57話:ARC2やりたかった……
翌日の火曜日の早朝。
ゆるふわ男の娘ガールになった轟さんと校門で出会った。男の娘と言えば、わちも死んだから金髪ショタに戻ってしまっている。
「へろへろーじゃ」
「うす。おかしくないか?」
うん? 何のことだ? ツンデレヤンキーの挨拶はわからん。
脳内高性能翻訳フィルターを通したところ、「わたしのこの変身姿、みんなに変に思われないかしら?(ドキドキ)」と変換された。
「前を歩くマッチョに比べたら印象にも残らんじゃろ」
「あれと比べられてもなあ」
あれとはもちろんわちの妹の事なのじゃが。
ツンデレフィルターを通しながら、轟さんとキャッキャウフフと乙女で男の娘な会話をしながら昇降口で靴を履き替えていると、ニッシーがやってきた。
「君かわいいね。何歳? どこクラス? ダンジョンとか興味ある? LIME教えて?」
「死ね」
ひゅん。ニッシーの玉がきゅっと縮んだのが見えた。見えないが。
轟さんの顔はお目々ぱっちりゆるふわガールになったはずなのだが、その瞬間は人を視線で殺せる目をしていた。ニッシーはたまらず退散した。
「ニッシーのあれは冗談じゃぞ?」
「いや、本気の目をしていた」
本気だったのは轟さんに見えたのじゃが。人を殺しそうという意味で。
そして共に教室に入る。
男の娘になった轟さんはいつものようにドカッと席に座った。クラスの中で遠巻きにヒソヒソと様子をうかがわれ、それが気に入らないのか「チッ」と舌打ちをして周囲をビビらせていた。ゆるふわガールボーイになった意味がまるでない。
しょうがないのう。
「まこちんよ。見た目が変わってるのじゃから、噂されるのは当然じゃ」
「わかってるけどよぉ……。ちっ。おめーらぁ!」
また威嚇しとる。
「言いたい事があるならはっきり言えやぁ!」
この場合、轟さんのヤンキー変換フィルターを通すと、「みんな私のこの姿がおかしいって言うんでしょ? 知ってるんだからね!」になるのじゃ。みんなそんなフィルターを持っていないから、そそくさと教室から出ていくのじゃ。
だが、その中で比較的地味で目立たないタイプの二人組が側にやってきた。
「あ、あの……」
「あん?」
「その姿って……」
「そうだよ。このちんちくりんのダンジョンに行ってこうなったんだよ」
轟さんがそう言うと、みんな再び遠巻きにチラチラとわちらのことを見てくる。
「キミスキデイズ、ですか?」
ぬ?
「……知ってるのか」
「やっぱり!? アカネちゃんですよね!?」
「そうだが?」
あ、あれか。轟さんの変身の元ネタのアプリ漫画の話か。
その後も轟さんは無愛想ながらも会話を続け、女子二人と盛り上がった。
そうしているうちに、ちらほらと轟さんを中心に輪が出来始めていく。
へっ。もうわちの心配はいらねえようだな。長い金髪を揺らしわちは教室を出た。単に話に混ざれなかっただけだ。
さて。わちは一人で歩くと好奇心の目を遠慮なくぶつけられる。さもありなん。高校に金髪ロング碧眼セーラー服女装ぷにぷにショタがぽてぽて歩いてたら、わちだってお持ち帰りしたくなる。
時々「ティルちー!」と声を掛けられ手を振ってくるのは動画視聴者だろう。校内ファン増殖中なのじゃ。
「今日もかわいいね!」
「エブリィーラブリィーティルちーじゃぞ」
ふふーん。
なんとなくグラウンドに出たら、ちょうどサッカーをしていた。妹ゴリマッチョが女子チームに混じろうとして叱られていた。そりゃそうじゃ。
ぼへーとしてたら、轟さんがやってきた。
「あれ? クラスのみんなはどうしたのじゃ?」
「うぜーから置いてきた」
なるほど。絡まれすぎて恥ずかしくなって逃げてきたと。
さて、次はうちのクラスと隣のクラスの男子の試合だ。なんで妹が混じってるん? 男チームならあれありなん?
