62話:闇ティルちー
はっ!変な夢見た!
ガバっと目を覚ましたら、わちを抱き枕にしていた妹のおでこに頭をごつんとぶつけた。
「いったぁい……」
「すまんのじゃ」
「ん~……どしたティルちー」
なんじゃったかな? えーっと。
「夢で変な男たちに誘拐されて女にしろと言われたのじゃ」
「それ夢じゃないよ。ティルちーさらわれたよ」
「なんと」
ということはその後も?
「アイドルになったそやつらとライブして大成功したのも……」
「それは夢だな」
「夢か」
「冒険者たちがアイドル活動始めるとかおかしいとは思ったんじゃ」
「それは本当だな」
妹がもそもそとスマホをとりだし、ウルファング中原のTMITTERを見せてきた。
そこには冒険者アイドルグループ結成の文字が。
「なんじゃと……」
悪夢かこの世は。
冬休み前の登校って意味あるのかなぁこれと思いつつのんびり過ごす。
中学時代は休みの日だったからなおさらだ。
そして放課後、いつものように集まり、いつものようにダンジョンに入る。
精霊姫の部屋で突入前のストレッチ。
んいっ。んいっ。
「明日はクリスマス放送するから、うっかりでも死なないように1階だけだからね」
「わかっとるのじゃ。危なかったら即撤退じゃな」
北神くん(男)が「あの」と声を上げた。
「僕は死に戻った方がいいのでは?」
「だめ」
「ですよねー」
妹に却下されて引き下がる北神くん。弱い。
いや、ゴリラのような肉体の妹マッチョに逆らえる人間はこの世にいない。
一捻りで潰され……いや死ぬと北神くん(男)の姿で戻るから殺されることはないな。
「ということで突入じゃ!」
あちこち回ってアイテムをゲットして帰還!
「ただいまじゃ!」
「わぁい!」
10分ほどで精霊姫の部屋に戻ってきた。ポーションがどんどん貯まる。
今回のポーション以外のアイテムは【闇の魔導書】だった。うーん闇かー。
「いちおくえんのおたからぐへへへ……」
「妹が女がしてはいけない顔しとる……」
「今は男だし」
「イケメンマッチョがしてはいけない顔しとる……」
しかし闇かー。攻略としてはどうせなら光が欲しいとこじゃった。灯り重要。
逆に闇って。闇て。中学生ならキュンキュンくる属性じゃが、実際考えて。闇よ?
「闇魔法だからこれはティルちーね」
「なぜわしなのじゃ?」
「吸血鬼と言ったら闇魔法じゃん」
んぐっ! なぜかわちの心にダメージ!
いま吸血鬼キャラが厨二病って言ったか!? 言ってないな。勝手にダメージを受けてた。
「ちょっと使ってみて」
「本当にわちでいいのか」
「いいからいいから」
北神くんも、星野猫人も、竹林伯爵も頷いた。
むぅ。しょうがないなぁ!
「幾千の刻を生きる吸血鬼! 闇魔法習得す!」
「わー! ぱちぱちぱち」
星野さんと竹林さんが拍手する中、妹は神妙な顔をしているのを見た。その顔は「1000歳超えてやっと魔法が使えるようになったロリ吸血鬼」を見る目をしていた。や、やめるのじゃ!
「ふんっ!」
魔導書に手を当て、登録した。魔導書の表紙が手形に光る。ショタわちの金髪がぶわっと舞い上がる。ここでわちに今はちんちん付いてることを思い出した。吸血鬼じゃなくて今は精霊じゃん。闇精霊じゃん。……ありじゃな。
そんなこと考えていたら、わちの頭の中に「インストール中」と流れてきた。うーん、やっぱこれ宇宙人の謎技術なのでは……。解明編で「地球には魔素がなかったのでナノマシンを散布した。地球人が魔法だと思い込んでいたものはナノマシンが起こした現象に過ぎない」とか宇宙船から降りてきた銀色の人型生命体が語り出しちゃうんだ……。そう、SFならね。
「ぬああ!」
わちの頭の中にもじゃもじゃが入り込んでくりゅう! そしてピンポンパンポン♪ と軽快な音とともに「闇魔法のセットアップが完了しました」と流れてきた。
全くファンタジーっぽくない!
