゃ。星野さんと妹も始めたのでみんなで協力して農園作るのじゃ。
そして迎えた新年! 明けましておめでとうごじゃ!
気持ちのいい朝じゃ!
「はぴにゅーいやー!」
「年明けまで起きてるとか豪語してたくせに、9時で寝落ちするとか幼女すぎる」
「瞬きしたら朝じゃった」
子供の入眠が急すぎて早すぎて深すぎてビビる。
「初詣いくよー」
ばたばたとわちは見慣れぬ和服に着替えさせられていった。
なんじゃこのどこぞのスパゲティ屋の制服みたいな格好は。
「大正浪漫女学生のじゃロリ吸血鬼、どうよ」
「むむぅ……」
紫の矢絣の模様に緋色の袴。そして銀色の髪に漫画みたいなでかい赤いリボン。足下は編み上げブーツ。
……コスプレ?
「わー! ティルちゃかわいー!」
「かわゆ……」
我が家に集まった星野さんと南さんに褒められた。えへへ。
だけど三人とも普通にコートの洋装で、わちだけコスプレ感が浮き出て半端ない。目立つ南さんの水色の髪は、ぼんぼんの付いた帽子を深く被って隠してるし。
「ティルちゃまた誘拐されないように気をつけてね」
「フラグを立てるのはやめるのじゃ!」
外に出たわちは空を見上げてキョロキョロした。
「ティルちー何してんの?」
「宇宙人の監視を警戒しておる」
「むしろかわいいハイカラティルちーを見せつけなきゃ」
なんじゃと?
わちは裏ピースを目元に持っていき、ぺろっと舌を出した。
「どうじゃ?」
「あざとすぎ」
ふむ……。アイドル道は遠いのう……。
神社に向かって道を歩く。なぜ女子は横一列に並ぶのか。わちの右手は南さんに繋がれ、左手は星野さんに繋がれている。そして星野さんの左手は妹が握っている。車道側が妹だ。
にこにこ笑顔の南さんはかわいくて、にこにこ笑顔の星野さんは怖い。ぶるり。
おかしいな。なんで手袋外して恋人繋ぎなのじゃ? 手がじっとりと汗ばむ。
神社に付いたら人がいっぱいじゃ。
あ、出店の甘酒飲みたい。うずうず……。
両側から手を繋がれてるので離れられない。わかってる。わかっておる。勝手に動いたらみんなは迷子になるからの。我慢じゃ。帰りに買う。
神社の参拝はまず手水舎で手を洗う。口をすすぐのは間違いじゃぞ。不衛生じゃからな。
んにっ。んにっ。んー。手を繋がれててそっちに行けない。ちょっと、みんなスルーするんじゃないのじゃ!
「大丈夫大丈夫。はい。アルコール殺菌ジェル」
「ぬ、ぬう……」
こ、これが現代の手水……!?
い、いいのか……? 反論できない! これの方がはるかに衛生的だし!
ぬるぬる。ぴかぴか。
「こっち。こっちじゃ。狭い脇の門から入るん……んーっ!」
「いいからいいから」
そもそも人がずらっと並んでて、真ん中からしか入れない。真ん中は神様の門なのじゃ。これ、神様詰まって通れないのじゃ。
待てよ。門。ゲート。ダンジョン……。はっ!? ないよな? 黒もやなし。ヨシ!
ぴょんと跳ねて門を潜った。
「どしたん?」
「またダンジョンに襲われそうな予感がしての」
「ダンジョンに好かれてるよねティルちー」
全くダンジョンと無関係だったはずなのに、急にダンジョンと縁が出来始めたからのう。
いや、ダンジョンと縁がなかったのはわちじゃなくてタカシじゃったか。
いや待て、タカシはわちじゃ……。いやタカシはダンジョンの館で寝ている……。あれ?
「今度はどしたティルちー。人混みに酔った?」
「わちのあいでんててーが崩壊しておる」
「またえせ吸血鬼の話?」
「えせ言うな」
吸血鬼以前にわちは男子高校生じゃったはず。いつから、いつからじゃ……? わちがのじゃロリになってしまったのは……。
「おーい。もうすぐだぞー。聞いてるー?」
はっ!?
急いでポシェットの中のがま口財布から小銭を取り出し賽銭箱へ投げ入れて、がらんがらんと本坪鈴を鳴らした。
てしてし。素早く願いを考える。願いってなんじゃ?
「ティルちゃが私の妹になりますように……」
隣で星野さんが恐ろしい呪詛を唱えているのじゃ……。
ええと。ええと。
「(プリンセス俺が無事に帰れますように……)」
ぬぅ。変な願いをしてしまった気がする。まあいっか!
わちは神様を信じていないのじゃ。宇宙人説派なのじゃ。
神様なんてそんなふわふわ概念の存在なんていないのじゃ!
「ぬ?」
おみくじの列に並んでいたら、何か視線を感じた。
誘われるようにふらふらと神社の裏手に回ると、そこには二本足で立つ太り気味の猫がいた。
「なんじゃこやつ」
「んにゃ!? にゃんげん!?」
人間じゃないのじゃ。吸血鬼なのじゃ。
……いま喋った?
直立二足歩行猫は慌てた様子で鎮守の森へ逃げ込み、その先を追ってみたら例の黒もやがあった。
そしてデブ猫はしゅるりと入り込み、黒もやは消え去った。
う、ううむ……。モンスターはダンジョンから出てこないはずなのじゃが、はたして今のは一体……。
夢。夢か……。なんじゃ夢か。
はっ!?
