64話:ゲーセンデート
寝ぼけながら廊下に出たらダンボールにつまずいた。思わずおしっこ漏れそうになった。
子供というのは膀胱が小さいのである。さらに女児というのは尿道が短いのである。そして抑えることもできないのである。なので大変なのである。
ひとまず一階に降りてトイレに駆け込み、階段を上ってつまずいた箱を見た。
「クリスマスプレゼントじゃー!」
「サンタさんが置いていってくれたんだよー」
パパンが後ろでニコニコしているが、明らかな嘘だ。わちをいくつだと思っている。1000歳超えじゃぞ。
だが、パパンは「まだサンタさんを信じている娘」を期待して信じていた。
「わ、わーい! サンタさんありがとじゃー!」
両手を挙げてぴょんぴょん跳ねるわちの姿を妹に目撃された。
見るな! 見るでない!
「ねえ。あたしのは?」
「んっ」
パパンが妹に雑に渡したのは、1000円のでっかいポッキーだ。あ、いいなぁ。
「じゅるり」
「ティルちーのもあるよ!」
「わーい!」
妹が無言のまま涼しい顔でわちとパパンを見てる。クリスマスの朝にしていい表情ではなかった。
「箱の中身はなんじゃろな」
「んふふーなんだろねー」
パパンが気持ち悪い。妹が小さい頃からパパンをうざったくあしらっていた気持ちが少しわかった。
箱の中から出てきたのは……服?
「ふりふり?」
「ゴスロリ着物だよ!」
正気かこいつ!
黒で和柄でふりふりでリボンが付いた着物風ワンピース、下はプリーツスカートのミニ丈であった。
それを見た妹はやっと口を開いた。
「あ、かわいい。似合いそう」
「だろう! だろう!?」
妹がさっそくそれをわちに着付けだし、スマホでぱしゃぱしゃ撮りまくった。
部屋の外からパパンが「まーだー?」と聞いてくるも、妹は「動画撮るから下行ってて!」と追い返した。ぱ、ぱぱん……。
「う、うーむ。わちはどうしたら?」
「適当にポーズ取って」
わちはスマホを構える妹の前で、あざとい幼女ポーズを取っていく。
いまさらながらすっかりわちは撮影慣れしてしまった。かわいさアピールポーズをするのに照れを感じなくなってしまったのじゃ。
まあ、幾千の刻を生きる吸血鬼じゃからのう。このくらいでは動じないのじゃ! がははっ!
「ううむ……あざとすぎる。素人感が薄まってますな」
「良いことではないか。なんじゃ? 不満か?」
「今のアイドルは素人感が大事なのさティルちー。プロ感出すと別世界の人と思われるからね。だから顔も歌も踊りも微妙なのをかき集めてアイドルを名乗らせてグループを――」
「やめやめるのじゃ! 炎上するのじゃ!」
「え、炎上こわい……」
妹がぷるぷるし始めたところで撮影終了。
今日の予定は特にない。なんたって今日から冬休み。ばんじゃーい!
ダンジョンは昨日遅くに入ったので、夕方までゲートが開かないのじゃ。
おっと、スマホがぶるるんした。
ニッシー『半額ケーキ買いに行こうぜー』
に、ニッシー……なんて寂しいやつ!
昨日は既読無視したからのう。今日はちゃんと通話してやるのじゃ。
「おいすー」
『おお!? 通話きた!? まじで!? 本物!?』
人を連絡返さない無精な吸血鬼みたいに言うでない。
「なんじゃ? 昨日のケーキじゃ満足できなかったのかのう?」
『こっちはケーキなんか食べてねーよ! ばーかばーか!』
「じゃから半額ケーキを買いに行くのかの? 虚しいのう。うぷぷっ」
リア充になったわちはニッシーを全力で煽れるのじゃ。
『ぐぎぎぎ……。返事が来たってことは今日は暇なんだろ?』
「頼み方によっては付き合っても良いのじゃぞ?」
『付き合うって恋人に? 俺の事好きなの?』
「わかりやすい反応するのう」
気持ち悪いやり取りは終わりにして、わちは昼からニッシーと出かけることになった。
ゴスロリ着物ワンピースのまま出迎えたら、ニッシーは目を丸くした。
愉快な反応じゃ! パパン、良いクリスマスプレゼントじゃったぞ!