「ま、魔導書はインストールソフトウェア……?」
「はい?」
「北神くんも、魔法インストール時に声が聞こえたじゃろ?」
「……声?」
北神くんは首を傾げた。
え? わちだけ?
「ティルちー、頭大丈夫?」
「いやちょっと、わちの頭の中が宇宙人に弄くられたようじゃ……」
「宇宙人じゃなくてあまてらすっち」
「あまてらすっちでも良いが……」
いや、あまてらすっちがインストールとかセットアップとか言い出すの嫌だな。
「そもそも頭だけじゃなくて身体も弄られてるじゃんあたしたち」
「そういえばそうじゃった」
今更じゃった。
「それより闇魔法見せてよ」
「うむっ! うむ? どうやるんじゃ?」
魔導書に手を当てて、「へるぷ! やみまほうの使い方!」と念じてみたら、ポーン♪ と軽快な音とともに「暗い感情を放出してください」と出てきた。
うーん、やっぱりこいつ、本の振りをした端末か何かなのでは?
そして答えでわけわからんこと言われたのじゃが。
「く、暗い感情……」
「どうしたお兄。中学時代に落書きを見られて女の子に『きもっ』と言われたのを思い出したか?」
「ぐ、ぐおぉおおお!!」
や、やめるのじゃ!
わちの心が闇に沈んでいく!
「おお! ティルちーが黒い靄に包まれた!」
「死にたいのじゃ……」
「生きろティルちー!」
「はっ!」
危ない。うっかり闇に呑まれて死んでしまうところじゃった。
「北神よ……。魔法使うのって大変なのじゃな……」
「え? いえ。僕の場合は『こんな感じの風よ吹け』と思うだけで使えましたが」
「なぬ!?」
暗い感情に包まれなくても良いのか!? ずるい!
わちの身体から黒いオーラが湧き出た。
「そんなことより、早く戻って明日の配信準備の打ち合わせしようよ」
「そ、そうじゃな。おっと、その前にプリンセス俺の様子を見ねば」
「それいる?」
いるのじゃ。
今日はパン作りをちょっと勉強してきたらしい竹林さんが、エピを作ったのじゃ。エピとは小麦の穂のことじゃ。海老じゃないのじゃ。
そしてポーションとパンを手にして、プリンセス俺に会いにいった。
「みなさまごきげんよう」
プリンセス俺の額に目が付いて、三つ目になっていた。
「なん……じゃと……?」
「うわぁ……」
しかもその目、見覚えがある。昨日アイドルになりたいと言ってきた冒険者九蓮宝燈のリーダーに付いていたおでこの目であった。
彼はわちのダンジョンに入って死んだことで、三つ目は失い鬼娘ちゃんとなった。角はそのままだった。
「どうかした?」
「う、うむ。大丈夫じゃ妹よ。少し懸念が増えての……」
偶然。偶然かな? 偶然で片付けたいなぁ。
しゅん。
わちらはわちの部屋に戻ってきた。
「お、おかえりー」
「ただいまなのじゃ」
にこー。にぱー。
ふむ。南さんも魔法使ってたな。
「南さんが雷の魔法使う時ってどんな感じじゃったかの?」
「え? ええと、その。『ビリビリ出ろー!』って感じで、その」
なんじゃと……。それならわちも「闇よ出ろー!」って感じで使えるのかのう。
魔導書が黒い靄を発し始めた。わちの心も沈んでいく。しにたい。
「うつだしのう……」
「ティルちー! しっかりしろー!」
パシーン! わちの頬が叩かれた。
はっ! わちは一体!?
「闇に呑まれるでない。少年よ」
「幼女じゃが」
「ふむ。すっかり諦めたようだな」
「何も諦めてないが、妹よ」
わちは身体を取り返すのじゃぞ。頭にきのこ生えて、額に目が増えちゃったけど。
え、真面目に嫌だな……。
わちの身体から黒い靄が噴き出した。