「夢オチ!?」
俺はがばりと起き上がった。なんで俺は部屋の床で寝てるんだ? ベッドから落ちた?
落ちたのかな? 頭いてえ!
叫んだら隣の妹の部屋から壁ドンされた。
んー?
ぼーっとしながらリビングへ向かう。妹が先に座っていた。
「お兄、ばか、うるさい、しね」
あれ? うーん。デジャブ。おかしいな。何かあったはずなのじゃが。
「……なに? 何があったんよ」
返答できずにいたら、妹は何やら俺の手をじっと見ていた。手にしていたものをテーブルの上に出した。
「ばーかばーか! 何やったんこれ! ママぁー聞いてー! お兄がスマホ壊したー!」
あれおかしいな。北神くんから貰ったピクソル4aはポシェットの中に入れておいたはずじゃが。
何か変だぞとわちは部屋に駆け戻った。
うむいつも通りの部屋だ。ベッドがあって、机があって、本棚があって……。
「あれ? あるぇ!?」
わちのパソコンは!?
星野さんが持ち込んだぷにぷにクッションもないぞ? 南さんのゲーセンプライズぬいぐるみも。
そもそも本棚に現れたダンジョンゲートの痕が消え去っている事に気がついた。
本棚にぽっかりと穴が空いていたはずだ。
「えええ……」
頭が混乱してきた。
部屋の姿鏡に映るわちはのじゃロリ吸血鬼だったはずじゃが、まるで普通の男子高校生のような姿になっている。
本棚を調べると、そこにあったはずの先輩から借りたちょっとエッチな漫画本もない。
いや、それは妹が勝手に借りて部屋に持っていったんだったか。
あれ? なんでそんなこと知ってるんだっけ?
「ん? これは?」
自分で言うのもなんだが下手くそなイラスト。銀髪赤眼で黒いドレスを着た幼女のイラスト。ティルミリシア=フィレンツォーネ。妹が描いたのと全く違うな。
「うん? 妹に描かせたっけ?」
そういえばあのイラストどうしたっけかな。上手すぎて嫉妬してぐぎぎっとなった記憶があるのだが。
「あれ……?」
書かれている種族の部分が変だ。吸血鬼(仮)となっている。仮ってなんだよ。
その下に「本当は――」と書かれている。なんだよ! ちゃんと書けよ! なにもったいぶってるんだよ!
待てよ? わちって本当に吸血鬼じゃないじゃと……?
困惑していたらB5のコピー用紙が虹色に輝き黒もやを発し、本棚が爆発した。
「爆発オチじゃと!?」
勢いよく起き上がったら、ごつんと頭をぶつけた。
「ぐあああ!」
激しい痛みに襲われて、わちはのたうち回った。たんこぶできちゃうのじゃ。
そしてぶつけた先である妹も一緒に転がり回った。
「いったああああ!! ティルちー急に起き上がんなぁー!」
「すまぬのじゃ」
なんだ夢か。今度こそ本当に夢じゃよな?
あえ? なんで部屋に戻ってきてるのじゃ?
「初詣いくよー」
「なぬ!?」
神社に行ったところから夢だったじゃと!?
わちの着てるハイカラさん衣装に見覚えがある!
そしてもうお昼!
「うん?」
「いや冗談だが」
「やめろ! 今のわちは本気で混乱してるからやめるのじゃ!」
はっ!? 今も夢の中なのでは!? きょろきょろ。
「何してんの」
「夢の中を疑っておる」
「そうだぞ。夢の中だぞ」
「やはりか!」
おのれ騙されんぞ!
妹のほっぺたをむぎゅって伸ばした。
「ゆ、夢じゃない?」
「あたしのほっぺたで確かめんな」
ほっぺたむぎゅってされ返された。
「なんでわち、部屋で寝てるのじゃ?」
「え? 覚えてないの? 記憶喪失?」
「うむ。マジのマジじゃ。猫を追いかけたところまでは覚えてるんじゃが……」
妹が言うには、うろうろと迷子になったわちは捕獲されて、おみくじを引いて、家に帰ってきて部屋に入ったら、わちはこてんと眠ってしまったらしい。
「まじで覚えてないのじゃが」
嘘ついてない?
「ほれ。手のひら見てみ」
ぎゅっと握った手を開いてみたら、大吉のおみくじが……。マジか!?
「まだ寝ぼけてるん?」
「寝ぼけてるというか、なんというか、確かに夢は見てたのじゃが……」
「どんな?」
どんな? なんだったけかな。
「実はわちが吸血鬼ではなかったという夢じゃ」
「やっぱりな!」
やっぱり言うな! わちは高確率で吸血鬼じゃ! アンケートでもみんなそう言っておる!
全く持って記憶が飛ぶとか怖い目にあったのじゃ。
でも今までもちょくちょく遭った気がする……。そう考えるといつもどおりじゃった。変な夢に惑わされておる!
夢オチ! 夢オチ怖い!
待てよ。わちの初夢ってさっきのあれ……? んんんっ!?
だが、この時のわちはまだ、忍び寄る魔の手に気がついていなかったのであったのじゃ。
本当の恐怖体験はこれからだということに……。
「おーっす! おじさん参上!」
親戚来襲!