「そんな気合入れておめかししてくるだなんて、もしかしてアズマはやっぱり俺に気が……」
「ねーのじゃ」
ニッシーにはミリもねえのじゃ。
ただこの格好、ニッシーをただ驚かせるだけにしてはいささか目立ちすぎる格好のようだ。
結われた銀髪を揺らしながらぽてぽてと街中を歩いていると、わちは行き交う女の子たちに撮影をねだられてしまった。
「一緒にインスト撮ってもいいですかー!?」
「しょうがないのう」
見知らぬ女子たちとくっついて写真撮影じゃ。
その間はニッシーは爪弾きにされた。残念ながらニッシーにはインストに上げられるだけの魅力はなかった。だけどニッシーは「妹さんかわいいですね!」と女子に話しかけられてデレデレして満足そうだ。
「なあアズマ」
「なんじゃ?」
「俺、お前といるとモテモテになることがわかった」
「ニッシーがモテてるわけじゃないが」
モテてるのはわちなのじゃ。
ニッシーとケーキの買い物をして、暇つぶしにゲームセンターに寄った。
ゲーセンなんて久しぶりだ。こう見えて音ゲーが得意なのじゃ。ちょっと腕を見せてやろうじゃあないか。
「んいっ! んいっ!」
「諦めろアズマ!」
台に手は届く! 届くが背が足りない……!
どう考えても楽しんでプレイできなそうなので、ダンスゲームの方へ行った。
「その格好で踊れるのか……?」
「んぐっ」
靴はブーツだから大丈夫じゃろう。ミニスカートなのでおぱんつが見えるかもしれんが。
「一応動画撮影しといてくれんか」
「え? おう」
後から妹に「なんでそんな良い動画素材撮ってないんだよ!」と言われそうな予感がしたので、ちゃんと残しておく。
しかし、ダンスゲームあまり得意じゃないんじゃよな。
音ゲーは譜面のタイミングを見て押す技能が一番重要で、一つのゲームで慣れれば別の音ゲーでも応用が効く。だからタイミングを合わせて矢印を踏むという行為自体は問題はない。
「んんっ! んにゅ!」
だが、ダンス技能がないわちがダンスゲームをすると、タイミングを取ることだけを優先してしまい、その結果、ばたばたわちゃわちゃした動きになるのじゃ。
そしてその姿を見た、また知らない女子たちが「あーかわいー!」と寄ってきた。ギャラリーは一人増えると無数に増えるものである。わちが短いプリーツスカートをぱさぱささせながらわちゃわちゃする姿を、多くの人が取り囲み始める!
さすがのわちもはじゅかしいのじゃが!
「かわいー! かわいー!」
ゲームが終了すると、わちは知らない女子たちに誘拐され、写真を撮る個室に連れ込まれた。
めっちゃ盛られたシールを渡されて、わちは解放された。
酷い目に遭った……。
「待たせたのニッシー」
あ、こいつ一人でギターゲームやっとる!
「セッションじゃ!」
「おう! ん? え? できる?」
ふふーん。わちはドラムゲームもできるのじゃぞ。
んしょ。んしょ……。椅子の調整が難しい……。高くするとバスドラムペダルに足が届かぬ……。
なんとか調整してセッション開始。
わちの演奏はボロボロじゃったが、なんとかニッシーが繋いでくれた。
「不便な身体じゃ……」
よいしょと丸い椅子から飛び降りた。
「なあその身体、元に戻らねえの?」
「ううむ。わちは戻るつもりなんじゃがのう」
わちのダンジョンに身体はある。ダンジョンをクリアしたらプリンセス俺がダンジョンから解放されるんじゃないかなぁとか期待している。
だからわちは元の身体に戻ることを諦めていないのじゃ。
ちょっとばかしこのままでも良いかなぁとか思ったりするけど、それとこれとは別なのじゃ。
幾千もの刻を生きる吸血鬼のわちに不可能はないのじゃ!
「おといれー」
「おう。俺も」
連れション。性別は違うがトイレの入り口までは一緒だ。
「おおいちょっと待て!」
「んあ?」
なんかトイレの入り口が暗いなぁと思いつつも足を踏み入れたら、ぐわんと視界が揺れた。




