59話:小麦を収穫するのじゃ
「小麦を収穫するのじゃ」
翌日土曜日のお昼。いつものメンバーがいつものように集まった。いつものように南さんは待機で、ショタわち、妹マッチョ、星野猫人、北神エルフ、竹林伯爵の5人で突入である。
ダンジョン内ダンジョンに入ってしまうと収穫できなくなるので、まずは畑を回ることにした。
広大な小麦畑をわちの能力で収穫といっても、普通に歩いてたら時間がかかる。
時間がかかるほどに魔法使用でわちのお腹が減っていく。
その結果。
「にょわあああ!!」
ぴかー! ぴかー!
わちは駆ける星野猫人の背中に必死にしがみつく。
その先には妹マッチョが先行し、現れたトロールをドロップキックで片付ける。
効率を求めた結果、こうなった。
「おえええ……」
そしてわちは乗り猫酔いでへばった。
能力でぴかぴかして刈り取られた麦は、なぜかモンスターと同じように光の粒子となって消え去った。麦がどこへ行ったかというと、脱穀機の前に積まれていた。一角で重ねられた麦は、一面刈り取ったはずの量よりなぜか明らかに減っていた。がんばったのに。
「どっこいせぇー!」
ブチブチブチィ! 妹マッチョが両手で麦を掴んで引っ張り麦穂をもぐ。
そして両手でミチミチミチとこねることでもみ殻を剥いた。脱穀機使えよ。
「それでこれをどうするの?」
「水車に運ぶのじゃ」
「えーめんどくさー」
ゲームならミニゲームでやっていることをリアルで行うと現実的になってしまう。
うーむ。リアル過ぎる体感ゲームって感じじゃ。
館の裏手の川へ向かい、石臼でごりごりと製粉していく。水車の動力で回るやつだ。
ごりごりしていったら一袋分の穂だったのに山のように小麦粉ができあがった。
「なんかできあがる量がおかしくない?」
「普通は減るはずじゃがのう」
本来なら出来上がる小麦粉の量は、元の量より減るはずだ。だがそもそも刈り取った時点で減っていたのだ。
実際ゲームでもミニゲームで製粉する時間と出来上がる粉の量は違う。
つまり、最初に刈り取った麦と最終的に製粉化された量が整合されて、途中の工程では作業量を減らすために麦の量を少なくして作業工程を減らしているのだろう。
まあつまり、なんちゃって製粉じゃ。親切機能。
「粉できたー! これで完成?」
「まだこれからパン作りがあるのじゃ」
「まだあるのかー!」
と言いながらもパン作りと聞いて妹はちょっと嬉しそうだ。製粉よりは楽しいもんね。
ということで、館の厨房に持ち込んで、こねこねする。
「こねこねするにはパワーが必要じゃ」
「またあたしの出番か」
妹がこねた生地を、みんなでちぎって伸ばす。
星野さんは不参加で猫のしっぽをぺしんぺしんと揺らした。星野さんが触ると毛が混じるのじゃ。
そして伸ばした生地をオーブンに入れて完成!
発酵で寝かせてないからナンだこれ。
「結局パン作りはなんだったの?」
「ナンができたのじゃ」
「そうじゃなくて」
わかっておる。ちょっとボケただけなのじゃ。
「精霊の力で作られたパンを姫に食べさせることで体力が付くのじゃ」
「マッチョの力しか込められてなくね?」
は!?
全行程を妹に任せていたので、ナンは筋肉で作られていた。
「精霊の力よりマッチョの力の方が体力付きそうだよね」
そうかな……そうかも……。
試食!
できたナンを食べてみたら力が溢れてくる!
「むきっ!」
「ぷにっとしとるやないかい」
残念ながらぷにぷにショタのままじゃった。
それはさておき、パン作りが終わったので、続けてダンジョン探索である。
しかし、「スライム部屋どうするんの?」問題がある。
「そこでこれじゃ」
じゃじゃーん。松明!
パン作りしてる間に納屋で見つけたのじゃ。
「作中でも火で追い払うのを思い出したのじゃ」
「もっと早く思い出そうよ」
ひんっ!
スライムを火で追い払うのは定番なのじゃ! 思い出せなかったのはわちだけじゃないのじゃ!