「なあ、マッチョが混じってるぞ」
「色んな意味で反則じゃな」
なぜ許可したし。あれが参加していい球技なんかアメフトだけじゃぞ。
キックオフ。なんやかんやあっていい勝負に。
そして妹マッチョのシュート。必殺シュートだ! ニッシーが飛びかかって身体を張って受け止める! だが弾かれたぁ! ゴール!
「ドヤァ!」
妹がどやってるとこすまないが、ニッシーが全身けいれんさせて泡吹いてるのじゃが。やばくね?
ガッツポーズしてた妹もそれに気が付き、「ち、ちが……あたしそんなつもりじゃ……」って顔して立ち尽くしてる。
「おい、やべえぞあれ」
きゅ、救急車! 救急車を呼ばなきゃ!
なぜか轟さんが走り出した。わちも追いかける。
妹マッチョがニッシーを抱きかかえようとしたところを、「下手に動かすな!」と轟さんが制した。
ニッシー! 死ぬなニッシー!
「あ……ARC2やりたかった……」
意外と余裕あるなこいつ。今際の言葉が「新作発表されたゲームがやりたい」のそれでいいのか。
轟さんは倒れたニッシーの側にしゃがみ、手を当てた。
「ひ、光っとる……」
え? 轟さんファンタジー世界の住民だったん!?
いやこれは、変身した姿の能力か!
真っ青になって苦しんでいたニッシーの顔が、穏やかに戻っていく。ニッシーの目が開く。
「お、俺と結婚してください……」
「ばーか。治ったなら立て」
ニッシーは尻を蹴り飛ばされ、飛び上がった。
それを見た周りの人は安心した。なんだよあいつ演技だったのかよ、と。
まあちょっと光ってたけどバレてないバレてない。光る人なんて他にもいるしね。ぴかっぴかーっ!
「助かったよ。まこちー、お兄」
「気をつけろよ。あー、腹減った」
まだお昼には大分先じゃが。ああそうか、魔法のせいか。
轟さんはお腹をぐぅと鳴らして教室へ戻ったので、わちも追いかけた。
席でパンをもぐもぐと食らう轟さんの前に座った。
「まさか、轟さんが回復魔法が使えるとはのう」
「ああ。オレも知らなかった」
おう……。事前に調べてたとかじゃなくてたまたまじゃったのか。球技大会だけに。
「だけどオレなら治せる! って聞こえてきたんだ。聞こえるっつか、感じたっつか」
「直感かの」
「そうそれだ」
わちは聞こえた事なんかないのじゃが。ぴかぴかっ。
「あと、今のオレの姿の元ネタな。それが聖女だった」
「聖女?」
聖女?
「漫画の中で回復魔法を使ってた」
「男じゃろ?」
聖男じゃない?
轟さんは頷いた。
「でも聖女だ」
「男じゃろ?」
轟さんは頷いた。
「でも聖女だ」
「男じゃろ?」
轟さんは頷いた。
「でも聖女だ」
「男じゃろ?」
「何回繰り返すんだよ! 頭バグったか!? そんな気にするところか!? 女の格好してるんだから聖女でいいだろ!」
「聖女装……」
納得いかぬ。
「しかし回復魔法とは凄いのう……。一生食いっぱぐれないんじゃないかの?」
「やだよ。予定通り元の姿に戻るからな」
「もったいなす」
わちの能力と交換して欲しい。
「こういう力は研究所に入れられて解剖されるんだ」
「むう漫画脳……。とは言い切れぬか」
外国では変身した人を軟禁してたりする所もあるらしい。
「あと代償として寿命が縮んだりするんだ」
「寿命が縮むって概念がよくわからぬがのう」
マンガアニメでありがちじゃが、寿命を代償ってどういうことなんじゃろな。細胞の劣化が早まったり?
「まあ、元に戻るのはわかったのじゃ。じゃがしかしのう」
「あんだよ。文句あるのか?」
「いや文句はないのじゃ。仮に代償があったとしたら、ニッシーに命を捧げたことになるのかの」
「やめろよその言い方! 気持ち悪い!」
あ、もしかしたら助けた理由でワンチャンあるかなと思ったが、ニッシー脈なしだった。
いや、ツンデレヤンキーフィルターを通せば意外と……。ううむ……。ないな。