そういうことで松明に火を付けてダンジョンに出発である。
探索は順調に進み、スライムトラップ部屋がまた現れた。
「おりゃー。あっち行くのじゃ!」
通路を塞ぐスライムに松明の火を近づけて追い払う。うむ。正解じゃ。
そして順調にダンジョン2階へ到達。(小麦畑を1階と考えるとややこしいので畑は0階とする。)
2階は洞窟をさらに下った場所といった印象の、光の届かない暗闇であった。
「むぅ。灯りがもっと欲しいのう」
「松明1個じゃ足りなかったね」
ぼんやり光る苔が生えているので、洞窟の形状が全くわからないほどではない。フロアは広めのドーム状になっており、水がぴちょんぴちょんと滴る音があちこちから聞こえてくる。
「気をつけて! 崖になってるよ!」
「うわっち!」
星野さんに抱きかかえられて間一髪助かった。ぷらんぷらーんと持ち上げられた眼下は闇に覆われていた。
「この穴を下っていくのかのう?」
「ううん。ここは地底湖みたいだよ」
なるほど。星野さんの猫の眼だと穴の中の闇が見えているのか。
「壁に沿って歩けばいいみたい」
「こんな狭いところでモンスターが出たら厄介じゃのう」
と言ったとたん、フロア中央の地底湖がサバアンと音を立てて水しぶきを上げた。
「なんじゃ?」
「どどどドラゴン!?」
「なんじゃと!?」
星野さんが叫んだ通り、光る苔ごしのシルエットは竜の頭のようであった。
「逃げよう! とりあえず脱出ティルちん!」
「う、うむ!」
妹が叫び、わちはのじゃあと両手を掲げた。
竜がブシャアと水を噴いてきたのと、わちがピカピカ帰還魔法を発動させたのはほぼ同時だった。
間一髪、水噴射攻撃を逃れ、館の部屋へ戻ってきた。
「ふぃー。セーフじゃ」
「はあ、助かったぁ」
「しかし困ったのう。スルーするにも邪魔じゃし、斃すには遠距離攻撃が必要じゃぞ」
「弓を持ち込みましょうか?」
北神エルフが提案したのは、最初のダンジョンで手に入れた弓矢の事だろう。
確かにああいった遠距離武器が必要だ。
「南さんの電撃攻撃みたいなのが欲しいのう」
「それに灯りも必要ですね。敵の姿がはっきりと見えませんし」
「はーい! 私は見えるよー」
今のところ星野さんのにゃんこアイと投擲に賭けるしかないか。
明日はそれを試すとしよう。
「それよりもー、今日のトレジャーどどーん!」
竹林さんがリュックを広げた。
今回も【ポーション】【ポーション】【ポーション】【輝く麺棒】とポーションだらけだ。麺棒はパン作りアイテムだろうけど、灯りにもなる? 輝いてるし。
「それに、じゃーん! ネックレスー!」
「おお? いつの間に拾ったのじゃ?」
わちらがドラゴンにあわあわしている間に、竹林さんは宝箱を開けていたらしい。
みんなが期待の目を輝かせる中、赤い宝石のネックレスを北神エルフがつまみ上げた。
「火耐性のネックレスですね」
火かぁ! 水じゃないのかぁ!
「あ、でもオーブン使う時熱かったから便利かも」
またパン作りアイテムか!
「パン作りのために使うのはもったいないじゃろ」
とりあえず詳細な効果は、持ち帰って南さんの鑑定待ちである。
そうそう、まったりしてて忘れていたが、プリンセス俺にポーションとナンを持っていかなくては。
「なんですかこれは」
「ナンじゃ」
思わずプリンセス俺を殴りたくなったが、物を渡した時に反応するセリフなんだった。
ナンをもぐもぐして、メイドさんが注いだ紅茶を飲んで、ほぅと一息吐いたプリンセス俺。
「30点です」
「お兄、殴っていい?」
「ノー! 暴力ノー!」
確かにプリンセスのパンの採点システムは何様だよと不評だけども! さらにその姿が俺だけあってイライラ度も増してるけど!
とりあえず目に見えた変化はまだ頭のきのこだけから変わっていない。もぎたいな、あのきのこ。
用が無くなった館から出た。
刈り取られた一面の小麦畑が、夕焼けと相まって寂しい。鳥が集まり畑に溢れ落ちた麦穂をつついていた。
なんだか農業やりきった感を出してみたが、よくよく考えたら育ててないのじゃよな。最初から小麦生えてたし。
ゲートに入って部屋に戻る。しゅん。
さっそく持ち帰った【火耐性のネックレス】を南さんに鑑定してもらったら、「手のひらが、カーチャンが素手で熱い物を平気で持ってる時くらいの耐性を得る」という、鍋つかみにも劣る「んんんんっ!」となる微妙な効果なネックレスであった。
「さて、北神くんの鑑定価格の結果は……!」
「んー、20万円? 装飾品としてはまあまあだし、ちょっとした手の火傷防止にはなりそうだね」
「これと交換でパソコンをくれぬか」
「いいよ」
やったぁ!
ずるいずるーいとわちの身体は星野さんと妹に激しく揺らされた。
わ、わちのダンジョンの物じゃ! わちの成果じゃもーん!
※ナンも本来は発酵の工程あるけどスルーで!




